47 最弱聖女、大司教正体を明かす
その頃、一連の報告を聞いた国王は、執務室で頭を抱えていた。
「なぜだ……。お尋ね者となれば姿をくらますと思ったのに……。冒険者の手が及ばない辺境などいくらでもあると思ったのに……。なぜ、王都に戻ろうとするのだ……」
「王よ」
冷ややかな女性の声が聞こえ、国王はハッと顔を上げた。
人払いをしたはずの執務室に、金の髪の美しい女性が佇んでいた。
大司教ガブリエラである。
「大司教……いつの間に……!? 扉は閉まったままだというのに……!」
「私がどう入ったか、そのような些事はどうでもいいのです」
ガブリエラは、彫刻のように美しい貌で冷たく国王を見つめた。
彼女の気迫に王すらも圧倒される。人のものとは思えない。神にも似た存在と向き合っているかのようであった。
「マチルダとアリスは処刑した。私にそう伝えたのは、あなたの近衛兵でしたね」
「あ、ああ……」
「しかし、母娘は生きていた。私がせっかく、穢れた彼女らがこの国に暗い未来を齎すと助言したというのに、何者かが彼女たちを生かし、私を欺いた。その愚か者に心当たりがあるのではと思いましてね」
「大司教……。マチルダは――」
「魔族と交わった混沌を齎す存在です」
ガブリエラはぴしゃりと言った。
「あの女は、あなたに魔族と和平を結ぶよう唆そうとした。それは、魔族の王と繋がっているがゆえだったのです。和平と見せかけ、国力を削ぎ、魔族がデルタステラに乗り込めるよう手引きしようとしたのです」
「だが、聖騎士団長の報告によれば、大聖堂に乱入した現魔王もまた和平を謳っていたそうではないか……! やはり、彼らとは一度話し合いの場を設けるべきではないのか!?」
「惑わされるな!」
ガブリエラの一喝に、窓ガラスが震える。暴風に曝されたかのような衝撃を真正面から受け、国王もまた口を噤んだ。
「魔王が率いる軍勢は、有象無象の集まり! 若き魔王が和平を申し出たからと言って、それぞれの種族の長が了承するとは限らない! その上、魔王は穢れた女の息子! 言葉巧みに人心を操ろうとしているのだ!」
「やめろ!」
国王は叫ぶ。
ガブリエラを正面から見据え、「やめろ」ともう一度言った。
「マチルダを――、我が妻を愚弄することは許さない」
「愚かな……。民よりも女を選ぶか。貴様も所詮は、愚かな人間の一人ということだな」
ガブリエラは心底蔑むような目で国王を見やる。
だが、国王は一歩も譲らなかった。
「マチルダ、アリス、そしてマチルダの息子と魔王。全てが繋がった。皆、一貫して種族間の壁を取り払おうとしているのだ。差別をなくし、皆が平等に生きられる世の中を望んでいる。その中で、我が民もまた、平等に生きられるのではないか!?」
「平等などない!」
ガブリエラは断言する。
「万物の能力には格差がある! 全ての思想には対立がある! その真実から目を背け、全てを同じ場所に置いておこうとするから不満が生じ、争いが生まれるのだ! 区別こそ秩序、思想の統一こそが幸福! 異端の排除こそ、幸福の礎だ!」
「私は……そうは思わない」
声高に論じるガブリエラに、国王は首を横に振った。
「……愚か者。そして、裏切り者め。穢れた女と忌み子を逃がしたのは貴様だろう」
「当たり前だ! マチルダは私の最愛の妻! そして、アリスは私の娘なのだから! 肉親を守れずに国民が守れるか! アリスが何を齎そうと、私は父としてそれを受け入れよう! アリスの指名手配は、この時を以って解除する!」
「――そうか。残念だ、人間の王よ」
それが、決裂の合図だった。
ガブリエラの背中から純白の翼が拡がり、目を眩ませんばかりの後光が溢れた。
国王の視界を覆うほどの翼は、デウス神の翼にもよく似ていた。人外にして天に住まう種族の証だ。
「まさか、天人族――」
ガブリエラの断罪の後光を浴びた国王の言葉は、そこで途切れた。
彼は身体から自由が奪われ、あっという間に塩の柱と化した。
「個でいることを恐れ、寄り添うことでしか生きられない矮小なる種族よ。汝らであれば、我らが天人族の糧となり、家畜として生かしてやっても良いと思ったというのに」
本性を表したガブリエラは、岩塩の塊と化した国王に汚らわしいものを見る目を向ける。
「半端者の魔王のせいで、デウス教に傾倒していた民に揺らぎが生じている。そろそろ潮時か。計画を早めることになるが、まあいい。既に、我らが計画に必要な鍵は目星をつけている」
ガブリエラは塩の柱を破壊せんと、右手に魔力を集中させる。
だが、その矛先は執務室の出入り口である扉に向かった。
魔力の塊が直撃した扉は粉々になり、粉塵が舞う。その向こうで、慌ただしく立ち去る足音が聞こえた。
「外したか」
ガブリエラは内心で舌打ちをする。
しかし、誰に聞かれていようと、彼女にとって些事だった。
「信仰は満たされた。我らが人工神デウスの完成も間近。秩序に不要なものは、一つ残らず断罪してくれる」
ガブリエラはほくそ笑むと、二枚の翼を羽ばたかせ、その場から消え去った。
アリスはクレアたちを引きつれて港町まで戻る。
王都の周辺は危険だ。しかし、余所者が多い港町であれば、多少の人目は欺ける。そこで、態勢を整えようというのだ。
だが、港町の様子はおかしかった。
通行人が絶えず賑わっていたはずなのだが、今は、道を往く人間がほとんどいない。
「なんだか、北の森の近くにあった村みたいだな……」
ラルフは聖騎士団に怯えていた村のことを思い出す。住民たちの気配がするのに、彼らは身を潜めて姿を現そうとしない。
怯えるような居心地の悪い視線だけが、アリスたちに浴びせられていた。
アリスはふと、背筋に嫌な予感が過ぎるのを覚えた。全身を駆け巡るような悪寒に、アリスはその身を震わせる。
「なんだ……やけに胸がざわつく」
「この町の様子じゃ、仕方がないって」
ラルフはアリスに頷く。
しかし、引っかかっているのは町の様子だけではない気がする。もっと重要な何かが、失われてしまったかのような――。
「……行くぞ」
ユーロンは貧困街の方へ足を向ける。
「ひとまず、追っ手が来るかもしれねぇし、姿を隠した方が良いだろ。聖女サマたちが半端者を差別しねぇっていうなら、うってつけの場所がある」
エミリオとミラがいた場所だ。人間と魔族の間にできた子供たちが、身を寄せ合って暮らしている下水道だ。
やけに静まり返った町を往き、一行は下水道までやってくる。
しかし、一行を待っていたのは凄惨な現場であった。
「うう……」
入り口に、傷だらけのミラが転がっていた。
「おい、何があった!」
ユーロンはミラの小さな身体を抱きかかえる。他の下水道の住民たちもまた、或る者は顔を腫らし、或る者は脇腹を押さえて蹲っていた。
「ひどい有り様だ……」
「なんたること……」
暴行の痕に心を痛めたアリスとクレアたちは、迷うことなく下水道の住民たちに治療魔法を施す。
聖女たちは自らの法衣が汚れることも気にせず、負傷者の傷を消毒してやったり、楽な体勢で寝かせてやったりしていた。
「争った跡みたいだ。一体、何が……」
ラルフは辺りに散らばる瓦礫を片付けながら息を呑む。
そんな中、ユーロンの腕の中でミラが呻いた。
「騎士さまが……」
「まさか、聖騎士団か……?」
ユーロンが問うと、ミラは小さく頷いた。
「片腕が作りモノの騎士さまが……片翼の子を探しているって……」
片翼の子。それはまさに――。
「ちょっと、エミリオがいないんだけど……」
先ほどから下水道内をキョロキョロしていたジギタリスが、青い顔で戻ってきた。
エミリオがいない。
その報告を聞いた瞬間、ユーロンの顔色が変わった。
ミラはぐすっと涙を滲ませる。
「騎士さま……、エミリオを連れて行っちゃった……。私たちもエミリオも、やめてって抵抗したのに全然敵わなかった……」
「そうか……。よく頑張ったな……」
ユーロンが頭をなでてやると、ミラは安心したように意識を手放す。一気に気が抜けたためだろう。
「クレア、だったか……。この子を頼む」
ユーロンはクレアにミラを託す。そして、自分は下水道に背を向けた。
「ユーロン……」
アリスがその背中に追いすがって問う。
「戻るのか」
「ああ。聖騎士団に攫われたっていうなら、エミリオは王都にいる」
「そうだな」
アリスもまた、ユーロンに肩を並べた。
「お前さんは、少し休んでからでも良いんだぜ? ずっと奇跡を使ってるしな」
「馬鹿を言うな。お前を一人で行かせるわけにはいかない。それに……」
「それに?」
「ずっと胸騒ぎがする。今、王都に向かわなければ、何か大きなものを永遠に失ってしまいそうな気がするんだ」
アリスは正体不明の不安に呑まれそうだった。早鐘のようになる胸を押さえ、汗が滲む手を握りしめて冷静を装う。
そんな彼女の隣に、ラルフとジギタリスも並んだ。
「だったら、早く行こう。この場はクレアさんたちに任せて」
「私もまだ王都で目的を果たして無いし、ついて行ってあげるわよ」
「二人とも……」
仲間が頼もしい。
アリスは背後を見やり、クレアたちへ視線を向ける。クレアもまた、ラルフの言葉を受け取るように頷いた。
「すまない。負傷者を頼む……」
「助けを必要とする方々を救うのが聖女ですから。シスター・アリス、あなたもそうでしょう?」
「私は……」
アリスは聖女という身分を捨てていたが、気持ちはクレアと同じだ。一瞬だけ戸惑った分、力強く頷いた。
「ああ。どんな力を持っていようと、どんなに返り血を浴びていようと、私は助けを必要とするヒトに手を差し伸べたい」
それがどんな種族や思想の持ち主でも構わない。アリスは弱き者の味方だ。
元聖女、魔王、冒険者、魔女のパーティーは、再び王都へと向かう。
弱き者を助け、彼らなりの正義を通すために。
明らかになったガブリエラの正体。
そして、攫われたエミリオ。
その目的とは――!?




