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35 最弱聖女、魔王の出自を知る

 兵士に追われながら街中を走り、フードの人物に導かれるままに奥へ奥へと往く。

 町の奥に行くにつれ、美しかった町並みはすっかり混沌として、ぼろ布のような衣をまとった痩せぎすの人影ばかりになる。


 その更に奥の、ツンとした異臭が鼻を衝く下水道に辿り着くと、フードの人物はようやく立ち止まった。

「ふー。ここまで来れば大丈夫」


 地下となっている下水道の中には、生活感があった。

 人が一人寝転べるスペースには古びた毛布が敷かれ、あちらこちらには洗濯物が干してある。家がない者たちが住まう場所なのだろう。

 よく見ると、薄闇に紛れていくつかの人影がこちらを窺っている。敵意や殺気は感じられない。突然の来訪者を警戒しているのだろうか。

「助かった。有り難う」

 アリスはまず、フードの人物に礼を言った。

「気にしないで。困った時はお互い様だし」

 フードの人物はからりとそう言った。


 だが、フードの人物の爽やかさとは裏腹に、下水道の空気は濁っていた。肺まで侵しそうな悪臭に鼻を覆いたくなるが、アリスは気合いで耐える。

「ここは、君たちの住まいなのか……?」

「ひどいところでしょう?」

 フードの人物はくすりと笑った。

「私たちには、こういう場所しかないから」

 フードの人物は、するりとフードを取った。すると、まだ幼さが残る少女であることがわかった。

 しかし、それよりも――。

「君は、半獣人か……!」

 彼女の頭部に猫のような耳があった。

 獣人という二足歩行の獣の姿をしている魔族がいる。彼らは二足歩行である以外は獣と変わらぬ外見なのだが、目の前の少女は、人間に近しい姿であった。

 一目見てわかる。獣人と人間の子どもなのだ。

 遠目に見ている者たちもそうだ。皆、人間の特徴を持ちながら、別の種族の特徴も持っている。

「そう。私は獣人と人間の間に生まれたの」

 少女は頷くと、自分がミラと名乗っていることを教えてくれた。

「行く当てがないから、このようなところに……」

「ここが一番安全だからね。衛兵はこんなところに来ようとしないし」

 ミラはあっけらかんとした様子で言った。


「放せ!」

 静寂を切り裂く強い声。

 ユーロンによって米俵のように担がれている片翼の少年のものだった。

「ほら、暴れんな。大人しくしてりゃあ、さっさと終わる」

 ユーロンは少年を下ろすと、懐から針金を取り出す。

 警戒して唸る少年に構わず、手枷の鍵穴を弄ってやる。すると、手枷はパッと外れて両手が自由になった。

「ほらよ。これでお前さんは自由だ。奴隷でもなんでもねぇ」

「え……あっ……」

 少年は目を瞬かせ、自分の両腕を恐る恐る動かし、ぎこちない動作で振ったり回したりしていた。

「長い間、手枷を嵌められてたのか。大方、色んな奴らのところを転々とさせられてたんだろうな」

 ユーロンは同情的な眼差しで少年を見つめた。

「どうして……」

 少年は、驚いた顔でユーロンを見上げる。

「別に。気まぐれさ」

 ユーロンは素っ気なく返した。


「いや、違うな」

 アリスは鋭く否定する。

「兵士を止める時のユーロンは、いつもと違っていた。人に手を下そうとするなんて、お前らしくない」

 魔王であるユーロンはあまりにも強い。力加減を間違えれば人を殺めてしまう。そうすれば、人間と魔族間で大問題に発展するため、ユーロンは自分を強く律して手出しをしないようにしてきた。

 それなのに、奴隷の少年を助けるという理由で、たった二人の兵士に手を出したのだ。

「連中が気に食わなかったから」

「そう……なのか?」

「ああ、嘘じゃねぇ。俺の出自は複雑でね」

「まさか……」

 察しのいいアリスが、ユーロンが言わんとしていることを悟る。


 妙に人間に肩入れするドラゴンの血を持つ魔王。アリスは、人間が彼の身近にいたものだと思っていたが――。

「そう。俺も、人間と魔族の間に生まれた者さ。親父が竜で、母親が人間。他の兄姉は竜の姿を持っているが、俺は人間の姿しかねぇ」

 皮肉めいた笑みを作るユーロンを前に、一同は息を呑んだ。

「だから、人間と魔族の和平を結ぼうと……?」

「それもあるかもしれねぇな」

 ユーロンははぐらかすように笑う。相変わらず、彼はすぐに本心を隠そうとしてしまう。

「そっか……。でも、なんか納得だな。だから、彼の親が侮辱されて怒ったのか……」

 ラルフは、ユーロンと片翼の少年を交互に見やる。

 だが、ジギタリスはショックのあまりへたり込んでしまう。

「そんな……。現魔王様が半分人間だなんて……」

「失望したか? まあ、魔族的にも抵抗があるのは知ってるさ」

「い、いえ。ビックリしましたけど、その……」

「その?」

 ユーロンの金色の瞳に見つめられ、ジギタリスは恐る恐る続ける。

「別に、失望はしてないです……。生まれがどうであろうと、魔王様は魔王様ですし……」

「まあ、好きにすりゃいい」

 ユーロンはひらりと手を振り、片翼の少年に向き合った。


「――というわけだ」

「あんたが……魔王?」

 片翼の少年は、信じられないものを見る目つきでユーロンを見つめる。

「そう思うなら信じればいい。まさか、と思うなら信じなきゃいい」

「……どっちでもいい。そこの魔女の言う通りだ……。助けてくれた事実は変わらない。……ありがとう」

 少年はそう言って、ユーロンとアリスたちに頭を下げる。

「お前さん、名前は?」

「……エミリオ」

「いい名前だ」

 彼の名を知ったユーロンは、嬉しそうに口角を吊り上げる。

「連中はお前さんをハーピーとの子どもだと勘違いしていたようだが、お前さんの親は天人だろう?」

「天人だと……!?」

 その言葉を聞いたアリスがギョッとする。

「天人って、なんだ……?」

 ラルフが耳打ちをすると、アリスは動揺したまま答えた。

「天上に住まう魔族の一種だ。排他的でどの種族とも交わらないため、情報が少ない。私が知っているのは、知能が高く高度な魔法技術を持っているというくらいか」

「そして、背中には純白の翼が生えている。俺もそれほど、連中について知らなくてね」

 ユーロンは、エミリオの片翼を見やる。

「魔王ですら知らないのか?」

「お前さんたちが魔族と言ってるのは、人間以外の種族のことだからな。んで、前に言ったとおり、魔王はそいつらの意見をまとめる議長。人間以外の種族を統一しているわけじゃねえ。議会に参加しない種族の情報は、たいして入って来ねぇのさ」

 ユーロンいわく、天人族は何千年も議会に参加していないという。

「高潔にして高慢な連中さ。態度がはっきりしているところは嫌いじゃねぇが。その天人が人間と交わるなんて珍しいもんだ」


 ユーロンに見つめられ、エミリオは居心地悪そうに身じろぎをする。

「両親のことは知らない。僕は、捨て子だから……」

 遠く離れた地の貧困街で細々と暮らしていたら、悪漢に拉致されて奴隷商に売られたという。

 芸術品のような容姿のエミリオに高額を出したいという物好きは絶えなかった。略奪してまで手に入れたいという者も多かった。

 エミリオの主人は次々と変わり、その度に道具のような扱いを受けていたのだという。

 最初は逃げようとしていたのだが、いつしか、逃げる気力も無くなっていた。そもそも、エミリオには逃げる場所もなかった。片翼を持った半天人は、常に差別の目に曝されていた。

 美術品としては一級品。しかし、人間として生きることは許されない。

 やがて、ちょっとした不幸で前の主人が死に、エミリオは奴隷商に引き取られ、買い手が現れたということで船に積まれてここまで運ばれてきたのだ。


「ひどい。人権なんてあったもんじゃない……」

 ラルフは彼らの不遇を同情してか、泣きそうな顔をしていた。

「混血児なんてそんなもんだよ、お兄さん」

 話を聞いていたミラは、なんてこともないように言った。

「私たちは異端の子。親は気味悪がって捨ててしまう。そうじゃなくても、歪んだ契りによって親の身体に負担がかかって、親が病気になったり死んでしまったりするの。だから、たった一人で人目に触れないように生きて行かなきゃいけないってわけ」

「君たちは、それでいいのかい……?」

 いいはずがない。

 そう言わんばかりに、ラルフの声は悲しそうに震えていた。

 しかし、ミラはあっけらかんとしていた。

「いいわけないけど、仕方ない。そういうもんだもの。私たちがあがいたところで、世の中が変わるわけじゃないから、受け入れるしかないの」

 エミリオもまた、否定せずにうつむいていた。

 彼らは迫害され、日陰で生きることを強いられてきた。そんな扱いが、まだ幼さが残る少女に希望を持たせることすら許さなくなってしまったのだろう。


 だが、ユーロンは大きな手でミラの頭に触れた。

「ならば、変えてやるさ」

「えっ?」

 ミラが驚き、エミリオが顔を上げる。

「人間と魔族の境界さえなければ、お前さんたちが異端とされることもない。俺は、その境界をぶち壊したい」

「お兄さん……」

「そしたら、お前さんたちも白い目で見られずに済むはずだ。こんなところに住むことなく、親が非難されることもない」

 ユーロンの力強い言葉。

 ミラの諦めきった目に、希望の光が射す。

 彼女の両眼が揺れたかと思うと、ほろりと涙が頬を伝った。

「うん、お願い……。私も……お日さまが当たるところで暮らしたい。人間や獣人と一緒に、仲良く暮らしたいよ……」

 ミラは本心を吐露する。

 ユーロンは、しっかりとその言葉を受け止めた。

「そうだな。生きとし生ける者、全てがクレアティオの恩恵を受けるべきだ。そして、個人が手を取り合うのに出自が邪魔しちゃいけねえ」

 ユーロンはしばらくの間、感極まって泣き出してしまったミラを静かにあやしていた。


 アリスは、ユーロンの目に新たなる決意の炎が宿るのを見届ける。ラルフとジギタリスもまた、ミラにもらい泣きして洟を啜っていた。

 そんな中、エミリオだけがうつむいていた。彼もまた、拳を握りしめて決意を胸に秘めたのであった。

予期せぬ邂逅と明かされたユーロンの出自。

魔王に助けられた少年は、どんな決意を固めたのか――。

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