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32 最弱聖女、海賊を討つ!

 潮風に乗り、空に舞うアリス。

 帆船では今まさに、荷物を守らんと身体を張った船員が海賊に斬られそうになっていた。

 護衛は既に海賊に踏みにじられ、戦闘不能となっている。

 海賊たちに蹂躙される無力な帆船。正しき者が悪しき者に踏みつけられる理不尽さ。


 アリスの心に、黒い炎が宿る。

 それは、殺意だ。

 不正なる者たちに裁きの鉄槌を下さなくては。


 死神から得た即死魔法を制御し、大鎌を作り上げる。ジギタリスの滑空魔法をまといながら、アリスは戦線に舞い降りた。

「バーシウムの領域を荒らす海賊ども! これ以上、水神の腕の中を血で汚すというのならば――」

「な、なんだ! 新手の護衛か!?」

 突然の来訪者に海賊たちがざわめく。へたり込む船員を守るように、アリスは海賊たちをねめつけた。


「貴様らは、私が(ただ)す!」


「どこのどいつか知らねぇが! 邪魔をするなら魚の餌にしてやるぜッ!」

 海賊たちがアリスに襲い掛かる。


 しかし、即死魔法を持ったアリスの相手ではなかった。

「貴様は右腕を処す!」

 真っ先に斬りかかってきた海賊の右腕を、アリスの大鎌が薙ぐ。魔法の刃が海賊の腕をすり抜けた瞬間、その腕は弾けた。

「おっぎゃああっ! 腕が! 俺の腕がぁ!」

「なんだこいつ! 強すぎる……!」

「だが、数はこっちが圧勝! 一斉にかかるぞ!」

 動揺する海賊たち。彼らは青ざめた顔をしながらも、アリスに一斉に襲い掛かる。

「護衛を踏みつけていた貴様は右足! 船員を斬りつけようとした貴様は右手を処すッ!」

 アリスは律義に宣言し、即死魔法の大鎌で彼らの悪しき部位を粛正する。

 アリスは自らが返り血に染まるのを気にしない。背中にいるジギタリスをマントの下に隠しながら、襲い掛かる海賊たちを粛正しながら突き進む。


 彼女が目指すのは、海賊船本体だ。

「おいおい。何もんだ、テメェは。俺の可愛い手下どもを妙な魔法で斬りつけやがって」

 海賊船からぬっと現れたのは、二メートルをゆうに超える巨漢であった。

 巨大な斧を担ぎ、悠然と闖入者であるアリスの元へやってくる。

「あ、あいつは危険だ……!」

 先ほどまで踏みつけられていた護衛が、這いつくばりながら呻く。本来ならアリスとともに帆船の護衛に当たっていた者だ。

「レベル38のこの海賊団の頭だ! 襲った船は皆殺し。その凶暴さから、賞金首になっている……!」

「そうか」

 アリスは護衛に短く応じるのみで、歩みを止めようとしない。


「貴様は、なぜ皆殺しにする?」

「決まってるだろ。楽しいからだよ」

 海賊団のボスは下卑た笑みを浮かべた。

「テメェも力を持っていればわかるはずだ! 自分より弱いやつを、一方的にいたぶることの楽しさが!」

「わからないな」

 アリスは冷めた目でボスを見やる。それが癇に障ったのか、ボスはこめかみに青筋を浮かび上がらせた。

「クソ生意気な女だ! だが、テメェもこれから俺のお楽しみになるのさ! 地べたを舐めて命乞いをしやがれッ!」

 ボスは斧を振るってアリスに猛進する。だが、アリスは怯まなかった。


「ジギタリス」

「はいはーい」

 場違なほど軽い返事が響いたかと思うと、アリスは風をまとって一気に跳躍する。

「な、なんだ!?」

「貴様は、きっちり処すしかないようだな!」

 面食らったボスは、手にした斧で己の身を守ろうとする。しかし、アリスの方が早い。

 すっと死神の大鎌がボスの首を薙いだ。


 一瞬だけ、風が止まる。


「な、別に何も」

 ボスは頬を引きつらせながらも笑みを作る。

 しかし、その首はぱっくりと離れた。

「起きな、ばっばっ!」

 言葉になっていない声を漏らしながらボスの首はすっ飛び、あまりにも美しい切り口からは血飛沫が飛び散る。

 海賊のボスの首は倒れている護衛のもとまでゴロゴロと転がり、身体は四散した。


「な……! 一瞬で、あの海賊のボスを……!?」

「そいつは、君の治療費や船の修復代にしてくれ」

 ボスの首に賞金が掛けられていることを思い出しながら、アリスは言った。

 護衛や船員は怪我をしている。本当ならば、治癒魔法で治療していきたい。


 しかし、時間がない。

 漁船は丁度、二つの船の間を通り過ぎたところであった。数人の海賊が降りて行ったようだが、ユーロンが漁師を守り、ラルフが海賊を船からたたき犯したお陰で漁船は無事だった。

 しかし、その背後からは賞金稼ぎの追っ手が迫っている。

「ヒャッハー! その首で一攫千金だぜ!」

「大人しく捕まりやがれーーッ!」

 ものすごい勢いで距離を詰める何隻もの小舟を目に、アリスは決意を固めた。


「ジギタリス、もう一仕事頼む!」

 アリスは漁船に向けて走りながら、背中のジギタリスに叫ぶ。

「りょーかい! 上手く跳びなさいよ!」

「問題ない!」

 ジギタリスが風の元素を集め、アリスは漁船に向かって跳躍する。ジギタリスの周囲の空気が静電気を帯び始め、空気がピリつく。

 ジギタリスは息を大きく吸うと、高らかに叫んだ。

「ぶっ飛べ! 紫電爆裂(エレクトリック・ボム)!」

 ジギタリスの大魔法が海賊船に炸裂する。

 紫電は海賊船を木っ端微塵に蹂躙し尽くし、海の藻屑に変えていく。

 ばらばらと降る海賊船の欠片。それに行く手を阻まれる追っ手たち。


 爆風に煽られたアリスは漁船に着地し、ラルフが駆け寄った。

「お帰り! 無事だったか!?」

「ああ。お陰様でな」

「私はへとへとよ。あー、しばらく動けないわ」

 ジギタリスはアリスの背中から離れると、漁船の上で大の字になった。

「それじゃあ、俺が抱いててやろうか?」

 ユーロンがグリマルキン姿のジギタリスを抱え上げようとするが、ジギタリスはバネのように跳ねてその手から逃れる。

「いいえ! 元気ですので!」

「ははっ、嫌われたもんだ」

 畏怖のあまりアリスの後ろに隠れるジギタリスに、ユーロンは気にした様子もなく軽く笑った。


「いやはや。すげぇな、あんたたち……」

 漁師たちは、木くずと化した海賊船と、それに捕らわれて前に進めない追っ手たちを眺めて、感心したように言った。

 帆船は無事だ。海賊船が爆破された余波を受けて揺れたものの、目立ったダメージは見受けられない。

 これで、自分たちが乗れなかった分の清算はできただろうか。

 アリスは、帆船が無事に対岸に着くことを祈る。


「賞金首……か」

 アリスは、海賊のボスのことを思い出す。自分もまた、彼と同じく賞金が掛けられている者だ。

 ラルフとジギタリスが心配そうにこちらを見つめている。それに気づいたアリスは、うつむいていた顔を上げた。

 指名手配を取り下げるにしろ何にしろ、全ては王都にある。

 少しずつ見えてきた対岸を見つめ、アリスはただ前に進むことを改めて決意した。

何とか追っ手を振り切った一行。

対岸で待つ者は――?

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