16 最弱聖女、古城に潜入す
鬱蒼と茂った森を抜けると、崩れかけた古城が一行の前に立ちはだかった。
灰色の曇天と城壁に集うカラスの姿が、古城に渦巻く不吉を物語っている。城の主は当の昔にいなくなり、後世の存在が城を占拠しているのだろう。
すなわち、近隣を脅かし聖騎士団に睨まれ、アリスたちが相対しようとしている悪逆非道な魔女が。
「ここです……」
ユーロンに首根っこを引っ掴まれたままの男が、か細い声でそう言った。
「そのようだな。強い魔力を感じる」
アリスは、空気が緊張感に包まれているのに気づいていた。強い魔力の持ち主が、この中にいる。
「よし。もう行っていいぜ」
ユーロンは男の首根っこから手を離す。男はへっぴり腰でひょこひょこと立ち去った。時折、一行の様子を眺めながら、村ではなく茂みの方へ。
「村に戻らずに俺たちを待つつもりなのかな」
ラルフは不思議そうな顔をする。
「どうだろうな。弱っているとはいえ、彼の身のこなしはただの村人ではなさそうだ」
アリスは、男を訝しげに見送った。
「それって、どういう……」
「そいつに気付くとは、流石はアリスだな。実は、俺もあいつを捕まえている時に違和感を覚えていてね。村人にしちゃあ、そこそこイイ身体してる。それに、情けない顔をしながらも、俺に引っ掴まれても痛くない体勢を探ってたぜ」
ユーロンはにやりと笑う。
「奴隷として働かされているのは、村人ってわけでもなさそうだ」
「なっ……! 二人は違和感に気付いたのに、俺は気付けなかった……。戦士なのに……」
ラルフはショックを受けてくずおれる。
「お前さんは百二十パーセント善意でできてるから、悪意が見抜けねぇのは仕方がないんじゃねぇか」
「それ……どういう意味だ?」
「褒めてんのさ」
「そっか! 有り難う!」
ラルフはあっさりと立ち直る。そんなラルフに、アリスは溜息まじりで言い添えた。
「……君は騙されやすいから気を付けろよ」
「えっ! ユーロンの発言は皮肉ってことか!?」
いちいちショックを受けたり喜んだりと忙しいラルフをよそに、アリスは古城の入り口を見やる。
今のところ、仕掛けてくる気配はない。魔力の流れにも変化は見られない。
魔女は気付いていないのか、それとも、気付いていて敢えて泳がせているのか。
そして、罠にはまっていた男と、魔女の奴隷になっている仲間は何者なのか。
「いずれにしても、虎穴に入らなくては虎子を得られないからな」
アリスが一歩踏み出すと、ラルフは気持ちを切り替えて前衛に出る。アリスの斜め後ろには、ユーロンがいた。この男の真意も分からない。
様々な思惑が絡み合う中、アリスはラルフとともに古城に踏みこんだ。
廃墟の古城に足を踏み入れると、薄暗い闇が三人を包んだ。
アリスはランタンに火を点け、進行方向を照らす。
あちらこちらに、壊れた木箱やら樽やらが放置されている。それらは城よりも新しく、後から来た者が置いたのだろう。
「魔女のものだろうか」
アリスはすんと鼻を鳴らす。わずかながら、漬けられた薬草の匂いがした。
「やはり、魔法薬を作って生計を立てるタイプの魔女がいたようだな。しかし、そういった魔女が悪逆非道と呼ばれて人間を奴隷のように働かせるとは思えないが……」
「俺はあんまり魔女について詳しくないけど、魔女によってタイプが違うのか?」
周囲を警戒して進みながら、ラルフが問う。
「ああ。一般的に知られているのは、魔法に特化した魔女。つまり、女性ソーサラーとほぼ同義の存在だな。しかし、医療知識が豊富で魔法薬を作成することに長けた魔女もいる。こちらは、賢者や聖女と同じような役割をすることが多い」
「ふぅん。それじゃあ、良い魔女ってこと……か?」
「それだけで良いと決めるのは早計じゃねぇか?」
アリスに尋ねるラルフの間に、ユーロンの声が割り込む。
「でも、人を癒すのは良いことだろ?」
「医療知識が豊富ってことは、毒にも詳しいってことさ」
ユーロンはそう言って、アリスの方を見やる。
「……そうだ。ここに来るまでに毒草も多く見つけた。魔法薬タイプの魔女だからと言って、善良とは限らない。それに、薬も分量を間違えれば毒になる」
「な、なるほど……」
納得したのか、ラルフの声に緊張感が走る。
「それに、立場によって善悪が変わるのさ」
「ユーロン、それはどういう……」
ラルフはユーロンに尋ねようとしたが、次の瞬間、ハッとした。
「上だ!」
石造りの古城の天井は高く、ランタンの灯りは届かない。その闇の中に、いくつかの影が潜んでいたのだ。
ラルフが気づくと同時に頭上から飛び立ったそれは、翼と角が生えた子どもくらいの大きさの魔物――小悪魔だ。
「ギィィッ!」
インプの集団は、醜悪な顔を愉悦に歪めながら一行に襲いかかる。ラルフは迷うことなく、剣を抜いた。
「アリス、ユーロン、姿勢を低くして!」
「――いや、君がしゃがめ。背中を借りるぞ」
「へ?」
ラルフは背後に、ひんやりとした殺気を感じた。反射的に、両手剣にしがみつきながら膝を折る。
「邪悪なる悪鬼め! この私が、貴様らを処す!」
咆哮をあげるアリス。その手には即死魔法の具現化たる大鎌。
彼女はラルフの広い背中を踏みつけたかと思うと、インプに目掛けて跳躍した。
「一撃粛清!」
空中を舞うアリスがインプの集団を迎え討つ。アリスの叫びに偽りはなく、彼女のひと振りのもとにインプの集団は真っ二つになった。
「ギィーーーッ!」
炸裂霧散。インプたちは呆気なく黒い霧になって虚空へと散り散りになる。
「ひぇ……、強……」
語彙を喪失したラルフは、背中をさすりながら戦慄していた。そんな彼に、見事に着地したアリスが駆け寄る。
「すまない。君の背中をジャンプ台替わりにしてしまって……」
「それはご褒美……いや、別にいいんだけど、前衛の俺の意味……」
「君には体力を温存してもらいたかった。それに、両手剣で一掃できる数ではなかったからな」
「一掃は無理過ぎて反論の余地がないよ。しかし、あいつらは……」
「魔女が元凶だとしたら、手下だろう。あの統率が取れた動きは、間違いなく誰かに命令されている」
アリスは懐から、ペンジュラムを取り出す。
「それは?」
「魔力の痕跡を追跡できるものだ。インプはアストラル界に依存した下等魔族。魔力の痕跡は探りやすい」
アリスは足跡を辿る要領で、インプの魔力の痕跡を辿る。すると、ペンジュラムは通路の一角を示した。
「これか……」
崩れかけた古城の瓦礫に隠されるようにして、地下室への入り口があった。
地下室からは、わずかに風が吹いている。上昇気流が発生する熱源がある証拠だ。
「見事なもんだ」
一歩退いて成り行きを見ていたユーロンが称賛する。
「ヒントがあった」
「ほう?」
「インプが我々に襲いかかる直前、お前がこちらの方向を見ていたからだ」
アリスはユーロンをねめつける。
彼は全て知っていたのだ。インプが襲いかかってくること、そして、インプが地下室からやって来たことを。
「な、何だって……!? インプを倒すのも、インプが何処から来るか当てるのも、全部俺たちを試したってことか……?」
「強者を集めているらしい。そのテストでもされているのかもな」
信じられないものを見る目を向けるラルフに、アリスは事も無げに言った。それを聞いたユーロンは、可笑しそうに笑った。
「鋭いねぇ。それを悟った上で俺のさり気ない動きも利用しようって度胸、かなり俺好みだぜ?」
「生憎と、私は神々に仕えることと弱者を助けることしか考えていない」
アリスはさっさと地下室へ足を向ける。
「テストされてるのは癪だけど、悪い魔女がいるなら倒さないとな……」
ラルフもまた、決意は変わらないようだ。
階段は狭いので隊列を組み直し、ラルフは両手剣を構えたまま先行する。
「インプを使役していたのなら、やっぱり悪い魔女なのかな」
「……インプは特に、誰かに使役されるために具現化するタイプの魔族だ。そう考えると、あまりいい状態ではなさそうだ」
魔族は、人間に敵対的である場合が多い。
彼らは、炎を獲得して文明を築き、あっという間に世界各地に勢力を広げた人間を快く思っていないとアリスは聞かされていた。
ランタンに照らされた三人の影が、古びた地下室の石壁で不気味に踊る。
長い階段をしばらく降りていくと、徐々に視界が明るくなるのに気づいた。
「……いるな」
松明を燃やしているのか、地下室は明るいようだ。
複数の人間の気配と、話し声が聞こえる気がする。外で待っている男の仲間だろうか。
「強い魔力の気配も感じる。魔女がこの先にいるかもしれない」
「今度は俺が頑張るよ。アリスのお陰で、体力が温存できたし」
「ああ。頼んだ」
アリスとラルフは頷き合う。
アリスはユーロンの方を見やるが、彼は壁に寄りかかって二人のやり取りを眺めているだけだった。見物を決め込む気だろう。
ラルフが先行しながら、アリスたちは慎重に階段を下りた。
アリスたちが階段を下りた先で見たものとは……!?
次回、噂の魔女が立ちはだかる!?
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