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銀弾ーどこかの路地ー

初投稿です。一度劇の脚本として書いたものを小説として加筆修正しています。温かく見守っていただけると幸いです。

人類種の発展は幻想をはるか忘却の彼方に追いやり、夜闇は煌々と文明の灯火に照らされ急速にその居場所を失っていく。しかし、どれほど路傍から闇を払ったとて人の心に巣食う闇までは払えはしない。況んや地球の内に巣食う闇もなお。



彼はそう、愚かだった。愚かだったからこそ自らの過ちに気づかないで、それ故彼は無敵だった。自分に不都合なものは何も視界に入れず、受け入れず。足りないものは他人から奪って生きてきた。今夜もまた一人、彼の餌食が哀れにも街角に。


「だっ、誰か!助けてくれ!」


悲痛な被害者の叫びは虚しくも無人の街路に染み渡るだけ。彼―被害者をまさに追い詰め、手に持った刃物で狩ろうとする悪漢―は相手の生命身体その一切を恣にできるという優越感とともに嘲りの笑顔を浮かべる。


「諦めなぁ。こんな夜更けにこんなところ、誰も来ないぜぇ。」


街頭に悪漢が持ったドスがギラリと光る。もはやこれまでか。そう諦観を覚えつつも被害者は叫ぶことをやめない。


「誰か!助けてくれ!」


犠牲者の無駄なあがきも楽しみの一つとばかりに悪漢はますます口の端を吊り上げる。空に浮かぶ月のように半円の弧を描く悪漢の口。しかし涙ぐましい犠牲者の徒労は、予想し得ない救済への片道切符となり、悪漢の口を戸惑いに歪ませることとなる。


「待てぇい!

 夜から夜へ泣く人の、涙背負って邪悪の始末。天に星、地には悪漢。夜闇に紛れ天道の目欺けど、我が双眸欺くこと能わず!」


朗々と、どこからともなく響く口上。それはまるで弾丸のように、宵闇を切り裂く。男は自らの楽しみを邪魔した不遜な何者かに怒りを滾らせて誰何を吠える。


「誰だ!」


「これなるは卑劣の魔手より無辜を守る破邪の銀弾。弱者の祈りを聞き届ける一発の銀弾である。」


上から聞こえた声に見上げると、そこには―。


月を背負って建物の天辺に立つ人影一つ。外套を羽織りマントを風に翻らせ、回転式拳銃をこちらに向けている。中折れ帽のつばで隠れた目元には黒い仮面が見える。それに嗚呼、なんと彼奴は瀟洒な手袋までつけているではないか。


悪漢は笑う。なんとも巫山戯たやつもいたものだ。もし俺ならとてもとても恥ずかしくてこんな口上あげられはしまい。だがまあいいだろう。ここらは俺の縄張り。俺に敵うものなどいない。誰が来ようとドスで無惨な姿にするだけだ。下卑た思考によって出力される声音も、また下卑た響きを帯びたもので。


「また随分と浮かれた格好だな!

 オッケーオッケー、お前から先にのしてやるよ!

 ここいらが俺の縄張りだってのはもちろん知ってるんだよなぁ?! 

 この俺に逆らおうとはいい度胸だ、名前をきかせろ!ボコボコにしたあとこの街出歩けなくしてやんよ! 」


月下、一弾指。


「破邪の銀弾は外道に名乗る名を持たぬ。」


その言葉はかろうじて鬱憤を表面張力で己のうちにとどめていた悪漢を激昂させるには充分なものだった。


「巫山戯やがってこの変人野郎!俺に勝てるとでも思ってんのかぁ!」


人一人斬れば二、三段とはよく言ったもの、無秩序ながら凶行を繰り返してきた悪漢は粗野なりに洗練された動きで、建物より降り立った人影へと斬りかかる。

その先に予想される悲劇的な結末に思わず被害者は瞼を閉じる。


翻るマントが月光を遮った。


冷涼な金属音が被害者の瞼をこじ開ける。

悪漢の得物は人影―自称破邪の銀弾―のマントの縁に仕込まれている鉄板と思しきモノで受け止められていた。


回転式拳銃の銃身が悪漢の鳩尾を突く。人体の急所である鳩尾に攻撃を喰らった悪漢は当然の帰結として怯み、後ずさる。


瞬間、マズルフラッシュとともに鉛弾が悪漢の頬を掠めた。


あれほど優越感と憤怒に満ちていた悪漢の体躯からはすっかり威勢が抜け、空気の抜けた風船のようにその場にへたり込む。


「安心しろ、無益な殺生は望むところではない。」


どうやら命だけは助かるようだ、という悪漢の浅はかな安堵に釘を刺すかの如く人影が言葉を続ける。


「が、善なる小市民に仇なす輩をみすみす見逃すほど甘くもない。その矮小な命が惜しくば、くれぐれもこれ以上平和を乱さぬことだ。努努忘れるな。この街の平和は、この私が見張っている。」


威圧感を持って放たれた人影からの言の葉に、銃弾への恐怖も相まって悪漢はなけなしのプライドを振り絞り悪態をつくことしかできない。


「ク、クソッ!月夜の晩ばかりと思うなよぉー!」


這う這うの体で逃げる悪漢を尻目に用は済んだとばかりにその場を去ろうとする人影。


「ま、待ってくれ!せめて名前だけでも!」


「シルヴァレット。聖別の銀弾シルヴァレットだ。」


ぽつり、名乗りを残して人影は街の夜へと消えていった。


これは何だったのだろうか。今し方繰り広げられた出来事に今一つ現実感を持てない被害者は、しかし一つ思い当たることがあると気付く。


少し前から巷に流れている噂だ。


何でも、今どき時代遅れの回転式拳銃と見ようによっては不審者な気障ったらしい格好で人助け―専らその手段は暴力であるが―を行う者がいるらしい。先刻の破邪の銀弾とやらは噂されているその人だったのではないだろうか。被害者は自分の幸運と最近人口に膾炙しつつある破邪の銀弾(聖別の銀弾?)に感謝し、家路についた。


こうしてありふれた、悲劇たり得たかもしれなかった出来事はしかし事なきままその幕を下ろし、後には街灯と月だけが地表を照らしていた。


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