41 最弱聖女、魔王との関係を知る
「なっ……」
アリスの喉から声にならない驚嘆が漏れる。
周囲の人々は、一斉にアリスたちを見やった。怯えて恐怖に歪んだ表情をする者もいれば、忌々しいものを見るかのように憎悪を向けるものもいる。
彼らは引き潮のように離れていき、アリスたちは一瞬にして孤立する。
そのタイミングを見計らったかのように、礼拝堂の扉が開かれて騎士たちがなだれ込む。白銀の甲冑にデウス神の翼の意匠は、聖騎士団だ。
「重罪人、アリス・ロザリオはここか!」
先陣を切って叫んだのは、若き副団長オーウェン・バージェスであった。
スタティオで見た時と変わらぬ勇ましい姿で、ガブリエラの前に曝されたアリスをねめつける。
「港町の衛兵より通報があった! アリス・ロザリオとその一行が王都を目指していたと!」
恐らく、ユーロンがのした兵士が通報したのだろう。港町に戻った馬車の御者を尋問し、詳細な情報を集めたに違いない。
「仕方あるまい……!」
アリスはデウス派のローブをむしり取る。
「ふぅ。ようやくこれを脱げるわね。ホント、ムカムカしてたのよ」
ジギタリスは嬉々としてローブを投げ捨てた。
「仕方ねぇ。いつまで着てても意味ねぇしな」
ユーロンもまた、ローブを放る。宙を舞う一同のローブを律義に受け止めてまとめつつ、ラルフもまたローブを脱いだ。
「オーウェン副団長! 誤解です! アリスは何も悪いことをしていません!」
ラルフはまず、オーウェンの説得を試みる。彼は聖騎士団の中でも、庶民の話に耳を傾けてくれると思ってのことだった。
「君は? 冒険者のようだが……」
「冒険者ギルドに所属している、フェンサーのラルフ・スミスです! アリスは罪もなき人々を守っただけです! スペンサー卿が率いる部隊は、善良なる村人たちを生き埋めにしようとした! アリスはそれを阻止したんです!」
「善良なる? 異端を支持していた者たちではなかったのか?」
オーウェンは眉を顰める。
「違うわよ!」
ジギタリスが叫んだ。
「彼らが慕っていたのは、薬師の魔女! 彼女は、教会がない村の人々を聖女に代わって救っていたのよ!」
「だが、その魔女は魔族の力を借りていた」
「そ、それは……!」
ジギタリスは言葉に詰まる。
そんな彼女の前に、ユーロンが立ちはだかる。
「魔族って言っても可愛いもんさ。人間に知恵を貸すこともあるグリマルキンだぜ? 魔女がグリマルキンと共生する話は、若いお前さんだって知ってるだろう?」
「だが、魔族は異端だ……」
「異端なら何でも排除していいってのかい? 教会がない村で、聖女代わりだった魔女がいなくなったらどうなると思う? それとも、全部埋めちまうから関係ねぇってか?」
「埋める……だと? 先ほど、冒険者のラルフ君も言っていたが、それは本当か?」
オーウェンの顔に動揺が走る。
「なんだ? 副団長様が知らないってか? そうさ。山を爆破して、村を丸ごと埋めちまおうとしてたのさ」
「そんな……。埋めるという話は、報告されていない……」
オーウェンの表情に迷いが生まれる。
彼が引きつれていた騎士たちもまた、お互いに顔を見合わせた。
「迷うな」
厳かな声が降り注ぐ。
ガブリエラであった。
彼女は一切の動揺を見せず、三対の翼のステンドグラスを背負いながら、堂々たる態度で一連の騒動を見つめていた。
「バージェス卿。無法者の言葉に耳を貸してはいけない。そこにいるのは異端の者たちだ」
ガブリエラは自らの指をぱちんと優雅に弾く。
その瞬間、ジギタリスの姿がグリマルキンへと戻った。
「ぎにゃっ! どうして……!」
「ま、魔族だ!」
事の成り行きを見守っていた聴衆たちが悲鳴をあげる。小さな彼女に向かって、物を投げつけようとする者もいた。
ラルフは彼女を庇うように抱きかかえる。
「みんな、大丈夫だ! 彼女はちょっと高飛車だけど、悪いヒトじゃない! 生き埋めになりそうな村人を救うのも手伝ってくれた!」
「ラルフ……」
ラルフの必死の訴えも虚しく、聴衆たちは一行を遠巻きにするばかりだ。
ガブリエラは、そんなラルフを憐れむように見つめていた。
「そして、異端に魅入られた若者よ。正しき心根を持っていても、それが正しい方を向かねば意味はない」
「正しいってなんだ! 正しさは人それぞれだろう! たった一つの物差しで物事を測ろうなんて、レベル制度に囚われる冒険者と同じだ!」
レベルが高いからと言って、他者にマウントを取る冒険者がいる。彼らは一つの物差しで物事を見るため、異なる物差しの者たちから疎まれることがあった。
ラルフは、同業者がそのような振る舞いをすることが悲しいと思っていた。そして、一つの価値観にこだわるデウス教もまた、彼らと重なってしまった。
「愚かな。そのような矮小なものと同等とするとは」
ガブリエラは憐憫の眼差しでラルフを見つめる。
だが、アリスがその視線を遮った。
ガブリエラの双眸を正面から見据え、己の心の中の炎を燃やす。
「これ以上、私の仲間を侮辱することは許さない。彼らは気高く、彼らなりに正しい!」
「彼らなりに正しい、か。その多様な価値観が、争いを生み出すのだ」
「だからと言って、異なるものを排除するのはやり過ぎだろう!」
アリスは聴衆らをぐるりと見やる。
アリスの強い視線を受けた彼らは、びくっと身体を震わせた。
「君たちは気付かないのか! 君たちが少しでもデウス派とは異なる価値観を抱けば、即座に排除の対象になる! それは君たち自身かもしれないし、友人や家族かもしれない!」
聴衆がざわつく。
自分自身ならば、自らを律することができるかもしれない。
だが、他人はどうか。もし、他人がデウス教の教義に従わず、異端とみなされてしまったら――。
今まで平静でい続けたガブリエラの表情に、わずかな不快が滲む。
彼女が保っていた秩序の中に、混沌が生まれたためか。
「やはり、な」
「……何がだ?」
ガブリエラが不可解な確信を抱く様を、アリスは不思議そうに見やる。
「このようなところで混沌を齎すとは。やはりお前は忌み子なのだ、アリス・ロザリオ」
「な、何を言っている……!?」
突如投げつけられた忌み子という単語に、アリスはギョッとする。
「お前は自らの出自を知っているか?」
「私の……出自? 私はパクスで育ったただの庶民だ。母のマチルダ・ロザリオは女手一つで私を育ててくれた!」
アリスは高らかに叫ぶ。
その時、ユーロンの表情が固まった。
「マチルダ……だと?」
「どうした……、ユーロン」
ただならぬ雰囲気に、周囲が一瞬だけ静まり返る。
そんな中、ガブリエラは言った。
「そのマチルダ・ロザリオこそ、異端なる黄龍族と交わった恥ずべき存在だ。あの女はお前を生む前、異端の混血児を生み落としている。そして、アリス・ロザリオ、お前はその穢れた女から生まれた忌み子なのだ」
黄龍族と人間の女性の子ども。それこそまさに、アリスのそばにいる男のことだ。
その女性がアリスの母親だとして、その後にアリスを生んだというのなら――。
「そんな……、馬鹿な……。ユーロンと私は、兄妹……?」
ユーロンが探していた母親が、まさか自分の母親だったとは。
ユーロンもまた、信じられない表情でアリスを見つめている。アリスにとって、その時間は永遠のように思えた。
明かされたアリスとユーロンの関係。
真実を告げられた、彼らは――。




