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26 最弱聖女、決意を固める

「因みに、俺と意見が違うからって襲いかからねぇから安心しな。こんな放蕩野郎の俺でも、一応、魔王なんでね。新たな魔王が人間に攻撃したとなれば、そいつは人間が魔族領に攻め込む口実になる」

 ユーロンが争いごとで頑なに手を出そうとしなかった理由は、それであった。小さな諍いで介入するには、彼は政治的にあまりにも大きな存在であった。


「私……は……」

 アリスは、ユーロンの問いを頭の中で反芻する。


 自分の理念に反する者すら許容する多様性の世界と、絶対的な正義によって理念に反する者を排除する世界。


 アリスを始めとするほとんどの人々は、人類と魔族は敵対するものだと教わってきた。しかし、事情を汲んで歩み寄ることで、無用な争いを避け、種族を問わない弱者を救うことができることも知った。

 アリスは、マリアンヌ協会に利用されていたゴブリンたちを退治することは正しくないと思っていた。ジギタリスに手を差し伸べず、聖騎士団に従うことも正しくないと思っていた。


「アリス……」

 苦悩するアリスを、ラルフとジギタリスが心配そうに見つめる。アリスは頭を抱え、自らの行いを振り返りつつ、長い沈黙を経て、ようやく口を開いた。


「私は……自分の正義を行使する」

「ほう?」

 ユーロンが興味深そうに、前のめりになる。

「だが、それは理不尽に踏みにじられる弱者を助けたいのであって、そこに種族や思想は関係ない。相手の行動に対して……結果を返すだけだ。種族や思想が異なっていても、理不尽を行わない者には手を出さない。どんな生まれであろうと、どんな考え方であろうと、自由であるべきだと思っている……」


「アリス……!」

 アリスが導き出した答えに、ラルフとジギタリスは表情を明るくする。ラルフはアリスが結論を導けたことに、ジギタリスは魔族である自分に歩み寄ったことに対する喜びを露わにした。


「……いいじゃねぇか」

 ユーロンは満足そうに頷くと、ゆっくりと立ち上がった。

「相手が何であれ、立場の弱い者の味方になる。弱者とされる連中は、一人一人の力は弱いかもしれない。だが、まとまると強いうねりを生み出すこともある」


 ユーロンの言葉に、アリスの全身の力がどっと抜ける。手のひらは汗でベタベタだ。口の中もすっかり乾いている。

 やはり、ユーロンは王だ。腹を割って話されたことで、彼のカリスマ性が詳らかになり、アリスはすっかり呑み込まれていた。

 恐ろしい男だ。しかし、頼もしくもある。

 この相手のことをもっと知りたい。

 アリスはそう思うようになっていた。


「ユーロン、お前は……」

「ん?」

「お前が旅をしていたのは、弱き者たちを――民をその目で見るつもりだったんじゃないか? お前のその視点、世界を自分の目で見ていないと、なかなか生まれるものではない」

「はっ、よせよ。俺はお前さんみたいな真面目じゃねぇよ」

 ユーロンは鼻で嗤い飛ばす。


「因みに、ラルフの意見も聞いておこうか」

 ユーロンは、ラルフに振った。

 ラルフは押し黙っていたが、やがて、決心したように頷く。

「俺も、アリスの思想に異論はない。俺は俺の大切な人を守りたいし、多分、そこに種族は関係ないと思う……」

「ま、お前さんはそうだろうと思ったぜ。根っからの優しい善人って感じだしな」

「また皮肉じゃないだろうな……!」

 ラルフは身構えるが、ユーロンは彼を無視してアリスに向き直った。


「というわけで、俺もお前さんについて行くぜ」

「ついて来る……だと? 同行は構わないが、王であるお前は連れて行く方じゃないのか?」

「王っていう器でもねぇし、俺が個人的にお前さんの旅を見たいってのもある」

「そ、そうか?」

 腑に落ちないものを感じながらも、アリスはユーロンの意見を受け入れた。

「因みに、お前の用事は何なんだ? 王都見学ってわけでもないだろう?」

「視察だな。聖騎士団の動きが気になる。ちょいと、引っ掛かりがあってね」

「引っ掛かりがあるのは私もそうだが、何か他に……情報を持っていそうだな」

 ユーロンの言葉に含みを感じたアリスは、ユーロンを睨みつける。しかし、ユーロンはいつもの調子で受け流した。

「或る程度の確信が得られたら共有するぜ。まあ、察しがいいお前さんなら、その前に気付いちまいそうだがな」

「……正体がわかっても食えないやつだ」

「美味しく頂かれちまっては困るんでね」

 しかめっ面のアリスに、ユーロンはからかうように笑う。


「……ジギタリス、大丈夫か?」

 ラルフは、円卓の下で縮こまっているジギタリスを心配する。そんなラルフに、ジギタリスは小声で叫んだ。

「だ、大丈夫なわけないでしょ……! 気まずすぎるのよ! まさか、魔王様が一緒に来るなんて……」

「俺がいちゃ不満かい?」

 ユーロンは円卓の下に手を入れたかと思うと、ジギタリスの首根っこをむんずと掴んで引きずり出した。

「フニャーッ! め、滅相も御座いません! ただ、わたくし、魔王様に失礼を……」

 ジギタリスは前足で器用に揉み手をしながら、機嫌を窺うような眼差しをユーロンに向ける。

「気にしちゃいねぇよ。あと、目立つから魔王呼びも辞めな。ユーロンでいい」

「で、では、ユーロン様とお呼びしますね……!」

「呼び捨てで構わねぇよ。どうせ、放蕩ドラ息子だし」

「ひぃぃん!」

 意地悪く笑うユーロンに、ジギタリスは涙目になる。

「おい、弱者をいじめるな」

 アリスはユーロンからジギタリスを奪い、優しく抱きかかえる。

「そいつは、レベル40のソーサラータイプのグリマルキンだぜ?」

「お前はそれ以上のレベルだろ? それに、立場もお前の方が上だ」

「ま、そいつは否定しないな」

 ユーロンはあっさりと引き下がる。

「ふええ、あんたはいい子ね、アリス……。今度、ネズミを捕まえたら、あんたに譲ってあげるわ……」

「気持ちだけ受け取っておこう……」

 めそめそと泣きながらすり寄るジギタリスに、アリスは溜息を吐いた。

「王都に行くには、一度スタティオに戻る必要があるな。そこから港町に向かって、船に乗る……か」

 アリスたちがいる地域と王都の間には、内海が横たわっている。陸を経由して王都に向かうこともできるが、船の方がはるかに早い。


「あいつらは……」

 アリスは窓の外で作業をしている、盗賊団の男たちを見やる。

 彼らは村人とともに砂を片付けたり、村の子どもたちに労われたりしている。力仕事を積極的に引き受け、村の労働力に貢献しているようだった。

「……あいつらなら大丈夫じゃない? 村を襲ってたわけでもないし、それなりに受け入れられるんじゃないかしら」

 ジギタリスは、アリスの腕の中からひょっこりと顔を出してそう言った。

「まあ、彼らなりに罪を償っていけばいいか。私たちが出る幕でもなさそうだ」

「それよりも、村を出るなら少し待って欲しいの。古城跡に取りに行きたいものがあるから……」

「なんだ?」

「マスターが書き残した薬草の調合メモ。それは辛うじて、聖騎士団に奪われなかったから。……マスターはいなくなっちゃったけど、村はこれからも存続していかなきゃならないでしょ。それならせめて、自分たちで薬を調合できたらいいのかな、って思って」

 幸い、薬草が生えている森はすぐ近くにある。素材は容易に調達できるだろう。

「……そうだな。私も一緒に取りに行こう」

「俺も!」

 頷くアリスと、それに便乗するラルフ。ジギタリスの大きな瞳が涙で潤んだ。

「あんたたち……」

「それじゃあ、俺も付き合うとするか」

 ユーロンもまた、同行の意思を見せる。その瞬間、ジギタリスはアリスの腕の中から飛び上がった。

「ひぃぃ! 結構ですぅぅぅ!」

 ジギタリスは猫の姿のまま走り去り、様子を見に村長が扉を開けたのを幸いと飛び出した。

「おお……。今の猫ちゃんは……?」

「これは、先が思いやられるな……」

 目を丸くする村長を前に、アリスは溜息を吐いたのであった。




 そのころ、王都では。

 北の森に派遣したスペンサーが率いる分隊が戻る前に、王都の灰色の空に魔法伝書鳩が舞い降りた。

 城の中へと降り立った魔法伝書鳩は、魔女討伐の痕跡削除に失敗した旨と、奇妙な魔法で分隊長スペンサー卿の腕を潰した聖女がいたという旨を、王宮に戻っていた聖騎士団副団長のオーウェン・バージェスに口頭で伝達した。

「聖騎士団が、たった三人の冒険者とその他大勢に後れを取った……だと……!」

 俄かには信じ難い。

 オーウェンは何かの間違いだと思いたかった。しかし、それができるほど彼は楽観的ではなかった。


「バージェス卿」

「はっ!」

 オーウェンは即座に背筋を伸ばす。

 彼がいる場所がよくなかった。

 魔法伝書鳩の報告に、ともに耳を傾けていたのはデルタステラ国王であった。オーウェンは謁見の間にて、国王の警護の最中だったのである。

 ちょうど、謁見者が途切れたというタイミングの出来事であった。

 国王は眉間に深い皺を刻む。まだ、三十歳後半ほどの若き国王は、厳格な顔つきでオーウェンに問う。

「スペンサー卿の腕を潰した聖女の名は、何と言った?」

「アリス・ロザリオです」

 その名を聞いた瞬間、国王が複雑な表情になったのを、オーウェンは見逃さなかった。嘆きや悲しみといった感情が過ぎるものの、国王は自らを律するように表情を打ち消した。

「そうか……。ならば、その聖女を指名手配するのだ。聖騎士団と知って歯向かったのならば、国賊として処理しなくてはならん」

「はっ!」

 オーウェンは国王に跪くと、ともに警備をしていた聖騎士団の騎士に手配書の作成を命じる。


 その姿を眺めながら、国王は人知れず重い溜息を吐いた。

 指先が震えている。それに気づいた国王は、拳を握り込むことで動揺を抑えた。

「何故だ……。やはり神託の通り、お前は私の前に立ちはだかるのか……アリス」

 国王の呟きは、慌ただしいその場の空気にかき消され、永遠に誰にも届くことはなかった。

アリスが指名手配に!?

次回、新章!

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