56 最『強』聖女、神を殺す!
一方、エミリオがいた場所には魔力の塊があった。
目を眩ませんばかりの光が辺りに降り注ぎ、光の中に六枚の翼が窺えた。
絶対神デウスだ。エミリオという器から剥がされ、儀式部屋の天井に渦巻いている。
荘厳で美しく、闇を打ち消し、影を塗り潰し、全てを光で照らしていた。
しかし、太陽のような温もりはない。日陰者すら優しく包み込む太陽とは違い、デウスは日陰者を焼き尽くす光を放っている。
デウスの光はあまりにも眩しすぎる。世界には、心を休ませる日陰も必要なのだ。
アリスは精神を統一させると、巨大な大鎌を生み出した。
漆黒に包まれた、即死魔法の具現化。
だが、彼女の心は澄んでいた。彼女の胸にあるのは、デウスに対する憎悪ではなく、使命感であった。
「やめろ! 我らの悲願が……!」
ガブリエラはアリスに叫ぶ。
だが、その一瞬が命取りになった。
カラン、と音を立ててガブリエラの錫杖が床に落ちる。その胸には、柳葉刀が突き刺さっていた。
「聖魔決戦の幕引きがよそ見とは、ちょいと締まらねぇんじゃないか?」
ユーロンは口角を吊り上げたかと思うと、柳葉刀を抜いた。ガブリエラの胸に開いた傷口から、白い光が漏れ出す。
告知者の肉体は魔王の一撃により維持が難しくなり、崩壊し始めていた。
「おのれ……下等生物が……ッ」
「そうやって見下してるから、足元を掬われるんだ。世の中は色んな奴がいるからいい。天人だけの世界なんて、さっさと滅んじまうぜ?」
「貴様らのような存在がいるから……世界から争いは消えないのだ……。争いが続けば近い未来、世界は滅びる……!」
「そうならないように、努力するさ」
ユーロンは柳葉刀を鞘に納める。
その瞬間、ガブリエラは力尽き、光の粒子となって飛び散った。
一方、依り代を喪ったデウスは、急速に辺りを白く染め上げる。魔力が、暴走しているのか。
「絶対神を名乗る排他神よ!」
アリスは有りっ丈の声で叫ぶ。
「貴様は、貴様を拒絶する人々に代わって私が処す!」
アリスの漆黒の刃が、迫りくる光の渦へと振るわれる。
今、まさに神が殺されんとしている中、ラルフは己のタリスマンが何かのレベルを必死に計測しているのに気づいた。
ラルフが拾い上げてみると、対象がアリスであることがわかった。
「アリスのレベルが、変化している……!?」
アリスのレベルは1のままだったはずが、ここにきて急速に跳ね上がっている。
レベルとは、経験に応じて加算されるもの。戦闘中に上がる事例など聞いたことがない。ラルフの独白に、ジギタリスもまたタリスマンを覗き込んで息を呑む。
「ホントだわ……。40……50……60……。すごい勢いで上がってる……!」
「70を超えた……! 滅多に見ないマスターランクだぞ!?」
「80……90……まだ上がるのか……。彼女は……一体……!」
オーウェンもともにタリスマンを覗き込み、アリスの背中を見やった。
彼女の背中は、広く力強い。
そんな彼女を計測するタリスマンのレベル計測値は、99で止まった。
「カンストした!」
ラルフの声が裏返る。レベル二桁を超える者は、人類史上観測されていないのだ。
カウンターストップしても尚、計測が止まらない。数値は99から上を刻もうとしていたが、ついには読み取れない表示となってしまった。
「タリスマンがバグった!?」
前代未聞だ。そもそも、アリスの存在はあまりにも型破りであった。
「戦闘になるとレベルが上がるなんて、そんなのアリ? それじゃあ、もしかして今までも、戦いになった途端、レベルがぶち上ってたってわけ?」
アリスと一戦交えたことがあるジギタリスは、思わず震える。
「そっか……。アリスは最弱なんかじゃない! 最強だ!」
そう叫んだラルフの目は、輝いていた。ヒーローを見つめる少年の眼差しだ。
最弱聖女改め、最強聖女。
ラルフの声に背中を押されるように、アリスは即死魔法の刃でデウスを斬り伏せんとする。
しかし、流石は天人が生み出した兵器さながらの神にして、人々の信仰に育てられた存在。死の刃は聖なる光に呑み込まれ、蝕まれていくではないか。
「くっ……!」
「アリス!」
圧されそうになったアリスの手を支えたのは、魔王にして兄のユーロンであった。
「黄龍族の王家の末子、鼬龍が命じる! 世界を漂う我らが同胞よ! 四神の欠片を救世主アリスに!」
ユーロンが唱えた途端に、アリスの身体に魔力が駆け巡る。デウスの力に圧されていた四大元素の清浄なる力だ。
その橋渡しになっているのは、東方の四属性を統べる黄龍の血を引くユーロン自身である。ユーロンの手を通じて、アリスは勢いを取り戻した。
ラルフとジギタリスとオーウェンが見守る中、アリスはユーロンとともに刃を振り切った。
光の渦に差し込んだ、確かな感触。
アリスは確信した。神を殺した、と。
刹那、光の渦が逆流する。光の翼は歪み、ただの塊になったかと思った瞬間、輝ける柱となって天井を貫いた。
断末魔の絶叫のような空気のうねりが王都に轟く。光の柱は今にも落ちそうだった空を貫き、雲を消し去った。
「空が……」
全力を出し切ったアリスは、ユーロンに支えられながら頭上を見やる。
大聖堂の儀式部屋に開いた大穴から、よく晴れた青空が窺えた。
そこから、太陽の光が零れ落ちる。優しくて暖かい光だ。
「太陽神がお前さんを祝福してくれてるぜ」
ユーロンはアリスを労った。
だが、アリスは首を横に振る。
「私だけじゃない。皆を祝福しているんだ。ユーロンのことも、ラルフのことも、ジギタリスのことも、そして、オーウェンやエミリオのことも」
仲間たちは晴れやかに微笑んだかと思うと、すっかり脱力してその場に座り込んだ。
アリスは、ガブリエラがいた場所を見やる。主を喪った錫杖だけが、物悲しく落ちていた。
「きっと、クレアティオは彼女のことも祝福している。彼女は不服かもしれないがな。だが、太陽の光は平等だ」
抜けるように爽やかな風が、アリスの頬をそっと撫でる。
そんな中、残された錫杖もまた、光の粒子となって太陽の光の中に溶けた。
仲間とともに絶対神を殺し、新たな道を勝ち取ったアリス。
次回、大団円のエピローグ!




