58 最強聖女、始まりの地へ
辺境の村、パクス。
アリスが聖女を勤め、死神として覚醒し、聖女を辞めて去った始まりの地。
その村はずれに、墓地があった。
アリスとユーロンは、母であるマチルダの遺灰が眠る墓に手を合わせる。
肉体は地に還り、魂はエラトゥスのもとにある。丁度、陽は傾き、東の空から衛星エラトゥスがひっそりと姿を現すところであった。
「旅の目的を一つ、達成したな」
「ああ。親父殿のことも報告できたし、これで魔族領に戻れるぜ」
「それからしばらくは、魔王としての執務を?」
「…………」
アリスの問いに、ユーロンの視線はエラトゥスの方へと泳ぐ。
「おい……。また、諸国漫遊するつもりじゃないだろうな」
「一カ所にいたくねぇんだよ。最初の議会くらいは開くからいいだろ」
迫るアリスを、ユーロンはやんわりと押し戻す。
「そういうお前さんはどうするんだ。また、この村で暮らすのか?」
「いや……。私は――」
自ら村を去った身。それに、修羅となった痕を見られている。今更、戻れるはずがなかった。
「あっ……」
墓地の入り口で、少女の小さな声がした。聞き覚えがあるそれは――。
「ミレイユ……?」
「アリス先輩!」
後輩聖女のミレイユだった。
ミレイユは感極まるあまり顔をくしゃりと歪め、涙を浮かべて走り出す。胸に飛び込んできた彼女を、アリスはしっかりと受け止めた。
「アリス先輩! アリスせんぱい!!」
「ミレイユ……! 元気そうで何よりだ……!」
アリスはミレイユを抱擁する。華奢な彼女もまた、必死にアリスにしがみついていた。
「戻ってきてくれて、本当に良かった……!」
「いや、私は……」
アリスは気まずそうに目をそらす。その仕草に、再会を喜んでいたミレイユの表情が曇った。
そんな時、ユーロンがすかさず口を挟む。
「こいつは、盗賊団を虐殺したことが気まずいんだとさ。お前さんたちを守るためにやったのを、ずっと罪悪感を抱えてウジウジしてんだ」
「な、なんですか。この胡散臭い方は……!」
ミレイユはまず、妖艶でありながらも反社会的勢力のような雰囲気を溢れさせるユーロンに引いた。
「彼はその……私の兄だ」
「ええっ! 先輩のお兄さん!? それはまた失礼を。わたくし、ミレイユと申すもので御座います。以後、お見知りおきを……」
ミレイユは急に低姿勢になる。その露骨な態度に、アリスは眉間を揉んだ。
「それはさておき」
ミレイユは話を切り替える。
「やっぱり、先輩は私たちを助けようとしてくれてたんですね。あの後、村の人たちを集めて教会で話し合ったんです。先輩が、どうしてあんなことをしたのか」
「そうか……」
「そしたら、やっぱりみんな、アリス先輩に何か理由があったのだと言ってました。きっと、私たちを盗賊団から助けるために、やむを得なく手を汚してくれたんだ、って。だって、先輩はいたずらに人を傷つける人じゃないから。そこは、村のみんなは満場一致でした」
ミレイユは胸を張る。アリスの誠実さが証明されたことが、自分のことのように嬉しいと言わんばかりに。
「アリス先輩のおうちの回り、私は毎日掃除してました。アリス先輩が帰る場所は、このパクスです」
「ミレイユ……」
アリスの顔から自然と優しい笑みがこぼれる。しばらくしていなかった、慈愛の微笑みだ。
「ありがとう……。みんなにも感謝をしなくては」
「じゃあ――」
「しばらくは、村に留まろう。しかし、私はまた行かなくては」
「どこへ行くんですか……?」
ミレイユの身体を、アリスはやんわりと引き離す。
そして、真っ直ぐな眼差しで答えた。
「私の力が必要な人の元へ。パクスには君のように、真実を見極める力がある聖女がいる。そんな聖女がいない場所へと、私は行かなくては」
「先輩は、やっぱり冒険者をやりたいんですね」
ミレイユは苦笑する。
「……すまないな」
「いいんです。先輩がやりたいことをやるのが一番ですから。でも、覚えていてください」
「ん?」
「この村が先輩の帰る場所だってこと。私たちはいつでも、先輩の帰りを待ってますからね!」
「ああ!」
意気込むミレイユに、アリスは力強く頷く。ミレイユはそんなアリスの手を取り、もう片方の手で様子を眺めていたユーロンの手を取った。
「さあ、行きましょう! アリス先輩がお兄さんと戻ってきたって、みんなに報告しなきゃ! 今日くらいはゆっくりして行ってくださいね!」
「ははっ、そうだな。自宅に置いてきた本も読みたいことだし」
「帰還をお祝いするパーティーをするんですよ!? 主役が読書をしてちゃダメです!」
マイペースなアリスに、ミレイユは目を剥いた。
「パーティーのご馳走に刺身はあるのか? 生魚を捌いた料理なんだが」
「文明の炎を使わない魚料理!? お兄さん、ワイルドですね!」
東方の味が恋しくなっているユーロンに、ミレイユはのけぞる。
太陽は沈み、村にはぽつぽつと明かりがついていた。温もり溢れる、団欒の光だ。
アリスの旅は終わりではない。彼女の手を必要としている人は、まだまだいるはずだ。
だが、今は休もう。
再びクレアティオが姿を現すまで、アリスは休息に身を委ねることにしたのであった。
最弱聖女あらため、最強聖女は再び世界を巡る。
彼女の力が必要な人のもとへ――。
というわけで、完結です!
ここまで読んでくださった読者さま、有り難う御座いました。
そして、なんと【書籍化決定】となりました!
今冬発売予定とのこと!早い!
詳細はこちらかX(旧twitter)にて、追ってお知らせいたします。




