34 最弱聖女、差別を目の当たりにす
一同が声のした方を見やると、兵士が二人がかりで男を拘束しているではないか。
その傍らには、ぼろ布を被った人影がある。布から覗いた細腕には、手枷がはめられていた。
「国王様のお膝元で奴隷を運び込もうとはなんてやつだ! デルタステラ国内で、奴隷はご法度だぞ!」
兵士は奴隷商と思しき男を組み伏せると、慣れた手つきで縛り上げた。
「君、大丈夫か?」
別の兵士は、呆然としている奴隷を気遣う。
奴隷は怯えたように一歩退いた。奴隷商に非人道的な扱われ方をされていたのだとしたら、当然の反応だろう。
正義を行使する兵士たち。王都が近いだけあって、実に勤勉で有能であった。
そんな彼らのもとに、風神の気まぐれの海風が吹き付ける。潮の香りを運んできた風は奴隷のぼろ布をするりと剥ぎ取り、隠れていた姿を露わにした。
「あっ……!」
その場にいた誰もが息を呑む。兵士も、アリスたちも。そして、奴隷も例外ではない。
手枷を嵌めていたのは、ガラスのように繊細な少年であった。
年齢はアリスと同じくらいだろうか。ひどい扱いを受けていたためか、あちらこちらが汚れているが、それでも尚、輝けるような容姿だった。
しかし、その人間離れした美貌を裏付けるように、彼の背中には異質なものが生えていた。
翼だ。
片翼しかない純白の翼が、怯えるように震えていた。
「混血か?」
兵士が目を丸くした。
人間と人間以外の種族――すなわち、魔族の間にできた子どもか。
彼らは大抵が不完全な姿をしていて、持っている力も不完全にして未知数であった。
「羽が生えているってことは、ハーピーか何かか? どちらにしても気味が悪い」
先ほどまで道徳的であった兵士は、差別的な態度でそう言った。少年は、小さく震える。
「どうする?」
もう片方の兵士に尋ねる。すると、尋ねられた兵士は大きなため息を吐いた。
「処分するしかないだろう。混血児だなんて異端極まりないものじゃないか」
「そうだな。国王様の目の届くところにこんな汚らわしいものがウロチョロするのもよくないだろう。人間でないのなら、助ける必要はなかったかもしれないな」
兵士たちは片翼の少年を取り囲む。その様子を見ていた通行人もいたが、彼らは忌むべきものを見るような目で片翼の少年を見つめていた。
アリスの胸に戸惑いが生まれる。
人間と魔族の契りは禁じられている。アリスもまた、それが不正な行為だと教会で教え込まれていた。
だが、見殺しにしていいのか。
断じて否。
片翼の少年は、紛れもなく弱者。アリスが守りたいものだ。
「魔族なんぞと交わった、愚かな親を怨むんだな」
兵士は、少年に向かって剣を振り下ろす。
「やめろ!」
兵士の冷ややかな一閃を止めんとアリスが身を乗り出そうとするが、彼女よりも早く動いた者がいた。
ギィィンと耳障りな金属音が響く。
兵士の剣は、受け止められていた。双方の間に割り込んだ男の腕で。
「ユーロン……!」
処刑の剣を阻んだのはユーロンであった。彼の長い髪が海風に踊る。
「貴様ッ!」
もう一人の兵士がユーロンに斬りかかろうとする。だが、ユーロンはそちらを振り向かず、腕だけ向けた。
ユーロンの人差し指と親指が、空を弾く。
その瞬間、斬りかかった剣士の身体が宙に浮いた。
「うわああっ!」
兵士が軽々と吹き飛ばされる。
触れたのか、それとも風圧で飛ばしたのか。あまりにも刹那の出来事だったため、誰も分からなかった。
分かったことはただ一つ。ユーロンが額を弾いただけで兵士をふっ飛ばしたということだ。
「このっ!」
ユーロンに刃を阻まれていた兵士は、恐ろしく強い闖入者を前に、畏怖を剥き出しにしながらも体勢を整える。
「何者だか知らないが、我々に盾突くということは国王様に盾突くということ! この場で斬り捨ててや――」
だが、兵士の威勢は長く続かなかった。
ユーロンの金色の瞳が、彼を射竦めたからだ。
「やれるもんなら、やってみな」
「ひっ――」
周囲にまで伝わる殺気。
アリスは気付く。ユーロンは、本気だ。
今の彼にはいつもの余裕が見られない。我を見失っているというのか。
だが、彼を諫める者がいた。
「ユーロン!」
自らの名を呼ばれたユーロンが、一瞬だけ現実に引き戻される。その目の前で、両手剣の腹が兵士の後頭部に直撃した。
「ぐぎゃっ!」
兵士は短い悲鳴をあげて昏倒する。
殴りつけたのはラルフであった。正義を行使する兵士を殴ってしまったためか、顔が青ざめている。
「どうしたって言うんだ。お前、人間に手を出さないんじゃなかったのか!?」
「……悪いな」
ユーロンは色眼鏡をかけ直し、表情を隠す。
「え、衛兵さーん! 暴れてる人がいます!」
様子を見ていた通行人が、新たな兵士を呼ぼうと叫ぶ。
「なんていう余所者だ……。兵士をのしちまって……」
「王都の近くだっていうのに、とんだ狼藉者だよ……!」
人々の恐怖の表情が、ユーロンたちに向けられていた。遠くからは、兵士の増援が駆けつける足音がする。
ジギタリスは騒然とする広場を見て声を潜めた。
「これ、ヤバくない?」
「身を隠さなくては……!」
アリスは逃走経路を見つけようと辺りを見回す。
するとその時、物陰からこちらに手招きしている人物がいるのに気づいた。
「こっち! あのお兄さんも一緒に、早く!」
声からして女性のようだが、頭からすっぽりとフードを被っていて正体が分からない。
しかし、相手を選んでいるわけにはいかない。アリスはその人物を信用することにした。
「行くぞ!」
アリスは、ユーロンとラルフに声をかける。ラルフはすぐに言わんとしていることを察したようで、アリスの元へと走ってきた。
「ユーロンも早くしろ!」
アリスに急かされながら、ユーロンは片翼の少年を見やる。少年は警戒するようにユーロンのことをねめつけていた。
誰も信用しないと言わんばかりである。兵士の態度を見れば、今まで彼がどのような扱いをされていたか想像がつく。
だが、ユーロンはそれ以上のことを悟っているかのように、複雑な眼差しを少年に向けていた。
「行くぞ」
「あっ……!」
ユーロンは問答無用と言わんばかりに少年の腕をむんずと掴み、謎の人物に導かれるアリスたちとともにその場を後にした。
冷静さを欠くユーロン。
彼らしからぬ行動に出た理由とは。
そして、アリスたちを導いたのは――。




