54 最弱聖女、天人の策略を暴く
気付いた時には、アリスは礼拝堂の扉の前にいた。
「おい、大丈夫か?」
ぼんやりしていたアリスを気遣うように、ユーロンが問う。
彼は無事だ。ラルフとジギタリス、オーウェンも生きている。
アリスの目から、涙が零れそうになる。だが、彼女は感動をぐっと堪え、自らがすべきことに専念するよう頭を切り替えた。
「ここじゃない」
アリスはオーウェンの方を向いた。
「大聖堂には儀式部屋があるはずだ。案内してくれるか?」
「あ、ああ」
オーウェンは頷き、一行を先導する。彼の足取りも少し覚束ない。信仰がデウスに集められているせいだろう。
だが、神官兵は動けなくなっていて、彼はまだ動けている。その違いは何か。
死神の言動から察するに、オーウェンの存在もまたターニングポイントの一つなのだろう。
アリスは選択肢を広げるべく、オーウェンから情報を引き出そうとした。
「そう言えば、我々に手を貸してくれるのは何故だ。民を守りたいという目的は一致しているが、デウス教にとって魔王と魔族は敵対すべき存在ではないのか?」
ユーロンが魔王であり、ジギタリスがグリマルキンであることはオーウェンも知っている。異端の中の異端だというのに、生真面目な彼が何故、協力的なのか。
「私は……わからなくなってしまった」
オーウェンは背中越しに、弱々しく言った。
「異端がいるから戦争が起こる。だから、排除して戦争をなくして平和にすべきだと思っていた。しかし、異端とともに行動し、多様性を主張する君は、私を救ってくれた……」
オーウェンは、鎧越しにユーロンに斬られた傷をなぞった。
「それに、魔王の切り口も見事なものだった。鎧を破壊した上での、迷いのない一太刀。あれは致命傷だったが、蘇生魔法を施し易いように配慮したものだった」
「そりゃあ、アリスの手を煩わせたくねぇからな。自分でできることは、最大限努力するさ」
ユーロンは、何ということもないように言った。
「私は、敵だというのに……」
「立場が違うってだけだ。それに、お互いに生きてりゃ選択肢が増えるってもんだ。こうやって、ともに行動しているくらいだしよ」
「そう……だな」
オーウェンは揺らいでいる。信心が薄れているから、デウス神の影響も少ないのだ。
そんな背中を見て、アリスは決意した。
「皆、聞いてくれ」
儀式部屋に向かいながらも、一同はアリスの声に耳を傾ける。
「私はデウス神を殺そうと思う」
「なっ……!」
あまりにも衝撃的な宣言に、オーウェンのみならず、一同が息を呑んだ。
「ガブリエラは、エミリオの器を使ってデウス神を顕現しようとしている。ガブリエラはやはり天人で、彼女の目的は天人以外の排除だ。天は崩れて王都が破壊され、人間も天人以外の魔族も滅ぼされる」
「どうして、そんなことを知ってるんだ……!?」
ラルフがギョッとした顔でアリスを見つめる。
「もう一人の私が教えてくれた。私に即死魔法の使い方を教えた、死神となった私だ」
アリスは死神とのやり取りを包み隠さず明かす。真実がわかった以上、仲間に隠しごとをする必要もない。
「もう一人のお前さんだと……? 死神ってことは、まさか……」
驚愕するユーロンに、アリスは頷いた。
「多元宇宙の一つにて、私は摂理に背いた膨大な力を制御できず、あらゆるものを死に追いやって死神として多元宇宙から追放された。その私が、デウス神に蹂躙された世界を知っていた。そして私もまた、皆が喪われる未来を見てきたところだ……」
一同が声を失う。
そんな彼らに、アリスは言った。
「私は、皆を喪いたくない。人間だろうと魔族だろうと、一方的に奪われるのは理不尽だ。だから、私は神を殺す。――協力、してくれるだろうか」
してくれなくても構わない。それが、彼らにとっての最良の選択ならば。
アリスは言外にそう滲ませる。
一同は立ち止まり、各々でアリスの言葉を咀嚼し、こう言った。
「アリスにだけそんな役目を背負わせるものか! 俺にできることなら何でもやる!」
真っ先にそう言ったのは、ラルフだった。
「そ、そうよ! 話してくれてよかったわ。そんな大役を黙って一人でやられたらムカつくじゃない!」
ジギタリスもまた、悪態を吐きながらも協力を申し出る。
一方、オーウェンは難しい顔をしていた。
「デウス神を……殺す……? 神殺しなど考えたこともない……。それに、デウス神は聖騎士団の象徴。だが……」
散々迷った末、オーウェンは剣を抜いたかと思うと、その柄で鎧に描かれたデウス神の紋章を傷つけた。そして、意を決したようにアリスを見つめる。
「私は民を守りたい。弱者が虐げられない世の中を作りたい。デウス神が異端だからと弱者を見捨てるのであれば、私は背かなくてはいけない」
オーウェンの決意に、アリスは頷く。
そして、彼女はユーロンの方を見やった。彼は待っていたと言わんばかりに口を開く。
「和平を結ぶ時にデウスは障害になるし、天人にもお帰り頂かなきゃならねぇ。魔王としては、お前さんの方向性に賛成だな」
「魔王としての決断、有り難い。だが、個人的な意見もありそうだな?」
遠回しな言い方のユーロンに、アリスは思わず含み笑いを向ける。すると、ユーロンもまた口角を吊り上げて笑った。
「そりゃそうだ。排他的で利己的な神サマを一介の人間がぶっ殺そうとは、反骨精神が溢れててカッコいいじゃねぇか。その美味しい役どころ、兄である俺にも分けてもらいたいもんだな」
「当たり前だ、兄さん」
全員の選択は決した。もう、迷いはない。
「儀式部屋は突き当りの部屋だ!」
オーウェンが言うように、廊下の突き当りに厳重な扉が窺えた。アリスは走り出し、一同もまたそれに続いた。
「デウス神には即死魔法が通じる! 私がデウスを殺す!」
「だが、エミリオはどうする! 器に使われてるんじゃねぇか!?」
「お前の死で神下ろしが完了する! それまでに儀式を中断させることができれば、エミリオは解放されるはずだ!」
「ははっ、そいつは死にたくねぇな!」
ユーロンは冗談めいた笑みをこぼす。
「儀式ってことは、祭壇か魔法陣があるはずじゃない? それを壊してやればいいのよ!」
「じゃあ、物理的に壊すのは俺がやる!」
ジギタリスが提案し、ラルフが破壊を引き受ける。
「術の構成は私が妨害するわ。相当ヤバい儀式をしてる可能性があるから、物理的な破壊は一人じゃ手に余るかも。騎士サマも手を貸して!」
「ああ、了解した。君の指示に従うし、君たちの破壊行動は私が責任を取ろう」
オーウェンは頷く。
「それなら、俺は天人狩りだな」
ユーロンは柳葉刀を抜いた。そんな彼を、アリスが気遣う。
「大丈夫なのか、お前の立場で……」
「元々、天人族との関係は最悪だ。そもそも、連中が俺たちのことを嫌っていてね。言い分は聞くつもりだが、これ以上関係が悪化することはねぇよ」
「そうか……」
「それに、おふくろを侮辱して、エミリオを攫って神サマの器なんぞにしようとしたんだ。一発ぶっ飛ばさないと気が済まねぇ!」
「私の分も頼む! 二発分ぶっ飛ばせ!」
儀式部屋の扉の鍵をオーウェンが開けるなり、アリスとユーロンは扉を蹴り飛ばして仲間とともに雪崩れ込む。
精密な魔法陣と均整に並べられた魔法道具の数々。その中心に、ガブリエラがいた。
彼女の背中には一対の翼がある。穢れなき純白の翼は、デウス神と同じものだ。
「やはり来たか。混沌を齎す異端者たちよ!」
ガブリエラは手にした錫杖を高らかに掲げた。
奪われた時、戻ってきた仲間。
最弱聖女、決戦の舞台へ――。




