19 最弱聖女、魔女の事情を聴く
「魔女は死んだ……のか?」
ラルフが息を呑む。
「いいや。死んだが、生きている」
アリスたちと魔女の間を漂っていた土煙が引き、視界が晴れる。
そこに倒れていたのは、魔女ではなく猫であった。
「猫!? どうして……!」
「恐らく、これが魔女の正体だったのだろう」
アリスは膝を折り、猫に触れようとする。
しかし、猫はカッと目を見開くと、アリスの手を引っ掻いた。
「つぅ……」
「クソッタレ! 命が一つなくなったじゃない!」
猫はジギタリスと同じ声で唸る。
「やはり、グリマルキンだったか」
部屋の隅から、ユーロンが悠々と歩いてきた。
「グリマルキン……! なるほど、そういうことか!」
「えっ、どういうことだ?」
納得するアリスに対して、ラルフは一同を見比べつつ疑問を浮かべる。
「グリマルキンとは、魔女の使い魔だ。雌猫の姿をした魔族で、高い知性と魔力を持つがゆえに魔女の助手を務めることも少なくない」
ホフゴブリンと同様で、人間と共生できる魔族だとアリスは付け加えた。
「じゃあ、アリスの粛清パンチで死ななかったのも、そのせい……?」
「猫には九つの命があるというからな。実際の猫の命は一つだが、グリマルキンほどの魔力があれば九つくらいあっても不思議ではない」
そこまで言って、アリスはユーロンを見やる。
「お前は、ジギタリスの正体がグリマルキンだと知っていたのか」
「見てるうちに予想がついたって感じだな。こう見えても、魔族には詳しい」
ユーロンは色眼鏡を中指で持ち上げる。
「待てよ。それなら、魔女が他にいるってことか? だって、グリマルキンって魔女の使い魔なんだろ?」
ラルフの疑問に答えたのは、ジギタリスであった。
「魔女は死んだわ」
「死んだ……?」
「殺されたのよ」
忌々しげに吐き捨てるジギタリスに、アリスとラルフは息を呑み、ユーロンが顔をしかめた。
「一体、誰に……?」
「王都の聖騎士団」
「なっ……!」
一同が絶句し、地下室に緊張が走る。
ジギタリスは、地に落ちた三角帽子にヨタヨタと歩み寄り、前脚でぎゅっと握った。
「王都の聖騎士団が……なぜ……」
「異端審問ってやつ。魔族との繋がりがある人間は、下法使いとして処罰されるの。私の主人である魔女も……下法使いとして処刑されたわ」
ジギタリスの身体は小刻みに震える。怒りと悲しみの感情が混じった彼女は、両眼に大粒の涙を滲ませていた。
「なるほど。お前が聖騎士団を憎む理由はそれか。そして、魔石を採掘して聖騎士団と戦おうとしていたのは、弔い合戦だったのか……」
「……そうよ。マスターの仇を討って、マスターから奪った魔法道具の数々を返してもらおうと思ってたの。あいつらにとってはただの押収物かもしれないけど、私にとっては、マスターの大事な遺品だもの……」
「ジギタリス……」
男たちを捕えて奴隷のように働かせ、アリスたちを亡き者にしようとした暴虐の魔女。しかし、そんな彼女が深い悲しみと理不尽に対する怒りを持っていたとは。
アリスは、肩を震わせるジギタリスに憐憫の想いを抱く。彼女がしたことは許せなかったが、彼女自身を憎むことはできなかった。
「ようやく真相が見えてきたぜ。アリスとラルフに感謝しねぇとな」
ユーロンは顔をしかめたままそう言った。
「お前は、魔女の討伐よりも調査をしたがっていたな」
「ああ。人間における魔女ってのは、魔族におけるホフゴブリンやグリマルキンみたいなもんだ。魔族と共生できるマージナルな存在でね。俺はそういう存在を募りたかったのさ」
討伐も視野に入れるとアリスたちに告げたのは、ただの方便だったという。
「そこで、この地の魔女が候補に挙がった。だが、ある時期を境に悪逆非道な行いをしているという噂が囁かれるようになった。それが、どうもにおうと思ってね」
「それ、聖騎士団じゃねぇか……!?」
話に割り込んだのは、成り行きを見守っていた男たちであった。ジギタリスに捕らえられていた彼らは、ジギタリスが倒されたというのにその場に留まっていた。
「その噂、俺たちも聞いたぜ。だから、魔女が住んでるっていう古城に来たんだ」
「は? マスターの住処を襲撃して、金目のものを奪おうとしたんじゃないの?」
ジギタリスが目を丸くするが、男たちは首を横に振る。
「そんなこと、するわけがねぇ……。俺たちは魔女に――あんたのマスターに助けてもらったんだ」
「えっ……」
「俺たちは、それぞれの事情があって集落や村から追い出された者の寄せ集めだ。山にこもって、旅人や行商人から金品を奪って生活するしかなかった。だが、そんなある日、俺たちの中で病気に罹ったやつがいた」
流行り病だったという。
盗賊の彼らは、ふもとの村に赴いて治療を受けるわけにはいかない。感染を拡げないためには仲間を隔離し、見捨てるしかない。
だが、彼らにそれはできなかった。苦楽を共にした仲間を見殺しにするのは、何よりも苦痛であった。
そこで、森に住まう魔女のもとに駆け付けた。
「病人に善も悪もない。苦しむ者を救うのが私の役目」と言って、魔女は盗賊たちの住処へ赴き、三日三晩、ほとんど寝ずに看病してくれたという。
「マスターが留守を私に任せて何日かいなくなった時があったけど、もしかして……」
ジギタリスの言葉に、男たちは頷く。
「ああ。きっとその時、俺たちのアジトで仲間の看病をしてくれてたんだ……。本当に……良い人だった……。だから、噂を聞いた時は耳を疑ったし、あの人に何かあったんだと思って……」
「行ってみたら、あんたがいた。俺たちを救ってくれた魔女のかわりにあんたが居座っているのが許せなかった。もしかしたら、魔女を殺したのはあんたなんじゃないかとすら思っていたんだ。それがまさか、使い魔だったなんて……」
男たちはそう言ってうつむく。男たちもまた、真実を見誤ってジギタリスに襲いかかったのである。
「はぁ……? なにそれ……馬鹿みたい……」
ジギタリスの頬が引きつる。
「マスターを慕った連中を、私は足蹴にしながら搾取してたわけ……? なにそれ……私、完全に馬鹿じゃない……。マスターに顔向けできないよ……」
「顔向けできねぇのは、俺たちだって同じだ。勘違いして助手であるあんたに刃を向けちまったし、あんなに良くしてもらったのに、俺たちはまだ社会復帰できないでいる。誰からも奪わないように、畑を作って家畜を育てようとしてるけど、自給自足が実現するには、まだ時間がかかる……」
男たちはまだ、旅人や行商人から奪う日々を過ごしていたという。
しかし、命を絶対に奪わないことと、金品を奪い尽くさないことを厳守していた。
「盗賊からの護衛依頼があっても討伐依頼がなかったのは、そういうことだったのか……」
深刻な顔で話を聞いていたラルフは、納得したように頷く。アリスもまた、ジギタリスたちへの同情と聖騎士団に対する疑問が入り混じった表情で口を開いた。
「魔女の悪い噂を拡げたのは、魔女を処刑した理由を正当化するためか、それとも、魔女の仇を討とうとするジギタリスを悪い魔女と誤認させようとしたためか……」
スタティオで見た聖騎士団――主にオーウェンが、そのようなことをする人物とは思えなかった。しかし、聖騎士団が手引きをしたと考える方が自然であった。
「正当化と誤認。どっちも狙ってたんじゃねぇか?」
ユーロンは肩を竦める。
「政治ってのはそういうもんさ。プロパガンダをいかにうまく使うかが勝負だ。特に、人間みたいに仲間意識が強い種族はな」
「まるで、政治を行う当事者のような物言いだな」
アリスの鋭い視線。しかし、ユーロンはさらりと受け流した。
「どうだかな。まあ、俺はそういうのが苦手でね。ハリボテばかり見せてたら、いつか致命的なところで足を掬われそうだしな」
「ハリボテ……か」
そう言えば、聖騎士団が結成されたのはいつかとアリスは思い至る。
華やかな彼らの活躍は辺境の地であるパクスまで響いていたが、結成は割と最近だったはずだ。
聖騎士団がいれば大丈夫。魔族が攻めて来ても、彼らが王国を守ってくれる。そんな気持ちが漠然とあったが、その気持ちすら仕組まれたものであったら?
そもそも、異端審問など聞いたことがない。
世界は主に、豊穣神クレアティオを始めとする六柱の神によって維持されていると信じられているが、地域によって別の神も存在していることは広く知られている。
単に人類の敵である魔族に近しいから異端として処理されたのならば話が分からないでもないが、その場合は公表しない理由が分からない。
「いや、待て」
アリスはハッとする。
「悪い魔女の噂は、聖騎士団が動くための布石だ!」
「そうだ……! 聖騎士団が動いてるっていう噂だったもんな。あれは噂じゃなくて、本当で……」
「もう、来てる可能性がある」
「えっ!?」
焦るアリスにラルフを含む一同が目を丸くする。
「じゃあ、この古城に向かって……?」
「いや……」
アリスには、心当たりがあった。
「山岳地帯に向かう不自然な轍や馬の蹄の跡があっただろう? あれはもしかしたら、彼らのものかもしれない」
「どうして山岳地帯に? 魔女がいるのは森だろ?」
「……ラルフ。君は他人に見られて都合が悪いものは、どうする?」
「普通なら隠そうとするんだろうが、俺は隠さない!」
ラルフは胸を張って答え、アリスは眉間を揉んだ。
「……正々堂々を体現したような君に聞いたのが間違いだった。ジギタリスは?」
「私は……埋めちゃうわね。埋めたら見つかることなんて滅多にないし、あわよくば、土に還るかなーなんて」
気まずそうに答えてから、ジギタリスはハッとした。
「まさかあいつら、全部埋める気!?」
「有り得ない話ではない。魔女に関することを全て隠蔽しようとしているんだ! 魔女の処刑は、彼らにとって不都合なことがあるに違いない……!」
聖騎士団の妙な動き。そして、魔女を知る者たちの証言。それらを合わせてみると、見えなかったものが見えてくる。
アリスの推理に、ラルフやジギタリスたちは戸惑うように顔を見合わせていたが、やがて、頷き合った。
目指すは山岳地帯。真実を、求めるために。
魔女を巡る意外な真実が明らかになる!
山岳地帯でアリスたちを待つ者は……!?
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