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【書籍化&コミカライズ決定】最弱聖女でしたが「死神」になって全キルします  作者: 蒼月海里
1章 悲劇と《即死魔法》と旅立ち
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3 最弱聖女と死の運命

「何事だ!」

 アリスはとっさに、ミレイユをかばうように構えた。

 声は、教会の表にある広場からだ。確か、弔いの儀式をしているはずなのに。


 息を殺して窺っていると、広場の方からふらふらと誰かがやって来た。

「司祭様!」

 アリスとミレイユが駆け寄る。

 だが、彼女らが辿り着く前に、司祭は力なく地に伏した。


「これは……!」

 司祭の背中は、血で染まっていた。凶刃でバッサリと斬られているのだ。

「治癒魔法を……!」

 治癒魔法の準備をしようとするアリスを、司祭は震える手で制した。

「いいんです……」

「しかし!」

「私に構ってはいけない……。あなたたちは、逃げなさい……!」

 司祭の口から、ごぼっと血の塊が溢れ出す。彼は目を剥いたまま、その場でこと切れてしまった。


「うそ……何が……」

 ミレイユは混乱し、震えている。

「そ、蘇生魔法を……」

 アリスはとっさに呪文を唱えようとするが、司祭の言葉を思い出した。

 司祭は自分に構わずに逃げろと言った。危険が迫っているのだ。

「ミレイユ……隠れろ。それか、逃げろ」

「先輩は!?」

「私は、状況を見極める……!」

 すぐに避難するつもりで、アリスは教会の陰から広場の様子をうかがった。


「なんだ……これは……」


 アリスを待っていたのは、まさに地獄の光景であった。

 儀式のために積み上げられた薪もシーフの遺体も、広場中にぶちまけられて転がっている。


 それだけではない。儀式をしていたはずの聖女たちも血まみれで、村人たちも無残な姿で転がっていた。

 突如としてアリスを襲う惨劇。

 その中心にいたのは――。


「ヒャッハー! 奪え、奪えぇぇ!」

「食糧庫を探せ! 物資を根こそぎかっぱらえ!」

 十数人のならず者たちだった。


 ただのならず者ではない。

 過剰に棘の装飾を施された、鉄の装備をしている者もいる。ある者は馬に乗り、無暗に鋲を打たれた鞍の上にまたがっている。ある者は髪を逆立て、ある者は髑髏のタトゥーで身を飾り、ある者は筋骨隆々の素肌にレザーアーマーをまとっていた。


 武装した盗賊団だ。

 彼らは村に火を点け、逃げる村人を捕まえては暴力の限りを尽くし、平和だった村を血で染めていく。


「逃げ……ろ」

 アリスの耳に、掠れた声が届いた。

 見ると、ぼろ雑巾のようになり、ならず者たちに踏みつけにされた二人組がいる。血で汚れ、泥にまみれた服に、見覚えがあった。


 冒険者のフェンサーとソーサラーだ。

 ソーサラーは既にこと切れているのか、胸に無数の矢を受けて人形のように空を仰いでいる。

 フェンサーもまた、意識があるのが不思議なくらいだ。両脚が完全に折れ曲がり、片腕があらぬ方向へと歪んでいた。

「すま……ない。俺たちのせいで……こいつらが……」

 フェンサーは息も絶え絶えに何とかそう言うと、血だまりの中に顔を埋めた。


 血しぶきが舞うのを眺めながら、アリスは状況を即座に理解した。


 このならず者たちは、フェンサーらが仕留め損ねた盗賊団だ。

 冒険者が盗賊団を壊滅させようとする主な理由は、冒険者ギルドに依頼があったためだ。冒険者ギルドに依頼を出されるくらいの盗賊団というと、悪名高いものである場合が多い。悪逆非道の限りを尽くす彼らを見ていると、それは明らかであった。


 彼らは恐らく、フェンサーとシーフを運んだ荷馬車の轍を追って、村までやってきたのだろう。

 そして、自らに降りかかった火の粉を完膚なきまでに消した上で、たまたまそこにあった無関係な村を襲おうというのだ。


 フェンサーは、自分たちのせいだと言っていた。


 だが、彼らは盗賊団から逃げることもできたはずだ。

 それなのに、身を挺して村を守ろうとした。

 二人の嬲られたような傷を見れば、盾になろうとしたことは容易に悟れる。

 フェンサーらは、彼らなりに筋を通そうとした。

 しかし、盗賊団はそれを嘲笑って蹂躙した。


「なんだぁ? まだ女がいるじゃねーか」

「気を付けろ。そいつは聖女だ」

 禍々しい装飾が施された黒馬に乗った男が、ぴしゃりと忠告した。立ち振る舞いからして、その男がリーダーなのだろう。

「ああ。こいつもっすか。傷ついた連中に治癒魔法を使うウザいやつ。その割には、バッサリ斬ったらあっさり死んじまってよ」

 下っ端の盗賊は、ヘラヘラと笑いながら、そばで倒れ伏している聖女長の頭を蹴り上げる。


「貴様ッ!」

 上司の骸を足蹴にされて黙っているほど、アリスは冷静でも薄情でもなかった。

 正義感と激情に燃えたアリスは、怒髪冠を衝く勢いで盗賊に掴みかかろうとしたが、盗賊の動きの方がはるかに早かった。


「おらよ!」

「ぐふっ……!」

 盗賊の拳がアリスの鳩尾に食い込む。

 アリスはたまらず、人々の血に濡れた地面に倒れ込んだ。


「アリス先輩!」

 アリスが心配で様子を見ていたのか、ミレイユが飛び出す。来るな、とアリスは叫ぼうとしたが、声にならなかった。


「おっ、聖女がもう一人」

「ひっ……!」

 盗賊たちは、あっという間にミレイユを取り囲む。無力なミレイユの必死の抵抗も虚しく、彼女は盗賊たちに捕らえられてしまった。


「へっへっへ、二人とも上玉じゃねーか」

 盗賊の下卑た笑みに怖気が走る。

「やめろ。こいつらは神の加護を受けてんだ。下手な真似をしないで、さっさとぶっ殺しちまえ」

「へいへい。リーダーは用心深いことで」

「聖女じゃない村の女ならば何をしてもいい」

 リーダーの言葉に、盗賊たちは歓声を上げる。


「いいわけ……ないだろ……!」


 アリスは痛みに耐えながら起き上がろうとするが、あっという間に組み伏せられてしまう。どんなに抵抗しても、びくともしない。


「アリス……せんぱい……」

 ミレイユのか細い声が聞こえる。彼女の頭上には、盗賊の斧が振り上げられていた。

 確定された死の運命。それでも、ミレイユは健気にアリスに微笑む。


「もっと……せんぱいを幸せにしたかった……」

「ミレイユ!」

 ミレイユの頬に涙が伝うと同時に、彼女の首に斧が振り下ろされる。


 ミレイユの生暖かい血が、アリスの頬に飛び散った。


「ばかな……」

 動かなくなったミレイユ。そして、同僚たち。

 自分が育った村と、優しくしてくれた村人たちは蹂躙され、アリスの軌跡が崩れ去っていく。

 全てが喪われていく。あっという間に燃えていく。

 

 なんたる暴虐。なんたる非道!

 失意が。そして怒りが。

 アリスの痛む身体を焦がし、血が混じった涙を流させた。

 この蛮行、許してはおけないッ!


「じゃあな、聖女さんよ」

 だが、何もかもが奪われたアリスの世界もまた、盗賊の凶刃によって閉ざされたのであった。




 熱い。痛い。苦しい。

 苦痛が少しずつその身を焼き、アリスは死というものを体感した。

 やはり、死は突然やって来るものではない。少しずつ生命を蝕むものなのだ。


 徐々に肉体から魂が引き剥がされていき、自己と他者の境界が曖昧になるのを感じる。

 自分が蘇生魔法を施してきた人々も、この苦しみを体感したのか。

 そして、ミレイユも――。

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