20 最弱聖女、山岳地帯を往く
アリスたちは古城跡の地下室から出ると、山岳地帯へと向かった。
途中、森の中で助けた男も合流した。やはり彼も盗賊の一味で、仲間が心配だったようだ。
「あいつら……もう来てるっていうの……?」
猫の姿のジギタリスが、アリスに抱かれながら唸る。
「可能性は高い。動いているとしたら、止めなくては」
「どうやって!」
「説得でどうにかなれば一番いいんだが……」
しかし、相手の目的が本当に隠蔽だとしたら、それも難しいのではないかとアリスは勘付いていた。
「あんたの粛清パンチでやっつけてよ! マスターの仇なのよ!」
「それは……」
ジギタリスも、もとはといえば魔女とともに平和に暮らしていた存在だ。
彼女の行いは歪んでいたが、気持ちが理解できないほどアリスは堅物ではなかった。
「仇討ちなら、自分でやんな」
きっぱりと言い放ったのは、ユーロンであった。
「な、何よあんた! さっきから偉そうにして!」
「まあまあ、毛を逆立てなさんな。お前さんは、憎い相手を他人に討ち取られて満足かい?」
「うっ……」
ユーロンの問いに、ジギタリスは言葉を詰まらせる。
「お前さんの大事な存在のことを、他人に任せちまうのはどうかと思うがね。もし、怨敵を討ち取っても、しこりが残るんじゃねぇかい?」
「……そ、そうね」
ジギタリスは耳をぺたんと伏せる。
「時にお前さん、魔女とはどうやって知り合ったんだ?」
「人間領に迷い込んで追われていた時にマスターに助けてもらって、それから使い魔になったわけ。何か、恩を返したくて……」
「なるほどねぇ。魔族と人間は敵対してる。迷い込んじまうのは感心しないな」
苦笑するユーロンに対して、ジギタリスは唸った。
「仕方ないでしょ! 私の故郷が人間領の近くなんだもの! たびたび人間に攻め込まれて、命からがら逃げたってわけよ!」
「人間が魔族の領域に? 魔族が人間の領域を侵したから、退治したというのではなく?」
アリスが訝しげにしていると、ジギタリスは牙を剥いた。
「何言ってんの。境界区域はひどいもんよ。マスターに会うまでは、人間全てが野蛮な種族なんじゃないかって思ってたわ」
「ふむ……」
アリスは腑に落ちないものを感じていた。
世界は人間の領域と魔族の領域で大きく二分されているが、人間が魔族領に攻め込むという話は聞いたことがない。
だが、聞いたことがないというだけで、実際はあるのだろうか。
何が真実で、何が虚構なのか。
「最近は人間の侵攻が本当にひどくて……。そこで、魔王様の崩御だし――」
「魔王が死んだのか!?」
アリスと話を聞いていたラルフは声をあげる。
魔族の長である魔王。全ての争いの元凶と言われ、冒険者のみならず、全ての人類が討伐すべき最終目標である。
まさかそれが、いなくなっていたとは。
ジギタリスは沈痛な面持ちで目を伏せる。
「魔王様がお還りになる印が夜空に煌めいたからね。でも、王位継承の儀式はしたみたい。継承できてなかったら、世界の魔力のバランスが崩れちゃうし」
「王位継承……か。ということは、前魔王はいなくなったものの、魔王そのものはいるんだな」
「まあ、うん……」
アリスの言葉に、ジギタリスは煮え切らない返事をする。
「どうした?」
「噂、なんだけどさ。その王位継承したのが魔王様のドラ息子らしいのよ」
「ほう?」
アリスとラルフは目を瞬かせる。その横で、何故かユーロンが口角を吊り上げて笑っていた。
「魔王様には素晴らしきご子息やご息女が大勢いたのに、よりによって、放蕩の限りを尽くしている末子を王にしてしまったわけ」
「それは由々しき事態だな。……魔族間で、混乱は起きないのか?」
「どうかしら。魔族領に帰ってないからわからないわよ。でも、放蕩息子だし、王位継承しても漫遊してるんじゃないの?」
ジギタリスは、ひどく投げやりな態度であった。新魔王に対する期待の薄さが見て取れる。
「山の上に向かう道はこっちだ!」
一同を先導していた男が、山岳地帯の道を示す。険しくて狭い道だが、馬や荷馬車が通れない場所ではない。
「村からの合流地点は?」
「もう少し先だ」
アリスは盗賊たちに案内されながら、生い茂る木々のすき間から周辺環境を確認する。自分たちが先ほどまでいた森と村は、思った以上に隣接していた。
「魔女は村の暮らしも支えていたんだろうな……」
「そうね。村で怪我人や病人が出た時に、村の人間がマスターを訪ねて来たわ。村には教会もないから、今は大変だと思う」
ジギタリスはうつむく。
「村と魔女は密接なかかわりがあったのか」
村の様子がおかしかったのは、そのせいかもしれない。彼らは魔女がいなくなったことに気付き、森の異変に怯えていたのかもしれなかった。
「おい、聖女さん! こっちだ!」
先導の男が、山道の合流地点にアリスを招く。
ゴツゴツした苔むした岩場に囲まれた、見通しの悪い道だ。道は三差路になっており、一つはアリスたちがやってきた森へ、もう一つは村へ、そして、上り坂は山頂へ続いているという。
「やはり……」
ぬかるんだ道に、真新しい蹄の痕跡と轍があった。それは一糸乱れぬことなく一列になり、真っ直ぐに頂上へ向かっている。
「この感じ、行商人じゃなさそうだな」
ラルフもまた、アリスとともにしゃがんで痕跡を見やる。
「商隊よりもずっと統率が取れてるというか……。なんか、俺には馴染みがない感じだ」
「なるほどな。やはり、急いだ方がいいか……」
アリスは、盗賊たちに導かれるまま進む。彼らは山を熟知しており、ぬかるみが少ない場所や凹凸が少ない道を教えてくれた。
「君たちのアジトもこの先か?」
アリスが問うと、先導の男は頷いた。
「ああ。山道から少し離れた、見晴らしがいい場所だ。そこから、村と森を見渡せる」
「ならば、案内はある程度のところまででいい。聖騎士団は正義を貫く者たちだ。君たちが見つかったら、ただでは済まないだろう」
改心の兆しがあるとはいえ、彼らは盗賊だ。聖騎士団に見つかったら、即座に処分されるだろう。
しかし、盗賊たちは首を横に振った。
「ダメだ。聖女さんが真実を見極めようとしたように、俺たちも真実を知りてぇ。どうして、あんなに素晴らしい魔女が殺されなきゃいけなかったのか」
「そうだ! もし、聖騎士団が本当に魔女を処刑したのなら、俺たちの手で仇を討たなきゃならねぇ!」
血気盛んな男たちは、力いっぱい意気込む。
「あんたたち……」
アリスの腕の中で、ジギタリスが胸を打たれる。
「猫ちゃんよ」
「猫ちゃんじゃない! ジギタリス様よ!」
体毛を逆立てるジギタリスに、男はそっと何かを差し出した。粗削りながらも美しく輝くその石は――。
「魔石……!」
「あんたはこれが必要なんだろ。俺たちが持てるだけ持ってきてやったぜ」
男たちは歯を見せて笑う。ジギタリスはしばらくの間、彼らの心遣いに胸を打たれて声を失っていたが、やがて、そんな気持ちを隠すようにプイッとそっぽを向いた。
「べ、別に頼んでないし! それでも持ってきてくれるっていうなら、せいぜい頑張りなさい!」
「おっ。強がってるところも可愛いな、猫ちゃん」
「猫ちゃんじゃないって言ってるでしょ!」
男たちにつつかれ、ジギタリスはフシャーッと牙を剥く。
「ははっ、なんかいい感じだな。さっきまでの険悪なムードは嘘みたいだ」
彼らのやり取りに、ラルフはほっこりする。しかし、アリスの表情は晴れなかった。
「……もしかしたら、君たちのアジトはこの先か?」
山道からそれた藪の中に、獣道を見つけた。丁度、人一人通れるくらいの道幅で、延々と先まで続いている。
「ああ、そうだぜ」
「それならば、覚悟をした方がいい」
新章突入!
アリスたちを待ち受けるものとは!?
次回の更新予定は火曜日です。




