55 最弱聖女、最終決戦に挑む
「貴様らがここに来るというのも計算のうち! デウスの降臨は完全ではないが、貴様らを退けるほどの力を持っている!」
死神の一手の先を、ガブリエラが行く。
ガブリエラの頭上の空間が歪むと同時に人影が現れる。片翼の少年――エミリオだ。
「エミリオ!」
ユーロンが叫ぶが、エミリオは虚ろに天井を仰いだままだ。その身体は、濃縮された異様な魔力に包まれている。
ユーロンの声は届かない。エミリオの意思は今、ガブリエラの術によって封じられているのだろう。
「何故だ! お前は何故、デウスを顕現しようとする!」
アリスが問うと、ガブリエラは豊かな髪をかき上げてこう論じた。
「愚問! 我ら天人族の悲願は世界の統一! 絶対的な秩序! それに逆らうものを排除する象徴にして兵器こそ、絶対神デウスだ! 神は六柱も必要ない! 唯一神さえいればいい!」
「そのデウスを作るために、王都にデウス教を広めて他の神々の聖職者を追放したのか!」
「察しの通りだ、忌み子にしてクレアティオの下僕! 信仰の力を集めるには、愚かなる人間の信心が不可欠!」
ガブリエラの言葉に、オーウェンがハッとする。
「国王様をそそのかしたのは貴方か! デウス神のみが民を救うと囁き、魔族を討つ聖騎士団を結成せよと進言したのは!」
「そそのかしたとは人聞きが悪い! 真実だ! 信心が得られ、デウス神を顕現できれば魔族も一掃できる! その中で、私は人間を生かすつもりでいた!」
「それって、人間は都合がいいからだろ!? 家畜と同じじゃないか!」
ラルフが抗議する。
「デウス神を信仰しない人々は異端として処刑し、デウス神を信仰する人だけを残すつもりだったんだ! 信心でデウス神を維持するために!」
「だが、平和は保たれるだろう。何を怒っている」
ガブリエラは傲慢な眼差しでラルフを見つめる。
「平和なんて保たれるものか……! 疑念を抱いて他の神を信仰し始めた人間は次々と排除するつもりのくせに……。自由と平等がない世界なんて、俺は認めない!」
ラルフはジギタリスの方を見やる。彼女もまた、異端の排除による被害者だ。
しかし、ジギタリスはガブリエラに抗議することなく、呆然と立ち尽くしていた。
「ジギタリス!」
「ま、マスターの魔法道具が……!」
ジギタリスは、儀式に利用されている魔法道具のいくつかを指さす。どうやら、聖騎士団に奪われたという彼女の主人の遺品らしい。
「聖騎士団が押収した中で、儀式に利用できそうなものは利用させてもらった。魔力を集中させるのにちょうど良かったからな」
ガブリエラは無慈悲に言い放つ。
「奪えないのか!?」
ラルフが問うが、ジギタリスは首を横に振った。
「取り戻せるなら取り戻したいけど、儀式に組み込まれちゃってる……。術式で繋がってるから、移動させるくらいじゃ儀式を止められない……」
「それじゃあ……!」
壊すしかない。
ジギタリスが言わんとしていることを、ラルフもアリスたちも理解した。
彼女は主人の遺品を取り戻すためにここまで来た。それなのに、目の前で遺品を壊さなくてはいけないなんて。
「ジギタリス……」
アリスはうつむく彼女に何と声をかけていいかわからなかった。彼女にとっての最良の選択が何か、見極めてやることができなかった。
しかし、ジギタリスは顔を上げた。
彼女は迷うことなく、こう言った。
「ラルフ、騎士サマ。マスターの魔法道具なら、使い勝手がよく分かってる。だから、私はこの魔法道具を起点に儀式の術式を破壊するわ」
「ジギタリス……!」
表情を曇らせる仲間に、ジギタリスは場違いなほど晴れやかに笑った。
「いいの。マスターだったら、こんな使い方されたら絶対に怒るだろうし、ぶっ壊してると思う。それに、私が扱える魔法道具があるってことは、それだけ有利だってこと」
ジギタリスは、魔法陣に沿って置かれている魔法道具をむんずと掴んだ。
「これから私の魔力を逆流させる! そしたら、他の魔法道具を壊して!」
「ああ!」
「了解した!」
ラルフとオーウェンが他の魔法道具の元へと走る。
その時、ラルフの足元に何かが落ちた。冒険者ギルドで支給されるタリスマンだ。
「っと……。革紐が切れたか……」
使い込んだ革紐だったので仕方がない。だが、拾っている余裕はない。
ラルフは迷うことなく、自分の持ち場に着く。
一方ガブリエラは、露骨に舌打ちをした。
「痴れ者が! 小癪な真似を!」
ガブリエラが錫杖を振るうと、エミリオが――いや、エミリオの身体を借りたデウスの一端が、眩き聖なる力を解き放つ。
それは真っ直ぐにジギタリスへと向かったが、彼女に届くことはなかった。
「なっ……なんだと……!?」
デウスの魔力は消失する。
そこには、アリスがいた。
「聖属性を無効化した……!?」
「逆転構成――精密なアンチマジック結界を展開した。デウスの力は一度見ている。不完全な降臨の粗削りな魔力構成ならば、逆転術式を組み上げるのも可能!」
これには、流石のガブリエラも度肝を抜かれた。
「馬鹿な! その力は忌み子ゆえか! それとも、愚かしい人間にしては高貴な血筋である皇女ゆえかッ!」
「違うッ!!」
アリスは断言した。
境遇や血筋など、関係ない。
「単に私が、計算が得意だからだ!!」
「おのれッ! 基礎力の高さと努力の賜物か!!」
ガブリエラは目を剥く。
その目前にユーロンが迫る。彼が振り被った柳葉刀を、ガブリエラはとっさに錫杖で防いだ。
「半端者の魔王ッ! 私に歯向かうなど、千年早いわ!」
「どうだか。生まれて二十年ちょっとでこれだけ使えるようになるんだ。千年後にはとんでもない神サマになってるかもしれないぜ?」
「若造め……ッ!」
呻きながら応戦するが、ガブリエラは強い。ユーロンが本気で攻め込もうとしても、彼女の錫杖が的確に弾く。
「さすがは人間の領域に単身で踏み込む天人……! 相当なレベルなんだろうな……!」
「ふん! 私は異種族のもとへ降臨し、神を代弁する告知者! 人間が決めたくだらぬレベル制度とやらで測れるものか!」
「そいつは、俺も同じだけどな!」
柳葉刀と錫杖の金属音が響き渡る中、ジギタリスは妨害術式を完成させる。
彼女は、緊張気味に小さく息を吐いた。
「マスター、私に力を貸して。私たちみたいな別れ方をするヒトを、一組でも減らすために……!」
ジギタリスの願いに呼応するように、魔法道具が淡く輝く。それに背中を押されたジギタリスは、高らかに叫んだ。
「森の魔女の使い魔、ジギタリスが命じる! アストラル界へと繋がる門を閉ざし、儀式を中断せよ!」
バチッと魔法陣に電撃が走る。魔法陣を包んでいた光が、いきなり不安定になった。
それを合図に、ラルフとオーウェンが剣を振り被る。
「弱き人々を救わない神は、帰ってくれ!」
「国王様の理想の国家のため! そして、民のために、私はデウスを否定する!」
「ぶっ潰れろ! クソ神ーッ!」
ラルフとオーウェンの剣がそれぞれの魔法道具を一刀両断にし、ジギタリスの魔力が生み出す電撃が魔法道具を破壊する。
がくん、とエミリオの身体が大きく揺れたかと思うと、力を失って静かに地に落ちた。
「エミリオ!」
ガブリエラに応戦しつつユーロンは叫ぶが、エミリオの身体は駆けつけたオーウェンに抱き止められていた。
オーウェンはエミリオが無事なのを確認すると、ユーロンに目配せをして頷く。
無事にエミリオを取り戻したアリス達。
果たして、ガブリエラの野望を完全に打ち砕くことはできるのか――。




