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42 最弱聖女、大司教に疑念を抱く

 マチルダ・ロザリオは聡明な女性であった。

 アリスとともに木造の素朴な家に住んでいたが、地下室には書庫があり、この世界では高級とされる本がずらりとあった。

 アリスは本が好きで、幼いころから書庫に入り浸って勉強していた。マチルダはアリスの質問になんでも答えてくれるので、アリスはマチルダを尊敬していた。


 マチルダ・ロザリオは美しくも凛々しい女性であった。

 アリスの艶やかな黒髪は母親譲りだ。顔立ちもよく似ていると村の人たちに言われていた。マチルダはシングルマザーだったため、村の男たちが求婚してくることもあったが、彼女はやんわりと断っていた。

 マチルダ・ロザリオは夫についてほとんど語らなかった。

 アリスが父親について尋ねた時、「遠いところにいるよ」と答えたことがあった。本の虫だったアリスは、それが亡くなったことを意味するのだと悟った。父は死者を受け入れるエラトゥスのもとにいるのだと思った。


 だが、妙だと思ったことはある。

 遺灰を納めているはずの墓がないのだ。マチルダが亡くなった時は、村の人たちがロザリオ家の墓を新しく作ってくれたのだ。


 そして、マチルダ・ロザリオは原因不明の病で亡くなっている。

 アリスが治療魔法を覚える前のことだった。

 当時、パクスの教会に勤めていた聖女が手を尽くしてくれたのだが、マチルダの病は快復しなかった。

 アリスは、聖女たちが休むことなく奇跡を行使してくれているのを見守ることしかできなかった。

 無力感に打ちひしがれた彼女は、自らも奇跡の力を行使できるようになりたいと強く感じた。

 自分のように己の無力さに絶望する人が一人でも減るよう、そして、マチルダのように命を落とす人が一人でも減るようにと。




 マチルダはアリスに愛情を注いでくれたが、アリス以外の家族について自ら語ることはなかった。

 それゆえに、アリスは自分に兄がいることなんて知らなかった。それがまさか、当時の魔王との息子だなんて。

 あまりにも衝撃的で、偽りではないかと疑ってしまう。

 ガブリエラがアリスの動揺を誘っている可能性があるものの、自分の母親の名を知っているというユーロンも反応している。


 やはり、事実なのだろうか。

 では、アリスの父親は誰だ。


「どういう……ことだ」

 アリスは顔を強張らせる。ユーロンも同様だ。

 そんな中、ガブリエラは訳知り顔でほくそ笑んだ。

「そのままの意味だ、アリス・ロザリオ。お前の母親は穢れた女で、お前は忌み子だった。だから、母子ともども断罪の処刑をしたはずであった。それがまさか、何者かが逃がしていて、こうして相見えるとはな」

「断罪……? 処刑……? 私たちは殺されていたはず……ということか?」

「そうだ。私は、異端を逃がした愚か者を見つけなくてはいけない」

 ガブリエラは冷たく言い放つ。冷静な彼女の声色には、怒りも滲んでいた。


「おい」

 ユーロンの低い声が響く。

「さっきから黙って聞いてりゃあ、俺の母親を愚弄しやがって。しかも、テメェが言うことが本当なら、アリスの母親でもあるらしいじゃねぇか。仲間の親を侮辱するなんて、二重に許せねぇ」

「ユーロン……」

 ユーロンは色眼鏡を取り、金色の瞳でガブリエラを睨みつける。

「ふん、黄龍族と穢れた女の混血児か。黄龍の長は、あの魔族と呼ばれる雑多な集団を束ね、魔王などという大層な呼び名を付けられていたそうではないか。黄龍の長が原初の流れに還ったのは知っているが、今は誰が後を継いでいるのだ?」

 ガブリエラの言葉に、周囲の人々はざわつく。

 魔王と言えば、人類の敵にして忌むべき存在として知れ渡っている。彼らにとって、恐怖の対象だ。

「まさか、お前ではあるまいな。半端者よ」

 ガブリエラはユーロンを挑発しているのだ。

 ここで魔王と名乗れば、礼拝堂内は混乱に陥る。だが、魔王と名乗らなければ、ユーロンに屈辱的な想いを味わわせることができる。


 ユーロンはぐっと堪えた。屈辱に耐えんとしているのか。

 彼は自然と、アリスとラルフ、そしてジギタリスを見やる。

 金色の瞳は葛藤に揺らいでいる。彼は、仲間の意見を聞こうとしているのだ。

 今まで自由奔放で、我が道を歩いていた彼が――。


「大丈夫」

 正しき心を持つ冒険者、ラルフは頷く。

「ユーロンが正しいと思うことをすればいい。今のお前は胡散臭くないし、本音で物事に向き合おうとしてる。だから、俺は仲間のお前の決断を尊重するよ」

 人間と共存していた魔族、ジギタリスもまた首を縦に振る。

「どうぞどうぞ! あのクソムカつく女にぶちかましてくれるなら、私は何だって支持しますから! 雑多なんてとんでもない。私たちはそれぞれが誇り高い種族ですからね!」

 ユーロンを恐れていたジギタリスだったが、今や、やる気充分だ。

 そんな中、アリスもまた、ユーロンを見つめ返す。

 アリスの中もまた、動揺や葛藤が渦巻いている。しかし、今は目の前のことを優先すべきだということも、彼女は分かっていた。

「私とお前の関係、呑み込むには時間がかかりそうだが、それはいったん置いておくとしよう」

「アリス……」

「私は既に重罪人という扱いだ。私の立場を気にすることはない。それに、チャンスだと思わないか?」

「チャンスだと?」

 鸚鵡返しに問うユーロンに対し、アリスは聖騎士団たちを見やる。

「国王様と繋がる者たちがいる。声を届けるいい機会だ」

「なるほどな。そいつは、もっと穏便にやりたかったんだがね」

 ユーロンは口角を吊り上げる。

「だが、悪くない。面白そうな状況だ」

 調子を取り戻したユーロンは、ガブリエラに向かって一歩踏み出した。


「そうだ。俺が継承者だ」

「ほう」

 ガブリエラが嘲笑を浮かべ、人々はざわめく。オーウェンが率いる聖騎士団らはさっと青ざめ、ガブリエラを守らんと集まってきた神官兵は動揺のあまり居竦んだ。

 そんな中、ユーロンが深呼吸する音がやけに響く。

「聞け、人の子たちよ! 俺は黄龍族の(ワン)家の末子、鼬龍(ユウロン)。魔王を継承した者だ!」


 魔王。

 その言葉を聞いた瞬間、人々の恐怖が膨れ上がる。


「魔王だと……!?」

「魔王が王都に!? 戦争をしに来たのか……!?」

「戦争じゃねぇよ」

 人々のざわめきに、ユーロンはぴしゃりと言った。


「俺が王都に来訪したのは宣戦布告にあらず! 俺が目的を果たす一環として調査に来た。このような形で汝らと見舞えることは不本意ではあるが、我が目的をここに宣言する!」

 魔王の目的と聞き、人々は押し黙る。

 耳を澄ませ、目を凝らし、人類の敵が何を目的としているのか見極めようとする。

 全ての視線が集中する中、ユーロンは高らかにこう叫んだ。

「我が目的は和平! 長きに亘る人類と魔族と呼ばれる者たちの戦いを終結させたい!」

「和平……だと……?」

「魔王が……平和な世界を作りたいだと……?」

 皆、俄かには信じられないと言った表情だ。夢でも見ているのではないかと頬をつねる者もいる。

 ガブリエラは心底馬鹿にしたように、鼻で嗤った。

「愚かな。魔族は多様な種族の集まり。魔族同士の戦争もあると聞く。それが、人間との戦いを終わらせるだと?」

「主義主張が違えば争いになるかもしれない。だが、種族を理由に争うのは終わりにしたいのさ。共存できる人間と魔族だっている」

 ユーロンはジギタリスを見やる。ジギタリスは、何度も力強く頷いた。

 だが、ガブリエラはバッサリと否定する。

「それは詭弁に過ぎん。価値観を統一してこそ真の平和が訪れる。多様な価値観と平和は相容れぬものだ。貴様は、人間に混沌を齎そうとしているのだ」


「仮定の話だが」

 ガブリエラとユーロンの間に、アリスが割り込む。

 アリスは真紅の瞳で、ガブリエラを真っ直ぐ見据えた。

「魔族の一部がデウス派になるとしたら、あなたはどうする」

「何を言っている。自己主張だけ強い寄せ集めが、今更考えを変えるものか」

「仮定の話だ。答えろ」

 揺るがないアリスに、ガブリエラは不快そうに片眉を吊り上げる。美しい唇を歪めるものの、彼女は答えなかった。

 ガブリエラにとって、都合が悪い問いなのだ。


 やはり、とアリスは目を細める。

「対立を煽っているのはあなたではないか? 単にデウス派の価値観にそぐわないものを異端としていると思ったが、それだけではないらしい。あなたは最初から、魔族と呼ばれる者たちを根絶やしにしようとしているんだ」

「なるほどな。俺たちの素性を暴露することで、この場から俺たちが排除されるよう仕向けてる。それにはデウス教とは別の、目的があるんじゃねぇか?」

 アリスとユーロンがガブリエラの真意を暴こうとする。ガブリエラの表情から、余裕の笑みが消えた。

窮地に立たされながらも、アリスの鋭い指摘が大司教を射抜く。

果たして、ガブリエラの目的とは――。

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