50 最弱聖女、怨敵を討つ
振り返ると、にやついたスペンサーが鋼鉄の手を突き出していた。
「貴様、何をした!」
「裏切り者の団長殿を処分しようとしたのだ。貴様が私を斬ったように」
「貴様が断罪を語るのか!」
「自身には、その資格があるかのようだな! 傲慢なる聖女アリス!」
スペンサーは、武器を持たずに馬上で構える。
双方の間に、両手剣を構えたラルフとユーロンが躍り出た。
「アリス、その人は頼む!」
「あの大司教殿の依頼っていうなら、エミリオの居場所は大聖堂だな。邪魔するなら叩っ斬るぜ」
二人を前に、スペンサーは大口を開けて嗤った。
「ふはははっ! そのなまくらで私に勝とうと!?」
「なまくらじゃない! 親が鍛え上げた剣だ!」
ラルフはスペンサーに反論する。
「親が鍛えようとドワーフが鍛えようと同じこと。何故なら私は……」
「ラルフ、伏せろ!」
ユーロンが叫び、ラルフが反射的に伏せる。
その瞬間だった。
突き出したスペンサーの手の平から、熱線が発射したのは。
「なっ……!」
熱線はラルフの頭上を掠め、空気を焼き、背後にあった建物に直撃した。ドォンと派手な音とともに、石造りの建物に大穴が開く。
「なんだ……今のは……!」
「野郎……。あの作り物の手に、魔法兵器を仕込んでるってわけか」
ラルフは驚愕し、ユーロンは舌打ちをする。
スペンサーの手の平からは、いつの間にか発射口が突き出ていた。そこから熱線を繰り出したのだ。
「そのとおぉぉり!」
スペンサーは高らかに笑う。
「デルタステラきっての錬金術師に作らせた特別な腕だ! 最早、武器など不要ッッ! 絶対神に逆らう愚か者どもをまとめて葬って、頂点までのし上がってくれるわーッ!」
「あのクソ野郎……! ウェントゥスの力さえ安定してたら、ぶっ飛ばしてやったのに!」
ジギタリスは悔しげに呻きながら、アリスとともにアルベールを抱えて物陰に避難する。
「なんということだ……」
アリスは呻く。
なぜ、再びスペンサーが自分たちの前に立ちはだかっているのか。それは、アリスが彼を生かしたからに他ならない。
「す、すまない……。私の不行き届きだ……」
アルベールは苦しげに謝罪した。
「いや、そんなことはない……!」
アリスは、アルベールの怪我を治すことに集中する。しかし、王都がデウスの影響下にある今、簡単な治療魔法を行使するにも時間がかかった。
「ふははは! 我が国の錬金術は世界一ィィィ!!」
一方、スペンサーは熱線を無差別に撃つ。殺傷能力が高く連射可能な熱線を前に、ラルフもユーロンも迂闊に近づけない。
それどころか、容赦ない熱線は周囲の建物を次々と破壊した。店も、民家も、壁に大穴を開けて崩れていく。
「もうやめるんだ! 町が無茶苦茶じゃないか!」
ラルフは叫ぶが、そんな彼に熱線が襲い掛かる。寸前のところで避けるものの、ラルフの背後にあった家の屋根に大穴が開いた。
「無駄だ。あいつに俺たちの声は届かねえ」
ユーロンがラルフに告げる。
「でも、このままじゃ王都に住む人たちの家が……!」
「だから、さっさとカタをつける。熱線の発射口は一つ。一度に二箇所を狙うことはできない」
「ということは……」
どちらかが囮になり、その隙にどちらかがスペンサーを斬ればいい。
ラルフはユーロンが言わんとしていることを理解し、自分が囮を引き受けると言おうとした。
しかし、その前に柳葉刀を抜いたユーロンがスペンサーの前に躍り出た。
「やれるもんなら、やってみな! お前さんが俺を貫く前に、その腕を叩斬ってやるぜ!」
「ユーロン!」
金髪を躍らせながら、ユーロンが囮役を買って出た。スペンサーは熱線を発射するものの、ユーロンはひらりと避けてかわす。
力が半減しているとはいえ、ユーロンは魔王。聖騎士団の分隊長が敵う相手ではない。
しかし、ユーロンにスペンサーを討たせるわけにはいかない。魔王が人間を殺したとなれば、この先の和平が結べなくなる。デウスの力が強く、太陽が封じられている以上、アリスの蘇生魔法を保険にすることもできない。
「……やるしかない」
ラルフは覚悟を決めた。
不意打ちは彼のポリシーに反するが、そんなことを言っている場合ではない。
これ以上、スペンサーを暴走させるわけにはいかない。そして、仲間の立場を危うくしてはいけない。
ラルフはユーロンの反対側から、足音を殺しつつスペンサーへと剣を振り被った。
狙うは、彼の鋼鉄の腕。切り落としてしまえば熱線は使えない。
しかし、剣を振り被るラルフに、スペンサーの発射口が向いた。
スペンサーが振り向いたわけではない。鋼鉄の腕の肘にもまた、発射口がついていたのだ。
「残念だったなぁ。熱線は二方向に飛ばせるのだ」
「まずい!」
発射口にエネルギーが集中する。
スペンサーに接近したラルフは勢いが殺せない。ユーロンが助けに入ろうにも、彼にも発射口が突きつけられている。
万事休す。
しかし、漆黒の風が吹いた。
「スペンサァァァ!」
アリスだ。
咆哮をあげて殺気を迸らせ、漆黒の大鎌を携えて疾風のごとく駆ける。
「なっ、き、貴様……!」
「貴様は! 私が処すッッッ!!」
「やめろ……待……」
スペンサーの命乞いは、そこで終わった。
即死魔法の大鎌が、スペンサーの身体の中心を走る。勝負は、一瞬だった。
「もっと、昇り詰めたかっ……たわばっ!」
スペンサーの身体に大きな亀裂が走る。
刹那、彼の肉体は四散。ゼロ距離にいたアリスが返り血を浴びる。
スペンサーの鋼鉄の腕がガラクタ同然の姿になって転がった。足元に来たそれを、ユーロンは忌々しげに踏みつける。
「すまない。私がもっと早く、こうしていれば……」
エミリオは攫われなかったかもしれないのに。
そう言おうとしたアリスであったが、「いいさ」とユーロンが返した。
「過ぎたことは仕方がねえ。未来のことなんて誰も分からねぇんだ。奪われたものも、取り戻せばいい」
ユーロンは大聖堂を見やる。
一方、アルベールはジギタリスの肩を借りながら、よろよろとやって来た。
アリスの奇跡で肩の傷は塞いだものの、完全に痛みが取れるに至らなかったようだ。時折、苦痛に顔を歪ませていた。
「シャンテル卿……」
「気にしないでください、皇女。本当は、私がその役目を負うべきだったのに、あなたの手を汚させてしまった……」
「私の手など、既に汚れています。だから、皇女という身分も相応しくない」
アリスは自らの返り血を拭うと、大聖堂を見やる。
暗雲は先ほどよりも分厚くなっている。デウスの力もまた、高まっているのを感じた。
「私は皇女でも聖女でもない。ただの冒険者アリス。何にも縛られず、己が見つけた己の使命を全うする者。今私がすべきは、無力なる者を助け出し、王都の人々を苦しめるものを取り除き、火種になりうるものを見極めること。弱き人々が、犠牲にならないためにも」
アリスはそう言って、アルベールに背を向ける。
「なんと堂々として広い背中……。国王様もそうだったのです。弱き民が苦しまないよう、国を良くしようとしていたのに……」
「シャンテル卿、町のことは任せました」
アリスは歩き出す。ユーロンがその隣に並び、ラルフがその後ろについて行き、ジギタリスもまた続いた。
大聖堂に向かうアリスたちを、アルベールはただ見守ることしかできなかった。
スペンサー卿を完全撃破した一行。
大聖堂で待つものとは――。




