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33 最弱聖女、絶対神を知る

 対岸に着くころには、すっかり日が傾いていた。

 漁師たちは近くの宿で一夜過ごしてからマーメイドヘイブンに帰還するという。アリスは彼らに何度も礼を言い、彼らの帰路の無事を祈った。


「さて、我々も宿を探さなくては」

 アリスはそう言いながら、自分のマントを取ってフード代わりにし、目深に被る。指名手配されているので、できるだけ顔を隠さなくてはいけない。

「人が多いところは避けた方がいいかもしれないな。いや、逆に人が多い方が紛れられる……のか?」

 ラルフは首を傾げる。

「裏通りの宿なら、安いし、訳ありでも泊めてくれることがあるぜ」

 ユーロンはゆっくりと歩き出しながら言った。その後ろで、人間の姿に戻ったジギタリスが落ち込んだように肩を落とした。

「どうした、ジギタリス」

 アリスが問う。すると、ジギタリスは呻いた。

「裏通りの安宿って、治安が悪くて不潔なところが多いんじゃあ……。私、ベッドが汚いところは嫌なのよね」

「すまない、私のせいで……」

「いやいや! これもあの聖騎士団どものせいだから!」

 ジギタリスは声を荒らげる。

「でも、どうしてアリスだけなんだろうな。俺たちだってアリスと一緒にいたのに」

 ラルフは考え込みながら歩く。それを聞いたジギタリスは、肩をすくめた。

「知らない。よっぽど気に入られたんじゃないの?」

「即死魔法持ちだしな。連中にとって、最も脅威だったんだろう」

 ユーロンはさらりと言った。


「それはつまり、『異端』だから――」

 異端を理由に、ジギタリスの主人は処刑され、彼女を慕っていた村も生き埋めにされそうになっていた。

 聖騎士団は、異端を嫌う。

 絶対的で、排他的な精神のもとで動いていた。


「ん?」

 一行は広場に差し掛かる。

 その中央には、大理石で造られた真新しい像が立っていた。

 純白の六枚の翼が天に向かって広げられている。そんな神秘的で美しい像が、街の象徴と言わんばかりに佇んでいた。

「これは、聖騎士団のシンボル……」

 聖騎士団が掲げていた六柱の神々のいずれにも当てはまらないナニカ。


「絶対神デウス様だよ」


 不意に声を掛けられ、アリスは慌てて顔を隠しながら用心深く振り向く。

 そこにいたのは、通りすがりと思しき港町の住民であった。素朴な顔つきで、警戒心の欠片もなくアリスたちを見つめている。

「絶対神……デウス?」

 アリスが聞いたことがない神だ。

 それはユーロンたちも同じのようで、お互いに顔を見合わせる。

「王都の大聖堂の大司教様が見つけた新たなる神様さ。クレアティオ様の遥か頭上の宇宙から万物を見守る、絶対的な存在だよ」

「ほう……?」

 クレアティオの上位と聞き、敬虔なる信者であるアリスは片眉を吊り上げた。

「大司教様が見つけただって? 神様って、見つけられるものなのか?」

 ラルフは不思議そうに目を瞬かせる。

 それに対して、アリスは声を絞り出すように答えた。

「不可能では……ないだろうな。そもそも神々とは、我々に恩恵と――時に災厄を齎す存在を象徴化したものだ。観測の範囲が広がることで、未知の神が発見されるというのはおかしな話ではない」

 アリスの言葉に、住民は善良なる笑顔で何度も頷いた。

「デウス様が見つかったのは、つい最近のことさ。恐らく、これからデルタステラ各地に広まることだろうね。不正を許さず、異端を排除するという頼もしい神様だよ」

 住民は、自分のことのように誇らしげに胸を張った。

「異端を排除……か」

「そう。デウス様のお力があれば、魔族どもも一網打尽だ。魔族という異端を葬ることで、人間の世界に本当の平和が訪れる。そうすれば、戦いで死ぬ人間が減るはずだ。兵士だろうが冒険者だろうが、早死にしなくて済むようになるんだよ!」

 その言葉に、アリスはハッとした。

 アリスもまた、最前線で戦う冒険者を死なせないために冒険者になろうとした者だ。だが、そもそもの争いがなくなれば、彼らもアリスもまた、死地に赴く必要がないのである。


「どうだかな」

 心が揺らぐアリスの隣でユーロンが口を挟む。

「案外、人間同士で争いが起きるかもしれないぜ? 人間だって一枚岩じゃないだろう」

 人間の国は幾つかに分かれている。そのうちの一つが、デルタステラ王国であった。

 各国は協力して魔族に対抗すべく、不可侵条約を結んでいる。だが、魔族がいなくなったとしたら、不可侵である理由がなくなってしまうのだ。

「まあ、確かに周辺諸国の動きも怪しいとは聞いているけど――」

 住民はそこまで言うと、深く息を吐いた。

「まずは、今一番取り除かなきゃいけない相手をどうにかした方がいいだろう。現に、どこかで毎日のように誰かが犠牲になっているんだ」

「もしかして、あなたの身近な人も……?」

 アリスが遠慮がちに尋ねると、住民は重々しく頷いた。

「家族が冒険者になってね。魔物の討伐に行って、それっきり戻らなかった」

「それは……」

「だから、魔族みたいな争いの火種は無くなって欲しいんだ。それに、あんたたちみたいな若い冒険者に命を落として欲しくないんだよ」

 住民は悲しげに顔を歪めながら、そう言って去っていった。


 いつの間にか日が沈みかけ、東の空から夜がやってくる。星が輝き出した空の下、アリスは小さくなっていく住民の背中を見送った。

「確かに、火種はなくなった方がいい……」

「なんだ? お前さんも魔族がいなくなった方がいいと思うクチか?」

 苦笑するユーロンであったが、アリスは即座に否定した。

「違う。あの住民の言うことも一理あると思うが、物事はそんなに簡単ではない。人間もまた、魔族の領域を侵しているというのなら、魔族にとっては人間が火種なのだろう」

 アリスは、人間に人生を蹂躙されたジギタリスの方を見やる。彼女も思うことがあるのか、すっかり静かになってうつむいていた。

「どちらかが消えるよりも、双方が妥協して歩み寄るのが一番だと改めて思っただけだ。互いを滅ぼし合うのは、不毛過ぎる」

「心変わりをしてなくて良かったぜ」

 ユーロンは口角を吊り上げて笑った。


「しかし、不思議なものだ」

「なにがだ?」

「いくら人間と共存できていた黄龍族とは言え、ユーロンはずいぶんと人間に肩入れをすると思ってな。神や天災に喩えられるドラゴン属にとって、人間など小さな存在だろう。そこまで気にするということは、身近に人間がいたのか?」

 アリスがそう訊ねると、ユーロンの表情から笑みが消える。


 彼は顎に手を当て、少し考え込んだかと思うと、そっと唇を開いた。

「ああ。実は――」

「こいつ、奴隷商か!」

 ユーロンの声は、港から響いた声にかき消された。

新たなる神と人々の願い。

魔族が滅びることで平和は訪れるのか?

そして、ユーロンの事情とは――。

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