29 最弱聖女、お尋ね者になる
四人は旅立ちの準備を整え、港に近い宿屋に泊まった。
窓のすき間から寄せては返す波の音が聞こえたが、それがやけに心地よく、アリスはぐっすりと眠ってしまった。
翌日、アリスが目を覚ましたのは陽が昇ってからであった。
「ん……。もう、クレアティオが顔を出しているとは……。寝過ぎたな」
太陽神に仕える聖職者であるアリスは、日の出前の起床を心掛けていた。それなのに、水神バーシウムの子守歌があまりにも心地よく、熟睡してしまったらしい。
「おい、ジギタリス。起きろ」
アリスは、自分の毛布の上で丸まっているグリマルキン姿のジギタリスを揺さぶる。確か、彼女は隣のベッドにて、人間姿で眠っていたはずなのだが。
ジギタリスは、前足でくしくしと顔を撫でる。
「ううん……。ワサビはもう勘弁……」
「寝ぼけるな。どうして私のベッドの上で寝ているんだ」
「んん、おはよ……。なんか、こっちの方が温かそうだったから……」
ジギタリスはそう言うと、くああっと大口を開けてあくびをした。
「それならば、三人分のベッドを取ればよかったな……」
「違うのよ!」
ジギタリスはくわっと目を見開き、ひらりと床に着地したかと思うと、魔女の姿になった。
「私のベッドがあって敢えて他人のベッドで寝るのと、私のベッドが最初からないのと、全っっ然違うわ! ねえ、アリス。あなたも選択肢があった方がいいと思うでしょ?」
「いや、宿代が節約できるなら、ジギタリスに選択肢を与えて、私がベッド無しでも良かったかもしれない……」
「へ? どういうこと?」
「ベッド一つの部屋を取り、君が自分のベッドで寝ると言ったら、私は床で寝るというのもアリだった」
「我が身を犠牲にしないでくれる!? 自分を大事にしなさいよ!」
ジギタリスは、目を血走らせながらアリスの肩を引っ掴む。
「倹約家にもほどがあるでしょ! あんたの実力なら大きな仕事を引き受けてガッポガポ稼げるのに!」
「私が目指しているのは、命を落とす危険性がある者の救済だ」
そのためには、報酬が低くてもいい。何なら、無くてもいい。そう言わんばかりのアリスの真っ直ぐな瞳に、ジギタリスは頭を抱えた。
「はー……。あんたみたいな美人でうら若き乙女が、そんな色気のないことを……。勿体無いし、悲しいわ……」
「じ、ジギタリスだって若いだろう」
「残念でしたー! 私は孫までできてるくらいの年齢ですー」
魔族グリマルキンであるジギタリスは、両手で罰点を作った。
「元とは言え、私は聖女。クレアティオの敬虔なる信者だ。色恋ごとに現を抜かしている場合ではない」
アリスは溜息まじりになりながら、寝間着から冒険着に着替える。
そんなアリスを、ジギタリスは小突く。
「またまた。イイ男二人と一緒に旅をしてるのに、何も感じないなんてことないでしょ?」
ジギタリスは、男性陣が泊まっている隣の部屋の壁を見やる。
「いい男……? 誰……だ?」
アリスはマントを羽織り、ベルトを締めながら怪訝な顔をする。
「はあぁ? ラルフと魔王様に決まってるじゃない! 真面目でカワイイ系のラルフと、妖艶美形の魔王様に囲まれて、あんた、何も思わないわけ!? 魔王様はおっかないけど、相当な美形よ! あれで色眼鏡を取ったら、道行く女のみならず、男すら目を奪われるわよ!」
「二人は大事な仲間だ」
アリスはきっぱりとそう言った。
「ひぃーっ! 意識が高すぎる! よこしまな感情の入る隙がなさ過ぎる!」
あまりにも隙が無いアリスに、ジギタリスは思わす悲鳴をあげる。
だが、そんな彼女の手を、アリスはそっと取った。
「そして、君も大事な仲間だ。ベッドを一つ余らせる可能性があるなら、次から言ってくれ。もし、君が一人で眠りたいのだとしても、君のためならば私は床で眠ることを厭わない」
「ぐぅぅっ!」
アリスの真剣な眼差しに、ジギタリスのハートが射貫かれた。
「こ、怖……。ただのケチケチ聖女なのに、どうしてこんなにイケメンに見えるの……?」
「ど、どうしたんだ?」
「アリス、あんたがナンバーワンよ……」
主に、イケメン度が。
ジギタリスがそう言おうとした途端、部屋の扉が開け放たれた。
「大変だ!」
ラルフであった。
彼は既に冒険の装備を整えていて、息せき切ってやって来た。
「敵襲か!?」
「違う! もっと悪い!」
構えるアリスと、首を横に振るラルフ。
その後ろからユーロンが顔を出した。
「ほらよ」
ユーロンが何かを放る。
羊皮紙で作られた張り紙だ。
「そいつが冒険者ギルドに貼られてたんだ。じきに、町中に張り出されるぜ」
アリスとジギタリスは羊皮紙の中身を窺う。そこには、信じられないことが書いてあった。
「私が……指名手配されている!?」
なんとアリスが、賞金首になっているのである。賞金はかなりの高額で、一年は余裕で暮らせるほどだ。
「にしては、似てないけどね」
ジギタリスが言う通り、似顔絵は似ていなかった。
特徴を捉えているのは黒髪でショートボブというくらいで、顔は悪意がこもっているのか、殺気マシマシで書かれている。
「だが、ギルドには名前が割れている。もしかしたら――」
アリスは最悪の事態を想定する。その時だった。下階から騒がしい物音が聞こえたのは。
「なに……!?」
ジギタリスが廊下の吹き抜けからこっそりと下階の様子を窺う。アリスたちが泊まっているのは二階だ。一階には受付がある。
そこで、三、四人の冒険者と思しき人間が、宿の従業員に詰め寄っていた。
「おい! ここにアリス・ロザリオが泊まっているだろう!? 何処にいる!」
「ひぃ! わたくしどもはお客さまのプライバシーを守――」
「お前たちを一人一人尋問してもいいんだぜ?」
「ひぃぃ!」
冒険者は暴力的な表情で従業員に詰め寄り、従業員は顔面蒼白だ。押し負けて口を割るのは時間の問題である。
「アリス、早く逃げましょう!」
ジギタリスはアリスの背中を反対側に押す。
「しかし、入り口が塞がっているとなると……!」
「窓から逃げるのよ。私が滑空魔法を使うから!」
「なるほど!」
冒険者たちは従業員を押しやり、地響きがせんばかりの足音で朝の静寂を蹂躙しながら階段を登って来ようとする。
アリスは即座に部屋へと戻り、一行はジギタリスの滑空魔法を使って二階の窓から脱出した。
「一体、どうしてこんなことに……」
平和だった町は、すっかり騒々しくなっていた。
殺気立った冒険者たちがうろついては、町の人間を尋問している。彼らは皆、アリスを捕らえようとしているのだろう。
「昨日、冒険者ギルドに顔を見せたしな……。そこから宿がバレたんだと思う……」
ラルフは沈痛な面持ちで言った。
「これじゃあ、船には乗れねぇな。どうするよ」
物陰に身を隠しつつ、ユーロンが問う。
「ひとまず、人が少なくて落ち着けそうな所へ行こう。私はどうにか、顔を隠さねば」
手配書の似顔絵は似ていないが、アリスの顔を知っている人間はいる。姿を隠さなくては、捕らえられるのは時間の問題だ。
ジギタリスは肩をすくめる。
「金に目がくらんだ冒険者なんて、粛清パンチで黙らせりゃいいのに」
「駄目だ」
アリスはぴしゃりと言った。
「彼らの中には正義感で動いている者がいるだろう。それに、やむを得ない事情があって金が必要な者もいるに違いない。即死魔法を使うなんてもっての外だ」
「真面目ねぇ。自分が狙われてるってのに」
ジギタリスは、呆れたように溜息を吐くと同時に、アリスの頭に魔女の三角帽子を被せた。
「ジギタリス?」
「しばらくは、それを被ってたら? 変装にもならないけど、時間稼ぎくらいはできるんじゃない?」
「すまない。恩に着る」
アリスはジギタリスの帽子を目深に被り、人の目を避けながら人気のない場所を探す。
大通りも市場も、冒険者たちがうろついていた。
アリスたちは自然と、海へ海へと追いやられる。
「ここなら、少しは落ち着いて話せそうだな」
人気がない建物の裏までやって来て、アリスはようやく帽子を外した。
「問題は、どうしてアリスが指名手配されているかだよな。っていうか、誰がアリスを指名手配してるんだ?」
ラルフは改めて手配書を見やる。
そこには、厳かな印が押されていた。六枚の羽の意匠に見覚えがある。
「聖騎士団……!」
アリスは掠れた声をあげた。
「もしかして、北の森での……」
ラルフとジギタリスは顔を見合わせる。
「あの分隊が生還して、あそこで起こったことを報告したってわけか」
ユーロンの顔からは、いつの間にか笑みが消えていた。常に余裕を見せていたユーロンですら、笑えない状況ということか。
元聖女、ついに指名手配犯に!
次回、そんな彼女らに救いの手が差し伸べられる……のか!?




