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46 最弱聖女、家族と語る

「ここが見つかるのも、時間の問題です」

 クレアは地下通路の扉をしっかり閉ざし、アリスたちに言った。

 大司教ガブリエラは油断ならない人物だ。追放したはずの聖女が姿を現したと知れば、大聖堂をひっくり返して調べるだろう。

 この場所が暴かれたら、今度こそクレアらの居場所はなくなってしまう。

「すまない。私たちを助けるために……」

 アリスは申し訳なさそうに頭を下げる。

 だが、クレアと聖女たちの表情は晴れやかだった。

「いいのです。あなたたちはデウス派の矛盾を人々の前で指摘してくださいました。本当は我々がやるべきことだったのに、我々には勇気がなくて……」

「相手が大きすぎる。君たちが萎縮していたのは当然だ」

「いいえ。私たちがこの場所で燻っていたのは事実。ですが、あなたのお陰で勇気づけられました。感謝します、シスター・アリス」

「クレア……」

 クレアはアリスを心配して様子を見ていたのだろう。そこで、アリスたちの勇ましさに心を打たれて、危険を顧みず助けてくれたということか。

「準備が出来次第、一旦、ここを離れましょう。襲撃を受けたらひとたまりもありませんから」

 クレアはそう言って、他の聖女たちと荷物をまとめる。

「手伝うよ。力仕事なら任せてくれ!」

 ラルフは率先して彼女たちの力になろうとする。そして、ジギタリスもまた、アリスとユーロンを見やったかと思うと、遠慮がちに聖女らの手伝いを始めた。


 アリスとユーロン。二人は同じ母親から生まれた兄妹だという。

 ジギタリスは、二人っきりで話す時間が必要だと思ったのだ。

「気を遣わせちまったようだな」

 ユーロンがぽつりと呟く。

「……傷はいいのか?」

 アリスが問う。ユーロンが肩を押さえていた手を離すと、出血は止まっていた。

「だいぶ塞がった。しばらく剣を振るうのは難しいが、一日寝れば回復する」

「驚異的な再生力だな……。だが、治療をさせてくれ」

 アリスはそう言って、ユーロンの傷跡に手を当てる。クレアティオの聖女の隠れ家という場所のため、陽光がなくても問題なく奇跡が発動した。

「蘇生魔法で疲れてるだろ。俺の傷なんて放っておけば治るし、休んでていいぜ?」

「そういうわけにはいかない。今すぐに剣を振るう必要があるかもしれないしな」

「なるほど。ヒト使いの荒い聖女サマだ」

 ユーロンは口角を吊り上げて笑う。だが、すぐに笑みは消えた。

「……感謝してるぜ」

「何がだ」

「この治療は勿論のことだが、あの副団長を助けてくれたことを」

「それが私の役目であり、やりたかったことだから」

 アリスは表情を変えないまま、静かにユーロンの治療を続ける。

「あいつ、俺に一太刀浴びせたんだよな。記念に鱗の一枚でも懐に忍ばせてやりゃよかったぜ。魔王に傷を負わせたなんて、自慢のネタになるだろ」

「バージェス卿は自慢をするタイプではないだろう。むしろ、鱗を返しに来そうだ」

「違いねぇ。真面目で律義そうだしな」

 ユーロンは軽く肩をすくめた。アリスの奇跡のお陰で傷はすっかり癒え、若干の違和感が残るのみとなっていた。


「……お前さんの母親のことだが」

「母は、兄がいることなど一言も教えてくれなくてな。正直、混乱している」

 アリスの中は、疑問でいっぱいだった。しかし、彼女はそれを律して、今まで最善と思われる行動をしてきたのだ。

「俺が親父殿から聞いたのは、母親が処女受胎であったこと。聡明な学者であったことくらいだ」

「黄龍族は肉体的な交わりせず子を成すという話だったな。学者――というのは、私は聞かされていなかったが、母は本を多く所有していたし、知識も豊富だった。今思えば、学者というのも頷ける話だ」

 アリスは母親のことを思い出しながら、ぽつりぽつりと話す。

「私が物心ついた時には、パクスで暮らしていた。母の口からそれ以前のことが語られることはなかったが、村長いわく、私が赤子の頃にパクスに来たそうだ」

「パクスって、お前さんの教会があった辺境の地だろ? その時に、お前さんの父親はいなかったのか?」

「村長に聞いたところ、いなかったそうだ。早逝したのか、それとも、生き別れたのか……」

 マチルダがユーロンを産んだ後、そして、アリスを産む前がまるっきり空白であった。兄妹は互いに唸り、首を傾げる。


「なあ、アリス。お前さん、あの高慢な大司教殿に忌み子って言われてただろ?」

「……言われてた、な」

「ガブリエラはアリスのことを知っていた。ってことは、おふくろ――マチルダは王都からパクスに行ったんじゃねぇか?」

「可能性は……あるな」

 ガブリエラは、マチルダとアリスが断罪によって処刑されるはずだったと言っていた。だが、何者かが手引きして、マチルダとアリスをパクスに逃がしたのだろう。

 そして、マチルダは学者としての身分を捨て、辺境の地でアリスをひっそりと育てていたということだろうか。

「罪に問われたのは……黄龍族との交わりか?」

「確かに、連中にとっては異端だろうな。東方では稀にある例だけどよ」

 ユーロンはそう言ってから、声を潜める。

「だが、一つだけ大きな空白がある。そいつが関係しているかもしれないな」

「私の父親……か」

 アリスは人間だ。ユーロンのような再生力もない。人間の父親がいるはずなのだが、それが誰なのかわからなかった。


「まあ、わかんねぇことをウダウダ言ってもしようがない。――けどよ」

 ユーロンは、金色の瞳でアリスを見やる。

「お前さんは、平気なのか?」

「何がだ?」

「半端者の兄貴がいることさ。黄龍族の兄姉には、良い顔をされなくてね」

 ユーロンは皮肉めいた笑みを浮かべる。

 アリスはしばし考えた後、こう答えた。

「ユーロンと血が繋がっているというのは、未だに実感が湧かない。そもそも、あまりにも似てないしな」

「俺は親父殿似でね」

 ユーロンは、おどけるように肩をすくめる。

 しかし、その視線はアリスに釘付けだった。彼は、アリスの本音が気になるのだ。

「私とユーロンの血が繋がっているからと言って、今更、何か変わることもない。母が魔族と交わっていようと、私がその子であろうと、兄が半魔であろうと、そこに不正がなければ構わない。母が選択した結果であれば尊重しようと思うし、ユーロンが自分に誇りを持てていればそれでいい」

「俺に……誇り?」

 予想もしていなかった言葉に、ユーロンは目を瞬かせる。

「ああ。大司教がなんといおうと、私は自分の出自に誇りを持ちたい。父は分からんが、母はそれを望んでいるはずだ。だから、私が兄に求めることは、自分に胸を張れということくらいだな」

「……そいつは、俺を慰めてくれてるのか?」

「違う。私はしょぼくれた兄など見たくないだけだ」

 ぴしゃりと言い放ったアリスに、ユーロンは「ふはっ」と噴き出した。

「いいねぇ。やっぱり、お前さんは面白いやつだ」

 ユーロンは笑う。心の底から込み上げた、からりとした明るい笑みだ。

「俺は、卑屈になってたのかもしれねぇな。誰が何と言おうと、俺は尊敬する親父殿に魔王を任された。親父殿が俺を信じたように、俺も俺自身を信じてやらなきゃならねぇ」

 ユーロンは、アリスに向かって拳を突き出す。アリスもまた、彼の大きな拳に自らの拳を重ねた。

「それでいい。王でなければ成し遂げられないこともある。我々はもう、後戻りはできない。このまま突き進むぞ」

「ああ。魔族の議会の承認は、後で取ればいい」

 ユーロンは歯を見せて笑った。


 魔王は絶対君主ではない。だから、他の魔族の長とじっくり話し合ってから行動しなくてはいけない。

 だが、そんな猶予はなかった。

 行動して結果を出してから決を採る。ユーロンの選択肢は、それしかない。

「はーい、注目!」

 途中から二人の様子を眺めていたジギタリスは、元気よく手を挙げる。

「グリマルキン族の代表として、魔王様に一票入れるわ!」

 ジギタリスは、美しい人差し指をビシッと立てた。

「デウス教の連中、魔族を排除する気満々だもの! 和平を結ぶことで人間の侵攻が無くなるなら万々歳よ!」

「ありがとよ」

 ユーロンは微笑む。

 だが、彼の言葉には続きがあった。

「魔族の戦争推進派を抑え込めなかったら、一緒に吊し上げられようぜ」

「ぎにゃー! 迂闊なこと言った!」

 ジギタリスは頭を抱える。

「そしたら、二人のことは俺が守るよ!」

 聖女たちとともに準備を終えたラルフは、とっさにフォローする。しかし、ハッと気づいてしまった。

「いや、人間の俺が手を出すと余計にややこしく……? でも、なんかこういうことは、種族とか関係ない気がするんだよ……!」

 ラルフは頭を抱えて葛藤する。

 結束する一同を、クレアたちが見つめていた。彼女らは度々登場する魔王という単語に聊か面食らっているように見えた。

「黙っていてすまない。実は――」

 気付いたアリスは、今までの経緯を簡単に説明する。


 話を聞いた聖女たちは顔を見合わせ、まじまじと魔王ユーロンを見やり、再び、お互いに目配せをした。

「いやはや、ただならぬ空気を纏っていると思ったら、そんな事情が……」

「悪いな。魔王がお前さんたちの聖域に土足で上がっちまって」

 謝罪するユーロンに、「いえ」とクレアは首を横に振った。

「種族であれ、思想であれ、自由に持つことを許されるべきだし、他人を侵さないのであれば許容されるべきなのです。――ユーロンさん、あなたは他人の心を侵そうとしない方でしょう?」

「まあな。人様の胸の内に入る時は、靴を脱ぐようにしてるぜ?」

「それならば、クレアティオのようにあなたを平等に扱います。あなたも地上に生きる者の一人であり、太陽に祝福される者ですから」

 クレアの言葉に聖女たちも頷く。彼女らは暗に、魔王ユーロンを受け入れようという意志を見せた。

 そんな時、隠し扉の向こうで慌ただしい足音が聞こえた。


 一同はハッとして口を噤み、互いに顔を見合わせる。

 神官兵たちだ。魔王や重罪人、そして、追放者らを探している。ここが見つかるのも時間の問題だ。

「行きましょう……!」

 クレアの先導に従い、一同はその場を後にする。

 地下通路から出ようとするところで、遥か離れた隠し扉が破られる音が聞こえた。

兄と妹、初めてきょうだいとしての会話を交わす。

アリスの父親は一体何者なのか――。

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