24 最弱聖女、ユーロンの正体を知る
「おい、やべぇぞ……」
盗賊団の男たちも青ざめ、避難しようとする。
だが、彼らは後ろ髪を引かれていた。じきに土砂崩れが起きる。そしたら、森のみならず、ふもとの村も呑み込まれてしまう。
「今から村に行って避難を促……いや、間に合わないか……!」
「クソッ、どうすれば……!」
ラルフも歯がゆそうに村を見下ろす。ジギタリスもまた、魔女と親交があった村の行く末を、悲痛な面持ちで見つめていた。
「無力だ……」
アリスは拳を握りしめる。
蘇生魔法と即死魔法。生死を分かつ魔法を扱えるアリスも、災害の前ではなす術もない。生き埋めになった人々を何とか掘り起こし、治癒魔法と蘇生魔法で救護に携わることはできるかもしれないが、掘り起こすのが遅くなってはなす術もない。
一同の間に絶望が過ぎる。
そんな中、ユーロンは色眼鏡を取ると、内ポケットに放り込んだ。
「おい、ジギタリス」
「な、なに?」
「お前さん、風属性魔法が得意だろ? 浮遊か滑空は使えるかい?」
「滑空なら使えるけど、麓まで降りる気!? 私の技術じゃそんなに速度も出ないし、今から避難を呼びかけても……」
「避難を呼びかけるんじゃねぇよ」
ユーロンは、次々と罅が入って崩れゆく地面を、悠々と歩く。
「それに、出力なら上げられるだろ?」
「はっ、これか!」
盗賊団の男たちは魔石を取り出し、ジギタリスに差し出す。
「そうだった……! これだけ魔石があれば、超特急で麓まで降りれるわ! 一応……全員……」
「じゃあ、全員降りるか。ここに居ても危ねぇし。まあ、安全は俺が保証するからよ」
ユーロンは軽々とそう言った。
一同は顔を見合わせる。果たして、彼は何をする気なのか。
「……わかった」
真っ先に頷いたのは、アリスだった。
「何をするつもりか知らないが、お前を信じよう」
「ありがとよ」
短いやり取りであったが、アリスが彼女なりに覚悟を決め、ユーロンに託しているのは見て取れた。ラルフやジギタリスたちも、お互いに頷き合う。
「それじゃあ、一気に麓に下りるわよ! みんな、手を繋いで! 舌を噛むんじゃないわよ!」
魔石を抱えたジギタリスは、地面に下り立ったかと思うと人間の姿へと転じた。
「風神ウェントゥスに従属する風よ! 私たちを安全に山の麓まで連れて行って! 速く!」
ジギタリスの切実な詠唱とともに、魔石がまばゆく光り出す。風神の加護たる風が、一同の足元に渦巻いた。
「いっけぇぇぇ!」
ジギタリスが叫んだ瞬間、そよ風は暴風へと変わる。
手を繋いで一つになった一同の身体が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間、麓に向けて急降下した。
「うおおおお、速い! 速過ぎる! これが滑空魔法なのか!?」
ラルフはジギタリスにしがみつきつつ、目を回す。
「本当はもっとゆっくりよ! 魔石の威力は違っっばばばっ!」
ジギタリスは舌を噛んでしまったらしく、ろれつが回っていなかった。
それでも、地上に着くまで魔法の制御を怠らず、一同は風の力で高台から滑空し、無事に村まで辿り着いた。
「あんたたち……! 何なんだ、あれ……!」
村人は家々から飛び出し、恐怖の表情で山岳地帯を見上げていた。彼らにつられて、アリスたちも自分たちがいた場所を見やる。
山岳地帯の一部が崩れ、無数の巨石が今まさに、斜面を転がって来ようとしていた。
山肌を削り、木々を巻き込み、大量の土砂を引きつれながら、山が津波の如く襲ってくる。
「早く逃げないと!」
「いいや」
ユーロンは逃げ惑う村人たちの前に出、一人、土砂崩れの前に立ちはだかった。
「全員、家の中に入るか伏せるか――口に布を当てて目をつぶってた方が良さそうだぜ」
「何をする気なんだ、ユーロン」
アリスが尋ねると、ユーロンはにやりと笑った。
「巨石を砕いて土砂を吹っ飛ばす」
「そ、そんなこと……!」
災害を打ち消すにはは、災害クラスの力でないと不可能だ。しかし、ユーロンは笑みを崩さなかった。
「やるさ。逆に、これくらいのことしか俺はできねぇのよ」
「……そ、そうか」
アリスは村人たちの方に向き直る。
だが、アリスが指示するよりも早く、ラルフとジギタリスが叫んだ。
「みんな、家の中に入って!」
「山から連れてきた連中も入れてやって! 義理堅い奴らだから、助かったら労働力くらいにはなるわよ!」
「二人とも……」
自分が正にやろうとしたことを率先してくれた二人に、アリスは目を丸くする。
「アリスがあいつのことを信じるなら、俺も信じるよ。俺はアリスを信じてるし」
ラルフはニッと笑い、ユーロンの指示に従って姿勢を低くする。
「これしか選択肢がないなら仕方がないでしょ。それに私、あいつになんか引っかかるのよね……」
ジギタリスもまた、物陰にするりと身を潜ませた。
アリスもユーロンに従い、マントで口を覆う。
しかし、目だけは離せなかった。ユーロンが何をするのか、見極めたかったのだ。
「さてと。風神の加護の名残もあるし、おあつらえ向きかね」
ユーロンは懐から扇を取り出す。気品あふれる黄金のそれを開いた瞬間、辺りに、今までとは比べ物にならないほどの風が吹いた。
「なんだこれ……嵐か……!?」
ラルフは建物にしがみつく。気を緩めたら吹き飛ばされてしまいそうな風を、アリスも身を以って感じた。
「天空の覇者の代行が命じる――」
村を押しつぶさんと迫りくる土砂。襲いかかる巨石。地響きと暴風があらゆる音を呑み込もうとしているにもかかわらず、ユーロンの声はあまりにも鮮明に響き渡った。
「爆ぜな」
ユーロンは黄金の扇で、目の前の災厄を薙ぐ。
すると、風も地響きも、一瞬だけ止まった。
静寂が辺りを支配する。しかし次の瞬間、逆流した暴風が槍の如く巨石を貫き、土砂を巻き込んで山に吹きつけた。
「うわわわわっ!」
家の中でも尚、暴風の余波に翻弄される村人たちであったが、家に迎え入れられた盗賊の男たちが彼らに代わって窓を閉め切る。ラルフとジギタリス、そしてアリスも吹き飛ばされそうになるが、お互いに手を繋ぎ、肩を抱き合い、なんとかその場に踏みとどまった。
粉砕された巨石は砂となり、村にどっと降り注ぐ。家々の屋根は砂まみれになり、畑にうっすらと砂が積もるものの、災害はその程度で終わった。
「本当に……あの土砂を吹っ飛ばした……だと?」
アリスは俄かに信じられなかった。
目の前には、斜面が崩れて変形した山が佇んでいるのみだ。倒された木々は村の前に積み上がっているものの、土砂も巨石も見当たらない。
村を呑み込もうとした土砂と巨石は、全て粉砕して、砂となって辺りに降り注いだことだろう。村は砂まみれだし、森にも砂が降り注いだだろうし、山岳地帯にいたスペンサーらは砂を被ったかもしれないが、致命的な出来事には至らなかったはずだ。
「あー、さすがに疲れたな」
当のユーロンは、のん気に首をコキコキと鳴らしていた。
激しい暴風のど真ん中にいたせいか、彼の服は激しく煽られ、上半身の鍛え抜いた諸肌が見えていた。
その肌の一部が、陽光を受けて輝く。アリスは思わず息を呑んだ。
「おお、見られちまったか。まあ、いいけどよ」
「お前、その身体……」
ユーロンの腕と背中にかけて、金の美しい鱗が覆っていた。アリスの即死魔法を防いだ時の硬質な感触は、その鱗のものだったのか。
「ひっ、ひえっ、う、うそ、嘘でしょ……」
ジギタリスは腰から崩れ落ち、尻餅をつきながらも後ずさりする。
「おい、大丈夫か?」
ラルフが心配するが、ジギタリスの視線はユーロンに釘付けだった。彼女の顔は畏怖に歪み、達者なはずの口をパクパクさせている。
「やばいやばいやばい……」
「どうしたんだ、ジギタリス」
アリスもまた、ジギタリスを落ち着かせようと歩み寄る。すると、ジギタリスは震えながらアリスに縋りついた。
「まっ、まっ、ま……まお……まおう……」
「なに……?」
ジギタリスが辛うじて口にした単語に、アリスとラルフが顔を見合わせる。
当のユーロンは、乱れた金の髪をかき上げ、色眼鏡をかけ直す。
「仕方ねぇ。改めて自己紹介するぜ」
灰色の雲が途切れ、柔らかい陽光が降り注ぐ。人ならざる鱗を輝かせながら、ユーロンはふてぶてしいまでに堂々たる笑みを浮かべた。
「俺は黄龍族の王家の末子、鼬龍。魔王を継承した者だ」
「まっ、まっ……」
アリスとラルフもまた、ジギタリスのように声を失い、ユーロンを指さす。ユーロンは一同の動揺を楽しむかのように、歯を見せて笑った。
「ま、よろしくな」
「魔王~~~ッ!?」
アリスとラルフの悲鳴じみた声が、晴れゆく空に響き渡ったのであった。
ようやく0話と繋がった物語。
現魔王を前に、聖女一行は――!?




