25 最弱聖女、最強魔王と対談す
村は大きな被害こそなかったが、大量の砂が降り注いだせいで、あちらこちらが砂に埋もれていた。
村人たちは大事なものを掘り起こし、砂を一カ所に集める。それを、盗賊団の男たちが手伝っていた。
当初は、村人も男たちに戸惑っていた。
しかし、男たちは自らの罪を悔い、人々の役に立ちたいのだと申し出ると、村人たちはぎこちないながらも彼らを受け入れた。
村は砂を被っただけだが、山が崩れたせいで山道が何カ所か塞がっていた。復興のために人手が必要なので、これから時間をかけて、同じ困難を乗り越えることで少しずつ歩み寄れることだろう。
男たちの何人かは、高台とともに崩落したアジトの様子を見に行ったが、聖騎士団やスペンサーの姿はなかったという。馬の蹄の跡があったので、逃げ去ったのだろう。
そして、村を救ったアリスたちは、村長の家へと案内された。
村人が会合するのに使っているであろう大部屋へと通され、一同は木製の円卓につく。
「なるほど。魔女様は王都の聖騎士団に下法使いとして処刑され、その証拠隠滅のために、村と森を土砂で埋めようとした。しかし、魔女様の事実無根の噂を聞きつけたあなたたちが居合わせ、我々を助けてくれたというわけですな」
村長は白いあごひげをさすりながら、アリスたちの事情説明を聞いていた。
「あなたたちは、やはり魔女を慕っていたのですね……」
「ええ。魔女様は我々によくしてくださいました。どんな病気や怪我に見舞われても、魔女さまのお薬があればたちどころに治るのです」
村長は、思い出に浸るように目を細める。
「しかし、或る日を境に森から出てこなくなってしまいまして……。その代わりに、立派な鎧をまとった騎士様が、森をうろついたり険しい貌で村を視察したりしていたのです。何やら不穏な空気を感じた我々は、それぞれの家のあらゆる戸を閉ざし、息をひそめていたのです……」
「森から出て来なくなったというのは、魔女が処刑されたためだろうな。恐らく、騎士たちは今回の計画の下見に来ていたんだ」
「なぜ、あの善良なる魔女様が、立派な騎士様たちに処刑などされなくてはいけなかったのでしょう……」
「それは……」
うつむいて口を開いたのは、ジギタリスであった。
魔族のグリマルキン族の彼女は、自らの存在が魔女の処刑の原因となったのではないかと、気に病んでいるのだ。
しかし、アリスの手がジギタリスを制した。
「聖騎士団の動きに不穏かつ不正なるものを感じました。もしかしたら、何らかの陰謀が働いているのやも」
「なんと……!」
「彼らの行動は見過ごせない。私は、王都に向かって調査をしてみようと思います」
王都に向かう。
アリスがそう言った瞬間、ジギタリスは顔を上げ、ラルフが目を丸くした。
「アリス……!」
「聖騎士団に不正があるなら、私はそれを正したい。魔女のように理不尽に処刑されそうなものがいたら助けたいし、不正を隠蔽しようとするなら明かしたい。これ以上、理不尽に奪われないように……」
アリスは仲間の方に向き合い、こう言った。
「これは、飽くまでも私の希望だ。ついて来るか来ないか、君たちに任せたい」
「行くさ!」
ラルフは欠片も迷わなかった。
「アリスがいるところに俺あり! 君にどこまでもついて行くよ!」
「そうか。すまないな」
アリスはふっと微笑む。凛々しくも美しい笑みを前に、ラルフは「うっ!」と尊さのあまり心臓を押さえた。
「私も行くわ」
ジギタリスもまた、声をあげる。
「わかった。君のマスターの遺品も取り戻さないとな」
「それもあるし、あいつらを指揮した奴は他にいるんでしょ? だったらぶん殴らないと気が済まないもの」
ジギタリスは殺意マシマシで拳を握る。
そして、ユーロンは――。
「お前は……どうするつもりなんだ?」
余裕たっぷりな笑みを湛えて座っている魔王ユーロン。彼は充分すぎるほど沈黙を置いてから、金色の瞳でアリスを見据えながら答えた。
「行くさ。元々、用事があったからな」
「……そう……か」
アリスは真紅の瞳でユーロンを見つめ返す。
相手に殺気も何もないのに、緊張感が走った。アリスの頬に、ひんやりとした汗が伝う。
「そ、それでは、あとはこちらの部屋をお使いください。何かありましたら、私を呼んで頂ければと」
ただならぬ気配を感じ、村長はすごすごと立ち去る。アリスとユーロンが睨みあう中、ラルフだけが律義に「ありがとうございます!」と村長に頭を下げた。
一方、ジギタリスは猫の姿へと転じ、こそこそと円卓の下に隠れる。ユーロンに無礼を働いたため、彼を恐れているのだ。
「ただ者ではないと思っていたが、まさか魔王だったとは。強者を求めて各地を旅しているようだが、配下を向かわせることができるだろうに」
「俺が一カ所に留まらないことには理由があるのさ。もし、玉座でふんぞり返ってみろ。兄上や姉上が俺を殺しに来る」
飽くまでも、ユーロンは飄々とした態度だ。
「他の兄姉と仲が良くないのか?」
「俺は半端者だからな。あと、放蕩息子だからだ」
ユーロンはチラリとジギタリスを見やる。ジギタリスは、「ひぃ」と身近い悲鳴をあげた。
「親父殿がそろそろ空に還るってのは知ってたからな。王位継承の争いに巻き込まれないよう、身分を隠して諸国漫遊してたのさ。だが、いざ親父殿に呼び出されて戻ってみれば、呼び出されたのは俺一人。拒否する間もなく王位継承の儀式が済んじまったってわけだ」
「……お前自身に、野心はなかったんだな?」
「半端者だから」
ユーロンはさらりと繰り返した。
「どういうことだ?」
「俺だけ出自が独特でね。他の種族の連中に認めてもらえねぇと思ったんだ」
「魔王の言うことは絶対なんじゃないのか?」
「まさか」
ユーロンは肩を竦めた。
「お前さんたちが魔族と称しているのは、人間以外の種族の総称に過ぎない。別に、一枚岩ってわけじゃねぇ。魔王っていうのも、各種族の代表から更なる代表を選出しているだけさ。絶対的な権限があるわけでもなく、議会をまとめる議長に近い」
「そう……なのか。ずいぶんと印象が違うな……。私はてっきり、絶対君主だと思っていたが……」
絶対的な力を持ち、魔族を統べる者にして人類の敵。
アリスとラルフ、そして人々は、魔王とはそういうものだと教えられてきた。
「まあ、他の種族や兄姉たちが魔王になったら、どうなるのか知らねぇけどな。親父殿は穏健派で、多様な種族の調和を何より重んじていた。何なら、人間とも上手くやれねぇかって思ってたんだ」
「魔王が人間との和解を考えていただって!? そんな馬鹿な……!」
驚いたのはラルフであった。
アリスもまた、同じように声をあげそうになった。しかし、或ることに思い至り、ハッとする。
「そうか、マージナルな存在……!」
「そういうことだ」
ユーロンはにやりと口角を吊り上げる。
「どういうことだ?」
ラルフは、円卓の下のジギタリスとともに疑問を浮かべる。
「魔族にして人間と共存できる存在と、人間にして魔族と共存できる存在がいただろう?」
アリスの言葉に、ラルフはホフゴブリンを思い出し、ジギタリスは自分と魔女を重ねて頷いた。
「ユーロンの種族――黄龍族もそうだ。彼らはドラゴン属の中で最も人間と親しく、東方の一部の地域では神として崇められている」
東方では主に、神龍と称されている。彼らは太陽神クレアティオらと同じように、人間に自然の恵みをもたらすという。
「最大級の脅威にして災厄と言われているドラゴンが……神か……。あまり想像がつかないな」
ラルフは目を瞬かせながら、ユーロンを見つめる。
「まあ、地域差があるのは文化の違いってやつじゃねぇか? ドラゴン属自体、自然災害に匹敵するほどの力を持つ。そいつに歯向かうのか、共存したり良いとこ取りしたりするかで、敵か味方かが変化するんだろ」
「文化とか接し方によって違うって……、神と魔物の境界は意外と曖昧なんだな」
同じドラゴン属でも、人類の敵にもなるし味方にもなる。ラルフがそれを理解したのを眺め、ユーロンは満足そうに頷いた。
「そういうことだ。両者の境界は本来曖昧だし、その曖昧さを理解しているやつこそ、異なるものを受け入れて、多様な世界を築けるってわけだ」
「ということは――」
ユーロンとラルフのやり取りを黙って聞いていたアリスは、慎重に口を開いた。
「お前は前魔王と同じく、多様な世界を作ろうとしているんだな?」
「流石のお察し能力だな。まあ、そういうことだ」
「お前がマージナルな強者を集めているというのは、お前の思想に同意する軍勢を作ろうということか?」
「俺が考えてるのは、軍勢ってほどじゃねぇよ。仲間が多い方が物事を上手く運びやすい。それだけさ」
ユーロンは遠回しに、戦争を視野に入れていないという意図を示す。
「そういうことか……。だから前魔王は、お前を後継者に選んだんだな」
「戦いは嫌いじゃねぇが、余計な争いはしないに限る。種族が違うことを諍いの理由にしたくないってのは、親父殿に全面的に同意だしな」
ユーロンはヘラヘラと笑いながら、長い髪をかき上げる。
だが、その一瞬、彼の目に複雑な感情が宿ったのをアリスは見逃さなかった。
困惑と苛立ち、そして、理不尽。それらの感情がユーロンの金色の瞳に渦巻く。軽薄な彼からは想像もつかない、繊細な表情だった。
「ユーロン……」
「アリス、お前さんは」
アリスの声を遮るように、ふてぶてしい表情に戻ったユーロンは名を読んだ。
「な、なんだ?」
「お前さんは、俺のことをどう思う? 俺が目指すのは、全種族の和平。しかし、そいつは全てが平和に心地よく過ごすのではなく、気に食わねぇもんでも許容し、誰もが少しずつ我慢しなきゃならねぇ世界だ。そして、そんな世界の敵は――」
ユーロンの金色の瞳は、窓の外に映る崩れた山岳に向けられる。
「絶対的な正義。自らと違うことを許容せず、排除しようとする力だ。人間だろうが魔族だろうが、そいつと俺の思想は相容れねぇ。和平を目指したい俺でも、そいつとは戦わなきゃならねぇのさ」
「絶対的な……正義……」
「聖女にして死神のアリスよ。お前さんはどんな思想の持ち主なんだい? 俺は腹を割って話した。お前さんの意見も聞きたいね」
ユーロンはそこまで言い終わると、椅子の背もたれに身を委ねてアリスの返事を待った。
最強魔王の志を前に、最弱聖女は何を思う。
次回、アリスの決断が明らかに――。




