30 最弱聖女、助け舟を得る
ユーロンは色眼鏡を外し、金の瞳で手配書をつぶさに見つめる。
「生死は問わないって書いてあるな。こいつは、相当なおかんむりのようだ。まあ、国王直属の聖騎士団に一発お見舞いしたし、わからんでもないが」
「私が、聖騎士団――すなわち王国から指名手配になるとは……」
聖女だったアリスは、自ら教会を去り冒険者となった。しかし、それが一転して指名手配犯になってしまうとは。
「まずいな。お尋ね者になったら、冒険者ギルドの資格も剥奪だ。っていうか、アリスはこれから――」
ラルフは緊張した面持ちで、アリスを見やる。
張り詰める一行に対して、アリスは驚くほど冷静だった。
「命を狙われ続けるということか」
「冗談じゃない!」
叫んだのはジギタリスだった。
「あいつら、無罪のマスターを処刑して、マスターを慕ってた人間を皆殺しにしようとしたのよ! それが、聖騎士団に逆らったからってアリスを指名手配するなんて、横暴じゃない!」
「本当だよ……! あまりにも理不尽だ。何のための、誰のための聖騎士団なんだ……!」
ラルフもまた、握りしめていた拳を震わせていた。温厚で聖騎士団に憧れていた彼もまた、アリスのために怒っていた。
「どうすんだ、アリス。このまま、お尋ね者として生きるのか?」
ユーロンが問う。
しばしの沈黙の後、アリスは答えた。
「王都で、聖騎士団に直談判する。この指名手配は不当であり、解除するように、と」
どうせ、彼らの不正を暴くために王都に行くつもりでいた。
ジギタリスのマスターの遺品を回収し、ユーロンが和平のきっかけを得るべく動くというのなら、用事が一つ増えたところで構わない。
アリスの凛とした表情を見た三人は、ふっと肩の力を抜いた。
「こんな時まで真面目よねぇ。聖騎士団を粛清パンチでふっ飛ばすつもりがないなんて、出来た聖女様だわ」
「正当な取引をしようとするのはアリスらしいや。俺は、アリスを手伝うよ」
ジギタリスは苦笑し、ラルフは目を輝かせる。
そしてユーロンは、いつものように口角を吊り上げた。
「面白いじゃねぇか。手伝えそうなら手伝ってやるぜ」
「頼もしいな。魔王が味方とは」
「まさか、元聖女様に歓迎されるとはな」
軽口の応酬。その場の空気が和やかになる。
しかし、そんな一行のもとに人影が差した。
「あんたたち……!」
アリスたちは振り向く。
するとそこには、昨日刺身を振る舞ってくれた東方の料理人がいた。その顔面は蒼白で、指名手配のことを知っているのは明らかであった。
「お客さん、アリスって名前でしたよね……」
「いかにも」
誤魔化しても無駄だと思ったアリスは、正直に答えて料理人の出方を窺う。人を呼ぶようならば逃げようと、視線だけを辺りに巡らせて逃走経路を見出そうとする。
だが、料理人は騒ぐことなく、声を潜めて手招きをした。
「大変なことになってるみたいですね……。うちの大将が教えてくれました。よろしかったら、うちに来ませんか?」
アリスたちは顔を見合わせる。
彼女らがいたのは、まさに大衆食堂の裏手であった。余所者お断りの店なので冒険者たちが来辛く、人気が少なかったのだ。
「すまない。しばしの間、場所を借りても構わないだろうか」
アリスたちは頷き合うと、料理人とともに大衆食堂の裏口へ入る。
そこには、従業員用の休憩所があった。休憩所の一角では、大将と呼ばれた食堂の主人が難しい顔をして座っている。
「あんたら、えらいことになってるな」
「申し訳ない……。町を騒がせてしまって……」
うつむくアリスに、主人は首を横に振った。
「いいってことよ。それよりも、こんなんじゃ船に乗れねぇだろ」
「ああ……」
アリスは頷く。
王都へは内海を渡らなくてはいけない。陸地を往くと遠回りになるし、道中では危険が多い。だが、アリスがお尋ね者になってしまったため、元々乗るつもりだった船には乗れないだろう。
では、どうすればいいのか。
アリスたちは選択を迫られていた。リスクを承知で陸路を往くのか、別の船を用意するのか。
「だったら、うちの漁船を使え」
「なっ……」
アリスたちの暗い道に、光明が射す。
主人も料理人も、白い歯を見せて笑った。
「だが、私は指名手配犯で……!」
「訳ありなんだろ? あんたと話をして飯を食っているところを見たら、どう考えてもお尋ね者には見えねぇ。手違いか訳ありかのどちらかだ。俺は、自分の目を信じてあんたに手を貸そうと言うのさ」
主人の大きな手が、アリスに差し伸べられる。アリスがその手を取ると、ぎゅっと力強く握手をされた。
大きくて固い職人の手だ。そして、陽光のように温かい。
「有り難い。まるで、クレアティオのような慈悲深さと懐の深さだな」
「太陽神に喩えられるったぁ、光栄だね。まあ、無事に戻ってきた暁には、またサシミを食いに来てくれや」
「勿論だ!」
アリスは力強く答える。それを聞いた東方の料理人は、嬉しそうに破顔した。
「悪いな。大事な漁船を出してくれるなんてよ」
ユーロンもまた、主人に頭を下げる。
魔王が人間の庶民に頭を下げるさまを見て、ジギタリスは驚愕のあまり、目玉をひん剥いていた。
「俺は、あんたのことも買ってるんだぜ」
ユーロンが魔王だと知らない主人は、彼の肩をしっかり抱いて頭を上げさせる。
「俺のことを? そいつは嬉しいね」
「あんたの立ち振る舞いを見ていればわかる。あんたは高貴な身分だろう」
「どうだか」
ユーロンは笑ってはぐらかした。しかし、主人は話を続ける。
「そんなあんたが一切偉ぶらずに腕相撲に応じ、こうして頭を下げてくれる。あんたはきっと、何か大きなことを成し遂げようとしているんだ。俺はそれの手伝いをしたいのさ」
「……その気遣い、心に留めておくぜ」
ユーロンはやんわりと主人の腕をほどき、背を向けてひらりと手を振る。彼はその表情を、一切見せようとしなかった。
「照れ隠しかな」
ラルフが小声でアリスに問う。
「そうかもしれないな。どんな顔をしていたか見たかったものだ」
「おい」
頷くアリスに、ユーロンの刺すような声が飛ぶ。
「漁船で王都に行くんだろ。冒険者の連中がお前さんを見つける前に、さっさとずらかるぞ」
有無を言わせぬ魔王の言葉。
アリスたちは顔を見合わせると、にやりと笑って後に続いた。
途絶えかけていた道が繋がった。
次回、内海に出たアリス一行にまた一難が……!?




