39 最弱聖女、同志の想いを知る
案内された先は、地下通路というより手掘りの洞窟という方が相応しい。
ごつごつした土壁が続くものの、時折、丁寧に作られた祭壇があったり、クレアティオを始めとした六神の彫刻があったりと、厳かな雰囲気を醸し出している。
教会にも似た空気に包まれ、アリスは心が落ち着くのを感じた。
だが、それと同時に、なぜ太陽神の信奉者が地下を往かなくてはいけないのかと疑問に感じる。
「まるで、人の目を逃れるかのようだな」
「ええ、そうです」
クレアはアリスたちを先導しながら頷く。
「なぜだ。ここにある彫像や意匠は全て、六神のものだ。異端とされる神々ではないだろう。これではまるで――」
「そう。異端ではありませんでしたが、異端という扱いを受け始めたのです」
「なん……だと?」
アリスは耳を疑う。
だが、クレアの言葉に偽りはないらしい。彼女は怒りや悲しみをこらえるかのように、自らの拳をきつく握っていた。
「この世界を作り、動かし続け、我々を生かしている六神が異端だと!? では、何が異端ではないというんだ!」
アリスは声を荒らげた。
この世界の全ては六神が作り、六神が支えているというのがアリスたちにとっての常識であった。逆に、世界を支えているものを六柱の神々に見立てたという節もある。
いずれにせよ、世界と六神は切り離せないものであった。
「絶対神デウス」
ぽつりと呟いたのは、ユーロンであった。
一瞬にして空気が凍り付く。クレアの喉から、悲鳴じみた音が漏れた。
「図星のようだな」
「……はい。突如現れたデウス派が大聖堂を占拠してしまったのです。私たちを、追放して……」
「追放……だと」
アリスは息を呑む。
追放の重さはよく知っている。所属している宗教施設からの追放は汚名にも等しく、他の宗教施設で働くことすらままならなくなる。だからこそ、アリスは血で汚れた自らを追放してくれと故郷の教会に申し出たのだ。
自らの意思で追放を選んだアリスはいい。だが、そうでない者たちにとって、屈辱以外の何物でもないだろう。
「デウス派がいることは予想していた。だが、六神の聖職者を追放するなど、やりすぎではないか!? 太陽なくして世界は成り立たない! 太陽神の聖女であるあなたが追放されるなど、おかしいだろう!」
「そう、おかしいのです。しかし、そう思うことが異端なのです……」
クレアは頭を振った。
通路をしばらく行くと、左右に開けた空間が窺えるようになった。
そこには、クレアのように純白の法衣を纏った聖女たちがいた。彼女らはクレアティオの聖像に向かって祈りを捧げている。信仰に満ちたその横顔は美しくもあったが、切実さと悲しみにも満ちていた。
その聖女たちもクレアのように追放されたのだろう。それでも尚、王都付近の地下に潜み、敬愛する太陽神に祈りを捧げているのだ。
「異端……。異端って、なんなんだ……」
ラルフが頭を抱える。
ユーロンはそんなラルフの肩に、ポンと手を置いた。
「『常識』や『普通』からかけ離れたモンが異端って扱いになる。だが、常識や普通ってのは、時代や人の流れによって変わるのさ。大抵は、そいつは緩やかに移り行くんだが、たまに強引に捻じ曲げられることもある」
「それが、デウス派……」
アリスは生きた心地がしなかった。
朝になれば顔を出し、生きとし生ける者全てに光とぬくもりを与えてくれる太陽を信仰することが、異端とされるなんて思いもしなかった。
「……待て。異端ということは、デウス派にとって都合が悪いということだろう? クレアティオ――すなわち、太陽を崇めることの何が都合が悪いというんだ? デウス派にとって、太陽すら不要だと言いたいのか?」
「いいえ。クレアティオに対する信仰が不要なようです。太陽を神格化することをやめ、デウス派が決めた秩序に従うことを良しとするのです」
「恵みをくれるものを敬うことを辞めろと……? 理解ができない……」
アリスは眩暈がした。
彼女は太陽神クレアティオの聖女だが、他の五神を蔑ろにすることはないし、恵みを齎す存在として敬愛している。他の神々を信奉する者たちもまた同じことだ。
「信仰を集めたいんだろ」
ユーロンが言い、アリスがハッとする。
「信仰が大きくなればなるほど、存在が大きくなる……」
「秩序と規律を重んじるがゆえに、他の神々の支持者すら邪魔なんだ。多神教は多様性の象徴であり、混沌でもあるのさ。連中は、白黒をつけたいんだろ」
「引っ掛かるな……」
それはまるで、人間とそうでない者で分断しているヒトの世界そのものではないか。
「その方がおっしゃることは、ほとんど間違いではないでしょう」
クレアは、ユーロンの予想に同意した。
「とにかく、デウス派は排他的なのです。自分たちの主張と異なる者は排除し続けています。六神を崇める者たちが集まっていた大聖堂は、今や、デウス派のみとなっています」
「しかし、どうしてデウス派がそんなに力を持っている? 六神の聖職者が力を合わせれば、新興勢力を抑え込むことができただろう?」
アリスの問いにクレアは足を止めた。彼女は振り向き、唇をきゅっと噛み締めてから言った。
「国王様が、デウス派なのです。魔族を排除し、絶対的な秩序を齎すために聖騎士団を結成し、デウス教をデルタステラ内に広めようとしているのです……」
「なっ……」
アリスは声を失う。
「に……人間である国民の平和を守るために聖騎士団を結成するのはわかる……。だが、他の地域も王都と同じことをやろうとしているのか!?」
「恐らく……」
「六神の教会や寺院はどうなる! 六神を心のよりどころにしている人々は!?」
アリスはクレアに詰め寄る。だが、クレアは沈痛な面持ちでうつむくことしかできなかった。
「よしな」
ユーロンは、取り乱すアリスをそっと引き剥がす。
「そいつを答えさせるのは残酷だって、お前さんもわかるだろ?」
「くっ……!」
皆まで言わなくてもわかる。
デウス教は、六神の教会や寺院、そして、人々の心のよりどころを容赦なく取り除くつもりだ。そして、支持しない者は異端として処分する。
「……マスターとあの村にしたこと、そっくりそのままやるつもりなんじゃない?」
ジギタリスがわなわなと震える。
魔女と魔女を慕う者は、デウス派が推進する秩序の形とはかけ離れていた。だから、人々のよりどころを排除し、人々を埋めてしまおうとした。
アリスの脳裏に、郷里のことが過ぎる。
アリスが守った素朴な人たちもまた、デウス派に蹂躙されるというのか。愛しき後輩であるミレイユにまた、危機が迫っているということか。
「私たちは、デウス派は間違っていると思います」
クレアは毅然とした態度で言い切った。
「それは、異端になるのではないか……?」
アリスの問いに、クレアは力強く頷く。
「そうです。ですが、構いません。私はクレアティオに魂を捧げた身。クレアティオとともに世界を維持している五神はともかく、彼らを排除しようという高慢なデウスを信仰することはできません。私たちは、デウス派に断固抗議したいと思っています」
いつの間にか、祈りを捧げていた聖女たちが周りを取り囲んでいた。彼女たちの双眸からは、強い意志が見て取れる。
「抗議したい気持ちは――わかる。でも、デウス派には聖騎士団がいるだろ?」
ラルフは聖女らを心配そうに見回す。彼女らもそれが気がかりだったようで、うつむくように頷いた。
「正当な抗議をしようにも、捕らえられて処分されてしまう。そして、武力では彼らに勝てない。でも、祈るだけでは何もならない。クレアティオは世界を維持してくれますが、私たちの心は私たちが守るしかありません」
「それで、同志を探していた――と」
アリスの言葉に、クレアたちは頷いた。
「今はただ、頭数と知恵が必要だと思っています。私たちに、力を貸してくれますか?」
クレアは問う。
その表情に弱々しさはない。
彼女たちは、アリスらに縋っているのではない。ともに戦う同志を求めているのだ。
アリスはしばらく考えた後、静かに口を開いた。
「あなたたちの気持ちはわかる。私も、郷里の教会をデウス派に踏み荒らされたくない」
「では……!」
「気持ちは同じだ。しかし、ともに戦う決意をするのは真実をこの目で見極めてからだ」
デウス派の言い分もあるだろう。どちらか一方の話を鵜呑みにすることは避けたかった。
「……分かりました。そうですね」
クレアは慎重に頷き、そして、アリスたちに道を譲る。
その先には、土でできた上り階段があった。
「大聖堂内部に通じる道です。古い隠し扉なので、デウス派にはまだ気づかれていないはず。こちらをお使いください。そして、真実をその目で確かめてください」
「クレア……」
礼を言おうとするアリスであったが、周りにいた聖女たちが四人分のローブを持ってくる。
純白のローブだが、背中に六枚の翼が描かれていた。聖騎士団が掲げていたものと同じく、デウスの意匠だ。
「こちらはデウス派のローブです。潜入の時に役に立つはず。どうか、お使いください」
「すまない。恩に着る……」
アリスはローブを羽織り、顔を隠す。
「それにしても、指名手配されている私をこんな重要な場所に導いてくれるとは……」
アリスの言葉に、クレアはくすりと苦笑を漏らす。
「指名手配したのが聖騎士団なので、何か理由があるのだろうと思ったのです。それに、あなたの目を見る限り、悪しき行いに手を染めそうにもありませんから」
「わかる!」
ラルフがカッと目を見開いた。
「やっぱり、わかる人にはわかるんだよな。アリスの正しさとか力強さとか尊さとか……」
「おい、ラルフ。尊さとはなんだ。私は尊敬されるほどの器では……」
「尊敬とはまた違った巨大感情よ。受け止めてあげなさい」
訳知り顔のジギタリスが、ラルフに何度も頷く。
そんな様子を見て、クレアや周りの聖女たちは表情を和らげる。
「それに、仲間に慕われているようですからね。フェンサーさんはおとぎ話に出てくるような真面目そうな方ですし」
「あっ、どうも……」
ラルフは照れくさそうに礼を言った。
「ただ、そちらのお二人は少し……変わってますけどね」
クレアはやんわりとそう言って、ユーロンとジギタリスの方を見やる。
彼女は察しているのだ。二人が人間ではないことを。
「クレア、彼らは――」
「でも、良いのです」
フォローをしようとするアリスの声を、クレアが遮った。
「少しくらい変わっていてもいい。私は、そう思うのです。だって、クレアティオは全てに光を降り注ぐ存在。彼女を崇める私たちが平等でないのは、おかしいと思いますから」
「クレア……」
「私たちの生活圏で暴れる方々はいなくなって頂けると有り難いのですが、そうでない方々に干渉する必要はないと思うのです」
クレアは暗に、魔族の領域を攻める人間を否定した。
「デウス派――聖騎士団は、魔族がデルタステラに攻めてくる前に根絶やしにしたいと考えているようです。そんなことをしたら、魔族だって黙っていない……。大きな戦争になる前に、何とか思い留まらせたいというのが私たちの考えです」
「そうか……」
アリスはユーロンの方を見やる。彼は、腕を組んで難しい顔をしていた。
ユーロンは弱き者たちが血を流すことを好まないし、多様性を重んじる。彼にとって、聖騎士団が大々的に魔族領に攻め込むことは絶対に避けたいだろう。
「……行こう」
様々な思惑が渦巻く中、アリスは先へ進むことを選ぶ。
追放された聖女たちに見守られながら、アリス一行はデウス派の懐へと飛び込んだ。
ついに王都侵入。
果たして、アリスたちを待ち受けている者は――?




