15 最弱聖女、魔女の森に向かう
一行は、ユーロンが呼んだ馬車に乗って北の森近くの村まで辿り着いた。
待っていたのは、どんよりと曇った昼下がりの空であった。
村はアリスがいたパクスよりも小さく、集落ともいえる規模だ。ぽつぽつと建っている家々は、どれも扉と窓が閉め切られていた。
「妙だな」
アリスは村の様子がおかしいことに気付く。
「人の気配はするな。たぶん、家の中にいるんだろうけど……」
ラルフが手近な家の扉をノックする。
しかし、返ってくるのは沈黙のみだ。
「すいませーん。俺たちは冒険者です! 近くの森で魔女が暴れていると聞いてやって来たのですが!」
ラルフは声を張り上げる。しかし、誰一人として出て来ようとしない。家々の中や物陰からの視線だけが、三人に注がれていた。
「魔女から隠れているのか……?」
アリスは静まり返った村の様子を眺めてから、ユーロンを見やる。
だが、ユーロンは一歩退いたところで二人を眺めているだけだった。
試されている。
慎重に動かなくては、とアリスは自分に言い聞かせる。
ユーロンはアリスの即死魔法に興味を持っていた。そして、強者を集めようとしていた。
それが何故なのか見極めなくてはいけない。
もし、彼の目的が、弱者から大切なものを奪うことだとしたら、彼を処さなくてはいけない。もっとも、できれば――の話だが。
「あっ……」
奥の家の窓がわずかに開いているのを、ラルフが気づいた。
住民がこちらの様子を覗いていたのだ。目が合った瞬間、住民は短い悲鳴をあげた。
「ひっ」
「すいません! 話を聞かせてください!」
ラルフは締められそうになった窓に両手を突っ込み、無理やりこじ開けようとする。
「ひいいっ、馬鹿力!」
「怪しい者じゃないんです! 話だけ! 話だけ聞かせてください!」
怯え切った住民と、強引に聞き込みをしようとするラルフ。その後頭部に、アリスの手刀が振り下ろされた。
ゴッと鈍い音がする。
「痛っ」
「住民を怯えさせるな。どう考えても怪しいだろう」
「うう……。勢いあまって、つい」
後頭部を抱えるラルフをよそに、アリスは怯えた住民に頭を下げる。
「驚かせて申し訳ない。私たちはこの辺りを騒がせているという魔女の調査をしに来たんだ。魔女についての情報をきかせて欲しい」
「…………」
住民はじっとアリスを見つめていた。
困惑と胡乱が混ざった表情の住民は、小さくため息を吐いてこう言った。
「冒険者さん……森には入っちゃいけない。すぐに引き返しなさい」
「それは、どういう……」
「それは……」
住民は何かを語ろうと口を開く。だが、頭を振ったかと思うと、ぴしゃりと窓を閉ざしてしまった。
「……どういうことなんだ?」
「また、こじ開ける?」
「君は意外と脳筋だな。逆効果だから絶対にやるなよ」
立ち上がって窓に手をかけようとするラルフの首根っこを、アリスが引っ掴む。
アリスは辛抱強く待ってみたが、窓はそれっきり開かなかった。恐らく、アリスらがいる間は開かないだろう。
「北の森に行こう」
「いいのか? 入っちゃいけないって……」
踵を返すアリスに、ラルフが問う。
「入らなくてはわからないこともある」
「まあ、そうか……。魔女の存在が危ないから入っちゃいけない、って言われたのかもしれないし」
「そういうことだ」
アリスは振り返り、再度、村の様子を眺める。やはり、どこの扉も窓も閉ざされたままだった。
「ん?」
踏み固められた土の道に、馬の蹄の跡を見つける。自分たちが乗ってきた馬車のものではない。
それは真っ直ぐ、森とは別方向にのびていた。村と森に沿って山岳地帯があるので、山道に続いているのだろう。
「どうしたんだ?」
「いや、馬が通った跡があってな」
「行商人かな。山には盗賊の塒があるっていう噂もあるし、心配だな」
「ああ……」
何故だか、アリスの胸の奥はざわついていた。盗賊とは別の何か、嫌なものを感じる。
「行くのかい? 魔女に会いに」
ユーロンに声をかけられ、「あ、ああ」とアリスは頷く。
今は、魔女に集中しなくては。
「そう言えば、ユーロンの護衛も依頼に入っているのか?」
森の道は狭いはずだ。隊列を組まなくてはならないだろう。
だが、アリスの問いに、ユーロンは首を横に振った。
「いいや。自分の身くらい自分で守るさ。お前さんも、それくらいできるってこと知ってるだろう?」
「……まあな」
この男の出方にも気を配らなくてはいけない。信じるに足りる人物なのかどうかを。
アリスは気を引き締めながら、村の奥にある北の森へと向かった。
森は鬱蒼と茂っていた。
ホフゴブリンがいた森よりも湿度が高く、見慣れない植物があちらこちらに生えている。
知識が豊富なアリスは貴重な薬草を数種類見つけ、恐ろしい毒草がその倍以上あることに気付いた。
「魔女は魔法薬を生成して生計を立てていたのか?」
「さあ? そこまでは知らねぇが、こんな森だしな」
アリスの問いに、ユーロンが答えた。
「おま……あなたも、薬草や毒草があることを見抜いているのか」
「お前でいいぜ」
言い直すアリスに、ユーロンが笑う。言動こそ歩み寄りが見受けられるものの、彼がアリスを見る目は底知れない。
「お前! 胡散臭い眼差しでアリスを見るな!」
アリスの前に、ラルフが立ちはだかった。
「なんだ。お前さんには許可してないぜ」
からかうように笑うユーロンに、ラルフは「ぐっ」と言葉を詰まらせる。
「というか、自己紹介をしてもらってないぞ! 俺はラルフ・スミス! 冒険者で、クラスはフェンサーだ! よろしく!」
ラルフはユーロンに食って掛かりながらも、律義に自らのフルネームを名乗る。
「そいつは失礼。俺はユーロン。まあ、旅人とでも」
「旅人? 人買いじゃないのか……?」
「生憎と、人身売買には興味なくてね」
ユーロンはしれっとした顔で言った。
「それよりも、お前さんの苗字がスミスってことは、鍛冶屋の息子か?」
「ああ。両親が鍛冶師だ……」
ラルフは警戒しながら答えた。
「ふぅん。それじゃあ、お前さんが背負っている両手剣も親が鍛えたのか」
「そうだが……。ウチの親に手を出す気じゃないだろうな」
「馬鹿言え。いい腕前だと思っただけさ。それだけの腕を持った鍛冶師なんてそうそう居ねぇ。親を大事にしな」
「ユーロン!」
ラルフの表情がパッと輝き、歓喜に満ちた。
「アリス!」
ラルフは嬉々とした表情で、先行していたアリスの元へとすっ飛んで行く。
「ユーロンはいいやつだ!」
「ラルフ……。君は善良だが単純だな」
アリスは頭を抱える。世間は、ラルフのような人物をチョロいと表現する。
「アリス、お前さんの両親は?」
ラルフの後から悠々と歩いて来たユーロンは、アリスに尋ねた。
「私の両親は、とうに死んだ」
「そうかい。それじゃあ、俺と同じだな」
「……お前も?」
アリスは思わず、目を見張った。
「親父殿はつい最近。母親は、ずいぶん前に死んだらしい」
「それは、お悔やみを申し上げる……。エラトゥスの元での安息を祈ろう」
アリスは死者を弔う印を切ろうとするが、ユーロンの大きな手がそれを制した。
「親父殿が向かったのはそっちじゃねぇ。大気となって雲とともに空から俺たちを見守ってるんだ」
「それは、どういう……」
人は死ぬとエラトゥスの元へ行く。かの衛星に向かわずに大気となるとは、まるで人外――魔族のようではないか。
「だが、母親は従神の元にいるかもしれねぇな。どっちにしろ、印を受け取るのは墓を見つけて墓参りを済ませてからだ」
「母親の墓が何処にあるかわからないのか?」
「母親の姿もろくに見たことがなくてね。どこに住んでたのか、どこに葬られたのかもわからねぇ。ま、気長に探すさ」
ユーロンはあっけらかんとしていた。
「……そうか。私と父もそのような感じだ。お前の母親の墓探しにも協力したいところだな」
「へぇ、同情してくれるってか。優しいねぇ」
ユーロンはおどけるようにアリスの肩を抱く。驚いたアリスは、ユーロンの手を慌てて払った。
「おい、私は真面目に……!」
「いいんだよ。自分で見つけることに意義がある。お前さんのその優しさは、有り難く受け取っておくけどな」
「食えない男だ……」
毒づくアリスに、ユーロンは軽薄な笑みを浮かべるだけだった。
「ふ、二人とも!」
先行していたラルフが声をあげる。アリスとユーロンは警戒しながらそちらを振り返った。
すると、大樹の太い枝から何かがぶら下がっていた。
人間だ。
網に囚われた人間が、哀れに身体を折り曲げている。
「動物用の罠か? いや、それにしては大きいし頑丈だ」
アリスは網の罠をつぶさに観察する。まるで、人のために作られた罠のようであった。
「おーい、大丈夫か?」
ラルフが声をかけると、網に掛かっていた男は呻き声をあげた。どうやら、気絶していただけらしい。
「はっ……! あ、あんたたち、助けてくれ!」
網に掛かった男は、無理な体勢になりながらも網を揺さぶって助けを求める。
「暴れたら危ないって! 動かずに待ってて!」
ラルフはアリスと協力して罠を解除し、網ごと男を地面に下ろす。
網を取り外すと、男は地面の上に大の字になった。
「あーっ! 死ぬかと思った……! 関節がもうバキバキだ……」
「どうしたと言うんだ? この罠、まるで対人じゃないか」
アリスはしゃがみ込み、男に目線を合わせようとする。すると、男は血走った目を見開いた。
「そうだ! 魔女!」
「魔女……だと?」
「魔女から逃げて来たんだ! あいつ、俺たちを捕えて奴隷みたいに働かせやがって……! 仲間がまだ、魔女の住処に……」
「なっ……!」
アリスと、話を聞いていたラルフの声が重なる。
男の衣服は簡素なもので、すり切れてボロボロになっている。男の様子も正に、奴隷と表現するに相応しい。
「ということは、この罠は魔女が奴隷を逃がさないための……?」
「きっとそうだ! 助けてくれよ!」
男はアリスに縋りつこうとする。
しかし、その間にユーロンが割って入った。
「丁度いい」
ユーロンは男の首根っこをひょいと掴む。
「こいつに道案内をさせればいいだろ」
「ひえっ」
男は短い悲鳴をあげる。アリスは首を横に振った。
「彼は衰弱している。村に帰した方がいい」
「こいつが無事に逃げて来たエリアは罠がねぇし、魔女の住処も知ってる。逃がすテはねぇだろ」
「だが……」
アリスは心配そうに男を見やる。
男もまた助けを求めようと口を開いたが、ユーロンにひと睨みされて居竦んだ。
「道案内、やるよな?」
「や、ヤラセテイタダキマス……」
男はカクカクと頷く。
「……まあ、無理をするなよ」
「やっぱり、ユーロンは反社会的勢力なんじゃあ……」
眉間を揉むアリスと、ドン引きするラルフ。
だが、ユーロンが言っていることが間違っていないことも、アリスは理解していた。
せめても、と思ってアリスは男の傷を軽く癒し、ゴブリンからお礼として受け取った芳醇なベリーを食べさせてから、一行は魔女の住処へと向かった。
魔女の森を進む一行。
そこで待ち受けていたものとは一一。
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