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22 最弱聖女、聖騎士団と決裂す

「本性とは人聞きが悪い。我らは正義を実行しようとするまでよ」

 スペンサーはしれっとした顔で言った。

「あなたたちにとっての正義とは何か! 正義とは、弱者を守るためのものではないのか!」

「甘いな、聖女よ! 正義とは規律! 頂点に立つ者が決めた絶対的な基準だ! 弱者を守るなどという曖昧な考えが混沌を生み、無用な争いを引き起こすのだ!」

 スペンサーが片手を高らかに上げると、周囲の騎士や兵士らは武器を手に、足並みを揃えてアリスたちを囲む。


「国王が決めたことが正義で、他は許さない――か。だから、一介の魔女が善意で信頼を得、独自のコミュニティを作り上げていることを良しとしなかったのかい?」

 口を挟んだのは、ユーロンであった。

「なっ……! つまり異端とは、王都独自の枠組みから外れた者のことを指していたのか!」

 アリスは絶句し、スペンサーはせせら笑う。


 その態度が、ユーロンの言葉を肯定しているも同然であった。アリスの腕の中で、ジギタリスが震える。

「何よ、それ……。私のマスターは、そんなもののために殺されたの……?」

「喋る猫……グリマルキンだな? 魔女を拘束した時に見当たらなかったから、主を捨てて逃げたものかと思ったが……」

 スペンサーは訝しげに、猫の姿のジギタリスを見下ろす。

「マスターは、住処の奥に私を閉じ込めてたのよ。私が……マスターを助けに行って、むざむざ殺されないようにって……」

「ほう。それなのに、貴様は我らの前にいる。魔族とは実に愚かだな」

「私のことは何とでも言いなさい……。そんなことより、マスターから奪ったものはどこ?」

「生憎と、私は魔女の討伐に参加してなくてね。だが、城の保管庫にあるんじゃないか? 異端審問の押収物は、大抵、そこにぶち込んでいる」

 スペンサーは投げやりな態度であったが、ジギタリスは気にした様子もなかった。

「そう……王都にあるのね」

「まさか、奪還しようなどと考えていないだろうな」

「考えていたら何なのよ」

 ジギタリスは牙を剥いて唸る。スペンサーは、大袈裟に眉根を下げてみせた。

「無駄だと言いたいのさ。貴様のような雌猫一匹すら通れない厳重な警備だ。それに、王都には団長殿と副団長殿がいる。グリマルキンごとき、一瞬で串刺しよ」

「それでも、私は取り返す……! マスターとの大事な絆だもの!」

「絆ねぇ。まあ、異端の魔女と魔族ではお似合いか。穢れた者同士、哀れな末路を辿るに相応しい」

「こいつ……!」

 怒りが頂点に達したジギタリスは、アリスの腕に収まっていられなかった。

「おい、ジギタリス!」

 アリスが制止するのも虚しく、ジギタリスは柔らかい身体を駆使してするりとアリスの腕から抜け出し、スペンサーに目掛けて跳躍する。

「マスターを侮辱するな! クソ騎士がーーッ!」

「甘いわ!」

 スペンサーはジギタリスの爪をひらりと避け、手にした槍の柄で彼女を打ち据える。

「ぎゃっ」

 ジギタリスは身近い悲鳴をあげて宙を舞い、地に落ちる寸前でそばにいた盗賊団の男の一人に抱きかかえられた。

「おい、大丈夫か!」

「うう……。すまないわね……」

「気にすんな。魔女を慕い、あいつらにむかっ腹が立ってる者同士だ!」

 男たちの意思表示。それが、合図になった。


 彼らは力強い咆哮をあげながら、一斉にスペンサーに襲いかかる。

 彼らには地の利がある。何人かがアジトに向かい、保管していた武器を持ってくる。他者から奪ったつぎはぎだらけの装備であったが、一瞬で武装を済ませた。

 だが、スペンサーもまた、騎士や兵士たちに合図を送った。研ぎ澄まされた剣や槍を手にした彼らが、一斉に盗賊団へと襲いかかる。

「やれ! 一人残らず捕らえろ! その場で処分してもいい!」

「させるか!」

 ラルフもまた、両手剣を手に応戦する。

「致し方あるまい……!」

 アリスもまた、一歩下がって戦況を見極める。

 こちら側の気持ちは一つ。気概は充分だ。


 しかし、騎士団の動きは統率が取れている。訓練をしている彼らと、ほぼ我流の盗賊団、技術的な差は歴然であった。

「傷ついた者は一旦、戦線を離脱して後列で傷を癒せ! くれぐれも踏み込み過ぎるな!」

「おう!」

 アリスは、自らを中心とした治癒魔法の領域を展開する。

 地面に柔らかい光の魔法陣が現れ、癒しの力が生じた。

 手練れである騎士団を相手にして傷ついた男たちが魔法陣に入ると、見る見るうちに傷が塞がっていく。

「すげぇ……! 傷があっという間に塞がった」

「これならいける! 騎士たちを倒せるぜ!」

 男たちは奮い立ち、騎士に猛然と立ち向かう。これこそまさに、聖女の奇跡の一つ。


「範囲治癒魔法だと……!?」

 スペンサーは舌打ちをする。

「魔法陣の中に入った味方を癒す、中級治癒魔法か! 乱戦で大いに役立つ魔法! 一介の聖女がこれほどまでの力を持っているとは、なぜ……ッ!」

「熱心に勉強したからだッ!」

 スペンサーの疑問を、アリスは一蹴する。

「地道な努力!?」

 血筋がどうとか秘術がどうとかではなく、単純な理由にスペンサーは目を剥く。

「努力を重ねて勉学に励むその心意気やよし……! ここで果てさせるには惜しすぎる。どうだ。私が口利きするから、王都に来る気はないか?」

「なん……だと……?」

 スペンサーの誘いに、アリスの心が揺らぐ。


 王都行きという誘惑に魅せられたからではない。パクスに置いてきた愛しき後輩、ミレイユのことを思い出したからだ。

 彼女は王都の大聖堂にスカウトされることを夢見ていた。故郷へ錦を飾り、両親に親孝行するために。

 その純粋で尊い夢への懸け橋が、この傲慢たる騎士の気持ち一つで渡されようとすることに我慢ならなかった。


「断るッ!」

「何ィ!? 王都に来ればこのような場所で死ぬこともないどころか、高待遇を約束され、食うに困らないというのに! 何が不満だというのだ!」

「誇りだ! 私や親しい者の誇りが穢されることが、我慢ならない!」

「愚かな! 私の誘いを無碍にする、その独善的な誇りとやらごと、たた斬ってくれる!」

 スペンサーは馬上から槍を繰り出す。

 対するアリスは、治癒結界を維持しているせいで無防備だ。

「アリス!」

 異変に気付いてラルフが叫ぶ。聖騎士の相手をしている彼は、駆けつけることができない。

 だが、スペンサーの槍を阻む者がいた。


 ギィィンと金属音にも似た固い音がスペンサーの槍を弾く。

「無防備な聖女を攻撃とは感心しねぇな。そいつがお前さんの騎士道ってわけかい?」

「なん……だと……」

 アリスを守ったのは、ユーロンだった。

 しかも、槍の切っ先は彼の右腕で受け止めている。籠手も何も装備していないにもかかわらず、スペンサーの槍はユーロンに傷一つつけられなかった。

「袖の中に何を仕込んでいる!」

 スペンサーは慌てながら、馬をいななかせて距離を取る。

「仕込んでねぇよ。ただ、他人よりもちょいと、ツラと腕の皮が厚いだけさ」

 ユーロンはしれっとした顔で言った。

胡散臭い男、ユーロンがついに動く!

次回、スペンサーに裁きの鉄槌が……!?


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