37 最弱聖女、絶対神を考察す
裏通りの安宿で一夜過ごした一行は、マントを頭から羽織りつつ王都を目指す。
昨日の一件で、港町の兵士に顔が知れ渡ってしまった。兵士に盾突いたという理由で、ユーロンとラルフもまたお尋ね者になっているのだということを街の様子から把握した。
「流石に、首は狙われてないみたいだけどな。でも、王都にも共有されてるかもしれない」
ラルフは難しい顔をする。
「まあ、こっちには賞金首もいるくらいだ。まともに入れるとは思わねぇさ」
港町を後にしつつ、ユーロンは肩をすくめた。
一行は今、馬車に乗って王都を目指している。御者に話を聞かれないよう、お互いに声を潜め合いながら話していた。
「どうせ城壁が囲っているだろうしね。風魔法で飛び越えたいところだけど、アンチマジックの結界を張られてそうだしなぁ」
ジギタリスは頬杖をつきながらぼやいた。
「やっぱり、正面から入るのは無理かな」
真っ直ぐな性格のラルフは正面突破したい気持ちを募らせる。だが、ジギタリスが首をぶんぶんと横に振った。
「無理に決まってるでしょ……! 門番にマントを剥がれて、顔を確認するなり縛り上げられて終わりよ!」
「だが、入れることは入れるな」
ユーロンは、さらりとそう言った。
「いやいや! あなたは縄で縛られようが鎖で縛られようが引きちぎることができるでしょうけど、私たちは無理ですからね!?」
「俺も万能じゃねぇさ」
「またまた……。無双できるのに敢えてしないってだけじゃないんですか?」
ジギタリスはウンザリしたように言った。
「いや。俺の半分は黄龍族だからな。信仰を遮蔽する結界を張られちまったら無力なもんだ」
「あっ、黄龍族って信仰を力の源にしてたんですっけ。神々に限りなく近い、概念に依存した種族ですもんね。準神族っていうやつ……」
天人族も準神族だった、とジギタリスは付け足す。
「そういうことだ。だから、俺の母親は処女受胎したって聞いたぜ。精神的な契りがあれば子を儲けることができるわけだ」
記憶の糸をたぐり寄せるユーロンに、ジギタリスは感心したような目を向ける。
「ほへー。流石は準神族。清いですねぇ」
「俺は別に清くないけどな」
ユーロンはヒラヒラと手を振った。
「ユーロンの母親は、どんな人だったんだ? 黄龍族って東方の一部の地域で神と崇められているくらいだし、高貴な人だったとか……?」
ラルフが首を傾げる。
「さて、どうだか。俺が物心つく頃にはいなかったし、親父殿には病死したって聞いたぜ。ただまあ、なんつーか……」
そこまで言うと、ユーロンは言葉に詰まる。
「どうしたんだ?」
「いや……。母親のことを思い出す時、親父殿は寂しそうだし悔しそうでね。未練があるんじゃねぇかと思ったわけよ」
「どういう人物だったか聞かなかったのか?」
「聞けねぇさ。普段は物静かで厳かな親父殿が、思い詰めたような顔をするんじゃあな」
ユーロンは苦笑する。
「だから、母親のお墓を探しているのか……」
「そういうことだ。名前くらいは聞いてるしな。自分のルーツくらい知っておきたいだろ。あと、親父殿が逝っちまったことを報告したいんだ」
「ユーロンの父親って……その、どうして亡くなったんだ? 人間が攻めてきたとかじゃないだろ?」
ラルフはユーロンに気を遣いながら、遠慮がちに尋ねる。一方、ユーロンはあっけらかんとした表情で答えた。
「寿命だよ」
「黄龍族に寿命なんてあるのか……!?」
「正確には、物質界に顕現する力が衰えたから霧散したってやつだな。滅んだわけではなく、世界の流れの一つに還ったのさ。四元素の神々が世界のあらゆる場所にいたり、あらゆる場所を巡ったりしているのと同じだ。概念に依存する準神族は、肉体が失われても完全な死は訪れない。ただ、信仰がなくなれば完全に滅びるけどな」
「忘れられたら消える……ってやつか?」
「そういうことだ。冴えてるじゃないか」
「そ、そうかな」
素直なラルフは、ユーロンに褒められたことで照れてしまう。
「で、新たな信仰が生まれれば、新たな存在が顕現する。――そうだな、聖女様?」
ユーロンは、馬車に乗ってからずっと無言なアリスを見やる。
彼女は、思い詰めたように押し黙っていた。
「デウス神のこと、気になってるんだろう?」
「……ああ」
アリスは、ようやく顔を上げた。
「信仰が強ければ強いほど、概念に依存する存在は力を得られると聞く。概念に依存する存在とは即ち、人々に認知されてさえいれば肉体を持たなくとも存在できる者――神々や準神族だ」
ユーロンの父親は準神族ゆえ、物理法則とは異なる法則に囚われるという。
「絶対神を名乗るデウス。そして、それをシンボルとして掲げる聖騎士団。彼らはもしかして、デウスの信仰を集めるために異端を排除しようとしているのではないか?」
「そんな……!」
ラルフとジギタリスが息を呑む。ユーロンは予想していたのか、小さく息を吐いただけだった。
「可能性はある。不正を赦さないという信仰を集めるために、少しでも不正に触れるものを厳しく取り締まっているんだろうな」
港町で奴隷商を捕らえたのも、異端とされる魔族との子どもであるエミリオを処分しようとしたのも、その一環なのだろう。王都から追い出されたならず者が海賊になっているという話があったが、王都は規制が強くなっているのだ。
「正しいことはいいことだと思うし、実際、奴隷商なんて捕まった方が良いんだろうけど……」
ラルフは言葉を濁す。
彼は善なる心の持ち主で不正を嫌い、正しいことを好む性格であったが、それが偏った物の見方だということを自覚していた。
何せ、不正を排除しようという動きゆえに、魔族であるジギタリスとともに暮らして素朴な村人たちから支持されていた魔女が処刑され、聖騎士団に逆らったアリスが賞金首になり、エミリオが魔族と人間の子どもというだけで処分されそうになった。
魔女もアリスも、善人だ。弱者の味方で、正しき心の持ち主だ。
そして、エミリオは弱者だ。本来は手を差し伸べられるべき存在なのに。
「デウス神って本当に正しいのかな……。絶対って、何に対する絶対なんだ?」
「誰かにとって正しいことは、誰かにとって間違っていることである可能性もある」
アリスは眉間に皺を刻みながら、そう答えた。まさに人間と魔族の関係がそれだ。
「種族や民族が多様なら、善悪や正誤を判断する物差しも多くなる。その物差しを一つにしようとしているんじゃねぇか?」
ユーロンは鋭くそう言った。
物差しはたった一つ。唯一無二の価値観を示すための、『絶対』。
「なにそれ、無茶苦茶じゃない……! そんな神いる!?」
ジギタリスは、魔女の姿だというのに牙を剥き出しにして唸る。
無理もない。太陽神クレアティオを始めとした六柱は、人間だろうが魔族だろうが、分け隔てなく恩恵と災厄を齎す。分断した世界で、六柱の神々だけは平等だった。
魔族の中で、炎神サピエンティアは人間に文明を与えた裏切り者だとされている節があるものの、ドワーフ族は相変わらず炎神を強く支持しているし、炎神が弱き人間を憐れんで文明をくれてやったのだと擁護する者も多い。
「何を根拠に『見つけた』と言っているか――だな。そして、躍起になってデウス教を広める地盤を作ろうとしていることも気になる」
信仰が集まれば集まるほど、神やそれに準じた者たちは強くなる。その先に、何があるというのか。
力を得ようという理由は一つ。
「……戦争、か?」
アリスの呟きに、馬車の中はしんと静まり返った。
誰も否定しようとしない。黙っているのは、認めたくないからだろう。
長き沈黙を経て、ユーロンが口を開く。
「俺が調べようとしていたのは、そいつのようだ」
「な……っ!」
「昨今、大気の様子が――四元素が妙にざわついていてな。信仰のバランスが少しずつ乱れてる気がしたんだ」
「だから、諸国を巡って調査をしていたのか……!」
「ああ。グルメだけのためじゃないんだぜ?」
ユーロンは冗談めかすように言った。アリスは全く笑わなかった。いいや、笑えなかった。
「信仰のバランスが崩れているというのは由々しき事態だな」
「そうだ。放っておけば、世界がひっくり返される可能性がある」
誰が、何のために。
戦争、の二文字が更に色濃くなった。
一同が沈黙する中、馬車が緩やかに歩を止める。いつの間にか、王都が目前に迫っていた。
ついに到着した王都。
その中で渦巻くものは――。




