中編
王都に来る時、最後に会ったアデライトは十一歳の子供だった。聡明で、大人顔負けの行動力こそあったが、エセルにとっては年下の子供だった。
だから手紙のやり取りこそしていたが、エセルの中のアデライトは子供のままだった。手紙の文字や内容が子供の頃ですでに完成され、流暢だったから余計に印象は変わらなかった。
そんなアデライトが、王立学園へ通う為に王都にやって来ることになった。
早速、手紙を出したところ入学式の後の日曜日に孤児院に行くので、良ければ会えないかと書いてあった。嬉しかったが、寮や王立学園にエセルが迎えに行って悪い噂が立ったら困るので、孤児院で偶然を装って会うことにした。
(僕はもう大人なのに、無邪気に会いたがるなんて……聡明な筈なのに、相変わらず子供っぽいところもあるんだな)
思えばベレス領の孤児院でも、屈託なくエセル達のような孤児と接していた。その頃と変わらないらしい相手がついつい心配になったが、王太子の婚約者であるサブリナは、そもそも慰問や奉仕活動をしていないので、民からの好感度を考えると反対も出来ない。
(今回の僕のように、周りが気をつければいいんだ。あと、領地の時のように頻繁に慰問を行うのなら、新聞記事にしてもいいかもしれない)
まあ、領地ではないので出来るのは寄付や奉仕活動までだろうが──王都では十分過ぎるし、そんなアデライトに注目が集まれば、同級生ということもあって王太子であるリカルドに相応しいという話が出るかもしれない。
自分の考えにうんうんと頷きながらエセルは日曜日、一足先に孤児院へと向かった。そしてささやかだがお布施を渡し、領地とは違って掃除や畑仕事をしている子供達の様子を見学をしていると、背後から声がかかった。
「エセル」
記憶していた声より、少し大人びた声。
恩人である少女との再会が嬉しくて、振り返ったエセルだったが──声同様に、いや、声以上に大人と言うか淑女となったアデライトに、彼は大きく目を瞠って立ち尽くした。
「アデライト、様……?」
「ええ。久しぶりね、エセル」
吹き抜ける風に揺れるのは、月光や新雪のように輝く白銀の髪。
エセルに向けられたのは、笑みに細められた透き通った蒼い瞳。
今時の流行りの型ではないが、だからこそ清楚さや上品さが引き立つドレスを身に纏ったアデライトは子供などではなかった。美しく成長したアデライトを見て、エセルの胸は相反する感情にざわめいた。
こんなに嬉しそうにエセルの名前を呼んでくれるのに、平民のエセルでは到底、アデライトを手に入れることなど出来ない。
けれど、これだけ美しければ一国の王太子でも魅了して、国の、民の──そしてエセルの為に、動いてくれるだろうと思ったのだ。
※
エセルの思った通り、アデライトとリカルドの距離は近づいていった。
新入生歓迎会での窮地を、事前に根回しがあったのかもしれないがアデライトが速やかに解決し。
その後も生徒会の手伝いや試験で頭角を現し、王妃から茶会に招かれ。そこでサブリナがミレーヌのことを持ち出してアデライトを追いやろうとしたが、逆に彼女の父との再婚を伝えて返り討ちにしたらしい。
(あの女の手先が、僕に話を聞きに来たが……アデライト様は、そのことも見通していた。きっと、王立学園でも妬まれて、絡まれているんだろう)
アデライトが完璧過ぎるとは思うが、サブリナが彼女を追い落とそうとするのはおそらく、妃教育をほぼ終えていないからだろう。
婚約者は子供のうちから王宮に招かれるだけあり、本来なら王立学園入学までには最低限は終わっている。それ故、よっぽどのことがなければ学生時代は多少『火遊び』をするにしても、そのまま婚約者と添い遂げる。
しかし調べてみるとサブリナは妃教育を逃げ回り、癇癪を起こして何人も教師を辞めさせたそうだ。今では王妃が直々に教えているが、あまりに出来が悪いので今まで何をやっていたのかと王妃も呆れているらしい。
(優れたアデライト様がいるんだから、王妃や王太子の関心は尚更、アデライト様に向かうだろう。もっとも、いくらあの女が不出来でも王家が選んだ婚約者だから。何か決め手がないと、婚約破棄にはならないんだな)
残念なことに、最終学年である三年生になってもサブリナはリカルドの婚約者のままだ。
愚かなあの女が、自滅してくれないだろうか。そう願っていたエセルだったが、思いがけない形でその願いは叶った。
猛暑と嵐。更に虫害により、深刻な食糧不足となった時──炊き出しを行い続けたアデライトは聖女と呼ばれた。更に民の為に、税を取らないことを王太子に進言した。
一方、サブリナは王室助成金を散財で使い果たして国費まで横領し、その悪事を誤魔化すのに僅かばかりの金を配ろうとしたのが発覚し、婚約破棄と死罪を言い渡されたのである。
(やった! 断罪後、アデライト様は王太子とダンスを踊ったらしい……新しい婚約者は、アデライト様だっ)
嬉々として、エセルはサブリナの悪行を記事にした。民の怒りはサブリナと、彼女に協力した財務大臣の父親に向けられ、父娘の断首が行われる広場には多くの民が集まって怒声や石をぶつけた。
エセルもまた、二人の処刑を見届けたのだが──仕事を終え、家に戻るとアデライトから手紙が届いていた。