48 最弱聖女、王都に帰還す
世界は二つに分断している。人間と、そうでない種族に。
それに違和感を覚えた人間の学者は、世界を巡る旅に出た。
人間以外の種族はどういう者たちなのか。伝承の通り、人間に嫉妬して滅ぼそうとしているのか。
彼女はそれらを自分の目で確かめたかった。伝聞には、誰かの認知が入り込んでしまうからだ。
危険な旅であった。道中、命を奪われそうになることもあった。
多くの困難を乗り越え、彼女は東方と呼ばれるイーストランドまでやって来た。そこは、人間が他の種族と共存する地域であった。
黄龍族という、輝ける鱗を持つ蛇のような姿のドラゴンがいた。彼らは穏健で人間に友好的な個体もいて、学者がいた国の災厄認定されているドラゴンらとは大違いであった。
学者は、黄龍族の王に謁見した。
黄龍族の王は、分断している世界に愁いを抱いていた。同じ世界に生きる者たち同士で滅ぼし合うことを良しとしなかった。
学者は黄龍族の王の考えを支持した。彼女はしばらくの間、黄龍族の王のもとで魔族とされる異種族のことを学んだ。
数年経ち、学者は見聞を広めるために母国へ戻ろうとした。別れを惜しんだ黄龍族の王は、彼女と通じ合った証が欲しいと言った。
学者はそれを受け入れた。黄龍族の王との間に息子を儲けた。黄龍族の王は、息子を立派に育て上げて魔族側からも人間に歩み寄れるよう尽力すると誓った。
学者は息子との別れを惜しみながら、彼に名を与えた。
その後、学者は母国に戻って分断を取り払うための活動を行おうとした。
準備をしている最中、彼女の熱心さに心を打たれ、思想に同意し、支援をしてくれるパトロンが現れた。
それは、身分を隠して学者たちの集まりに参加していた、当時のデルタステラ王の嫡男であった。
学者がそれを知ったのは、彼との間に娘を儲けてからだった。彼らの仲は民衆が知らぬところであったが、デルタステラの王子は機を見て公表すると約束していた。
彼は、魔族との戦いに終止符を打つことに熱心であった。彼もまた、種族間の戦争で兵や民が犠牲になることを憂いていた。
学者は言った。
異なる種族であっても、喜怒哀楽があって家族がいて、大切な人がいる。お互いに怒りと悲しみを増幅し合うのは無意味であると。
娘たちの世代が平和に暮らせるよう、世の中を変えていくべきだと。
デルタステラの王子は、迷うことなく学者の意見に賛成した。有史以来の無益な戦いに終止符を打とうと決意した。
その、矢先の出来事だった。
学者と王子の娘に、不吉な神託が下りたのは。
娘は忌み子であり、いずれ生命を滅ぼす力を得て、王都に集まる大いなる力を滅するだろう、と。
娘を処分し、忌み子を産んだ母親を断罪すべきだと大聖堂が訴えた。
大聖堂の決定は絶対だ。王子がいくら拒んでも無駄だった。
悲しみにくれる王子に、当時の司教は言った。学者は魔族と交わって穢れたため、娘が忌み子になったのだと。
王子は妻と娘を失った原因である魔族を憎んだ。
やはり、魔族と人間は相容れない存在なのだ。戦いに終止符を打つためには、魔族を滅ぼさなくてはならない。
やがて彼は王となり、これ以上、誰かの大切なものが魔族に奪われないようにと聖騎士団を結成し、異端を排除するデウス神を崇めたのであった。
アリスたちは馬を借り、王都が見える場所までやってきた。
二頭の馬のうちの一頭はユーロンとアリスが、もう一頭はラルフとジギタリスが乗っていた。アリスは、ユーロンの背中越しに王都を見やる。
「なんだ……これは……」
王都の上空に、暗雲が渦巻いている。
異様な密度の雲が空を覆い、陽光を遮っていた。
ひどく寒い。風が蹂躙されるように荒れ狂っている。
「風神ウェントゥスが、悲鳴をあげてるわ……」
風属性魔法の使い手であるジギタリスは、三角帽子のつばをぎゅっと握りながら息を呑んだ。
暗雲の中心は大聖堂だ。
やけに低くどす黒い雲のあちらこちらが、時折、不穏に光っていた。中で雷が発生しているのか。
「絶対神――いや、排他神デウスだ」
アリスは、大聖堂で感じた絶対的な力が王都に集まっているのに気づく。あの、排他的な聖属性とやらの魔力だ。
「ど、どういうことだ? デウスの力を集めてるってことか?」
ラルフが目を丸くする。そんな中、ユーロンは王都の城壁に向けて馬を走らせた。
「そんな生易しいモンじゃねぇ! 奴さんの存在を強く感じるぜ!」
「デウス神を……降臨させようとしているのではないか?」
付け加えられたアリスの言葉に、ラルフの顔がさっと青ざめる。
「そんな……! 神を降臨させることなんてできるのか!?」
ラルフは、ジギタリスを乗せた馬を走らせる。
クレアティオを始めとする神々は、自然現象を擬人化しているに過ぎない。彼女らは概念の中の存在で、皆が思い描く姿で物理的に存在しているわけではない。
降臨させるというのは具現化するということ。そんなことが、できるのだろうか。
「わからない……。だが、これだけの密度の魔力が集まっているんだ! デウス神そのものが存在していると思って間違いないだろう……!」
王都に近づけば近づくほど、息苦しくなる。圧倒的にして濃厚な魔力がアリスの身体にまとわりつき、身動きを取りにくくなる。
「クソッ……」
「ユーロン!」
なんとか門の前までやって来たユーロンであったが、馬を止めた瞬間、その身体が大きくぐらついた。アリスは、彼の身体が馬上から落ちないように抱き止める。
「すまねぇ……。俺の身体の半分は、信仰が必要なモンでね……」
「そうか……! デウス神の力は他の信仰を排除する……。そして、黄龍族は準神族で概念――すなわち、信仰に依存する。デウスの力が強い場所では、黄龍族は本来の力を発揮できないというのか……!」
「お前さんだって例外じゃねぇ……。恐らく、奇跡の力はほとんど使えないぜ……」
デウスの影響下では、クレアティオの力も届かない。
アリスはジギタリスの方を見やる。彼女もまた、血の気が失せた顔をしていた。
「ウェントゥスの力も難しいわ。デウスに翻弄され過ぎて、安定しないもの……」
ジギタリスは心配そうな顔で上空を見やる。己の無力さを憂い、風神を案じているのだ。
「なぜ、このようなことを……」
恐らく、大司教ガブリエラの仕業だ。
しかし、彼女は何が目的なのか。彼女は異端を徹底的に排除しようとしていた。
もしかしたら、その目的は人類のためではなく――。
「とにかく、中に入ろう! エミリオを助けないと!」
唯一、影響を受けていないラルフが、率先して前衛に出る。
「そうだな。聖騎士団が攫ったんだったら、デウスのところにいるはずだ」
ユーロンは頷き、馬を下りる。
城壁に開いた門に門番はいない。王都は不気味なほど静かだった。
「これは……」
正面から堂々と王都に入った一行は、その惨状に息を呑んだ。
兵士も民も、商人も、地に伏せて倒れていた。彼らは一様に、祈るように手を合わせている。
「おい、大丈夫か!」
アリスは倒れている人に駆け寄る。
呼吸はある。だが、ひどく弱い。外傷はないが、衰弱しているのは明らかであった。
「魔力……いや、信仰が奪われている……?」
「デウスに対する信心ってやつか。そいつを集めてんのか……?」
ユーロンもまた、倒れている人々を注意深く観察する。だが、できることは何もなかった。
「とにかく、早く大聖堂に……」
アリスは診察した人を楽な体勢で横たえさせ、その場から離れようとする。そんな時、城の方からよろよろとやってくる人影があった。
白銀の鎧をまとい、立派な髭を蓄えた騎士であった。
「聖騎士……!」
ユーロンは思わず牙を剥く。
しかし、騎士の両腕は生身で、ミラが証言したような作り物ではない。隠れ家を襲撃してエミリオを攫った不届きものではなかった。
「アリス・ロザリオと魔王一行か……!」
「……ああ」
アリスは頷き、構える。
しかし、聖騎士はアリスたちを攻撃したり、糾弾したりはしなかった。おぼつかない足取りで、なんとかアリスの前までやってくる。
「アリス・ロザリオ。君の指名手配は王の宣言を以って解かれた……。本当に、すまなかった……」
「なんだと……?」
よく見れば、今まで見た聖騎士の中で最も立派な装備をしている。オーウェンよりも遥かに熟練の風格を漂わせていて、ただの騎士でないことは明らかであった。
「私はアルベール・ド・シャンテル。聖騎士団の団長だ……。長年、王家の近衛兵を勤めていた……」
「シャンテル卿、何が行われているか教えてくれませんか。それに、なぜ私の指名手配が急遽解かれたのです……!」
アリスは、今にも倒れそうなアルベールを支えながら問う。
「アリス・ロザリオ……いや、あなたをこのような呼び方でお呼びするのは不躾というもの。あなたはこの国の皇女なのですから」
「は……?」
アリスのみならず、その場にいる全員が目を丸くした。
アリスに明かされた真実。
自らの正体を知ったアリスはいかに――。




