45 最弱聖女、救済を行う
オーウェンは生まれながらに貴族であった。
バージェス家は由緒正しい家柄で、父は領主だった。
だからこそ、責任があった。領民を守り、彼らが健やかに過ごすことができるよう、努めなくてはいけなかった。
そんなある日、領内の村がドラゴンによって襲撃された。
オーウェンは兵士を率いてドラゴンの討伐に挑んだ。その時、国王が兵力を貸してくれたこともあり、辛くも勝利を収めた。
村は壊滅状態であった。
のちに調べたところ、村の近くの山岳地帯でドラゴンが巣を作っていたという。
巣には卵があったそうだ。ドラゴンの卵は高額で売れるため、村の人間が巣の中に忍び込み、卵を盗んでしまったそうだ。
それで、ドラゴンが怒って村を滅ぼした。
そして、そのドラゴンをオーウェンらが討伐した。
一体、誰が悪かったのか。一体、どうすれば被害が最小限で済んだのか。
村は貧しかった。教会もなく、怪我や病気を治療する聖女もいなかった。だからこそ、ドラゴンの卵を手に入れ、村を豊かにしようとしたのだろう。
領主は村が貧しいことを知っていた。何らかの形で支援できないかと探っていた、その矢先のことだった。
領主がもっと早く手を差し伸べていたら。村人が早まった真似をしなければ。ドラゴンが近隣に巣など作らなければ。復讐を終えたドラゴンをオーウェンたちが討伐しなければ。
何か一つ、命が救えたかもしれない。
そう、オーウェンはドラゴンを討伐したことにも心を痛めていた。
子どもを攫われて親が怒るのは当然だ。それは、人間であろうと魔族であろうと変わらないのだ。
ドラゴンの躯を前に、オーウェンはそう痛感した。
後に、オーウェンは国王の近衛騎士に任命された。その時に、国王に胸の内を明かしたのだが、国王はこう返した。
「皆が一様に満たされて平穏であることは不可能だ。満たされる者の枠は決まっている。何かを犠牲にしなくては、幸せは得られない。悲しいことだが……」
オーウェンの思う「もしも」が実現していたとしても、別の形で不幸が訪れていただろう、と国王は付け加えた。
ドラゴンの子が卵から孵り、親子で近隣の村の住民を狩りだすかもしれない。別の村の住民などがドラゴンの卵を盗み出し、彼らが命を落としていたかもしれない。
世界は絶妙にバランスが保たれているという。だから、不幸は避けられない。
だが、何を不幸にするかは選べるのだという。
「国王様は、そのような選択を迫られた時にはどうなさるのですか……?」
オーウェンが尋ねると、まだ若き国王は眉間に老人のように深い皺を刻み、重々しく言った。
「我が身を犠牲にするしかない。それがたとえ、魂が引き裂かれるような出来事であっても」
その時、オーウェンは悟った。
国王はどんな犠牲を払ってでも、民のためになることを選ぶだろう。
そしてそれは、オーウェンが国王に心の底から忠誠を誓った瞬間であった。
「緊急救済だ!」
騎士たちが血の海に沈むオーウェンに駆け寄ろうとする中、アリスの凛とした声が響いた。
「私は蘇生魔法の奇跡を行使することのできる元聖女だ! これより、オーウェン・バージェス卿の蘇生を行う!」
アリスは倒れるオーウェンに歩み寄る。
その行く手を、誰も阻まなかった。騎士たちはすがるような目アリスを見つめていた。
アリスはユーロンの方を見やる。
彼はラルフとジギタリスに支えられながらも、なんとか身体を起こした。
「俺は大丈夫だ……。黄龍族は再生力が高くてね……。しばらくしてりゃあ、肉はくっつく」
「……わかった」
アリスは頷き、すっかり血の気が失せたオーウェンの前で膝を折る。アリスの服が彼の血で汚れるが、気にしている余裕はない。
「クレアティオの代行、アリス・ロザリオが行使する! 生命を繋ぐ扉を開放し、かの者の死を退けよ!」
アリスが叫んだ瞬間、オーウェンの身体が優しい光に包まれる。
激しく排他的な聖の光ではなく、生命を育む陽光だ。
太陽神クレアティオの奇跡の光。
しかし、アリスが思うようにそれは集まらない。
ユーロンとオーウェンが戦っている間、密かに儀式用の結界は張っていた。不要な魔力を遮断し、清浄な空間で奇跡を行使しているはずなのに。
「排他的魔力か……!」
大聖堂の中は、あまりにも聖属性の力が強過ぎる。そのせいで、儀式用結界で遮断し切れていないのだ。
オーウェンの傷を癒そうとしていた光が、少しずつ弱くなっていく。このままでは、奇跡が拡散してしまう。
そうなったら、オーウェンは助からない。
彼の生命が零れていくのを感じる。死が、ひたひたと彼を蝕むのを察した。
「誰でもいい! クレアティオの恵みを――陽光を入れてくれ!」
アリスは叫ぶ。
外界から閉ざされた大聖堂には、クレアティオの恵みである陽光がほとんど入っていない。だが、陽光が少しでも射し込めば、クレアティオの加護が強くなるかもしれない。
「任せて!」
ジギタリスは、ステンドグラス目掛けて雷魔法を放つ。
濃縮された雷撃は、デウス神が描かれたステンドグラスのど真ん中に直撃し、派手に破片を飛び散らせた。
「よし! やったわ!」
ほのかに外界の光が射す。
だが、あまりにも弱々しい。
外は曇天で、空には分厚い雲が渦巻いている。高いステンドグラスから入り込んだ光は、アリスたちのもとに辿り着くまでに心許なくなってしまう。
聖騎士たちは互いに顔を見合わせる。そして、決意したように走り出した。
「陽光を入れればいいんだな!」
「頼む! 副団長を助けてくれ!」
彼らが目指したのは、聴衆を避難させた後に閉ざした巨大な扉であった。
外に面した扉を大きく開け放つと、ほのかな陽光が礼拝堂の床を照らした。
魔王と聖騎士の血にまみれた凄惨な有り様も、奇跡を行使するアリスと瀕死のオーウェンも、太陽は平等に照らした。
陽光を感じた瞬間、アリスは全身に力が湧き上がるのを感じた。
全ての生命を平等に育む太陽の光が、彼女を通じてオーウェンに生命力を注ぐ。
「おお……」
聖騎士たちは、開けた扉を押さえながら様子を見守っていた。
青白かったオーウェンの顔に、少しずつ赤みが戻ってくる。見事に斬られた傷口も徐々に塞がり、呼吸も安定してきた。
クレアティオの奇跡が、オーウェンの生命を取り戻したのだ。
「うっ……」
オーウェンの瞼がピクリと動く。
「国王……さま……?」
オーウェンは、アリスを眺めながらぼんやりと尋ねた。
「違う。私はアリス・ロザリオだ」
「私は……死んだはずでは……」
オーウェンは乾いた唇でそう言った。
秘儀に身を焼き尽くされて命を落としていたはずだった。最初から自らの命を捨てるつもりだったオーウェンは、信じられないといった表情でアリスを見つめる。
「あなたの生命をなめ尽くして、聖なる力は消えた。だが、蘇生魔法の奇跡によって、あなたは再び生命を取り戻したんだ」
「とても……温かい光を感じた。デウス神のように激しいものではない。心地よく、そのまま眠りに誘われそうな、優しい光だった……」
「それは、太陽神クレアティオの光だ」
それを聞いたオーウェンは、小さく息を吐いた。
「私は……太陽神にすら背いて、君の仲間に刃を向けた。そして、君も重罪人として処刑しようと思っていたのに……なぜ……」
「クレアティオは、誰であろうと平等に光と温もりを与える。私は、一人でも多く命を助けたいと思って、蘇生魔法を会得した。だから、あなたを救おうと思ったんだ。お互いの立場など、関係ない」
「ああ……」
オーウェンの頬に涙が伝った。
悲しみの涙ではない。安堵にも似た、あたたかい涙であった。
「我が身を犠牲にした先にも、道があるとは……」
その一言に、アリスへの感謝が込められていた。
命を賭して使命を全うしようとした副団長が一命を取り留めた様子に、聖騎士たちは胸を撫で下ろす。中には、もらい泣きする者もいた。
だが――。
「そこまでだ!」
開け放ったままの扉から、雪崩れ込む者たちがいた。
デウス教の神官兵の一団だ。
「バージェス卿! 我々も魔王討伐に加勢しよう!」
「いや……、待て……!」
オーウェンは慌てて起き上がろうとするが、身体が思うように動かない。
「無茶をするな……! まだ、完全に傷が癒えたわけではない!」
顔を苦痛に歪めるオーウェンを、アリスが支えようとする。しかし、オーウェンは力強い手で、アリスの腕をやんわりと離した。
「君たちは……逃げろ……! 彼らは大司教様の手のものだ……。私の指示には従わない……!」
「バージェス卿……」
しかし、逃げようにも退路である出入り口は占拠されている。
それに加えて、ユーロンは負傷し、ラルフは彼を支えていた。
「やるしかないようね……!」
ジギタリスは覚悟を決めて風の魔力を集めようとする。
そんな中、一同の前に何かが放り込まれた。
「えっ?」
「なんだ?」
双方ともに、目を丸くする。
次の瞬間、辺りに煙が勢いよく充満した。あっという間に、視界が煙に覆われてしまう。
「煙幕か!」
「皆さん!」
煙幕の向こうから、声が聞こえる。
クレアだ。
「早く、こっちへ!」
「分かった!」
アリスは仲間とともに、クレアの声を頼りに走り出す。
神官兵たちの追っ手を撒き、隠し部屋の地下通路へと戻ったのであった。
魔王は魔王の、聖女は聖女の役目を果たす。
破壊と救済が少しずつ道を照らして――。




