14 最弱聖女、自称旅人の依頼を請ける
町の入り口が見え、大通りに並ぶ食堂からいい香りが漂ってくる。
アリスの足取りは自然と軽くなり、ようやく立ち直ったラルフもまた、足並みを揃えた。
だが、アリスはふと足を止める。
町を囲む壁に背を預け、金の髪の胡散臭い男が待っていたからだ。
「よぉ、おかえり。ご苦労さんだったな」
「ユーロン」
夜の闇を背負いつつ、町の灯りにぼんやりと照らし出されるその様は、彼の妖しい美丈夫っぷりを際立たせていた。
ユーロンが口角を吊り上げて笑うと、ラルフがアリスの前に立ちふさがる。
「なんだ、あんた。胡散臭い奴だな」
「へぇ。勇ましい仲間ができたみたいじゃねぇか」
凄むラルフに対して、すらりとした長身のユーロンは薄笑いで見下ろす。それが癪に障ったのか、ラルフは軽く唸った。
「大丈夫だ。よくわからない男だが、敵じゃない」
アリスはラルフを制しながら、ユーロンに問う。
「調べ物は、終わったのか?」
「ああ。お前さんは腹ペコだろうから、飯でも誘おうと思ったのさ」
「飯……ッ!」
アリスの警戒心が揺らぐ。「しっかりして!?」とラルフがアリスを揺さぶった。
「この人買いか、ならず者のボスみたいなやつは信用ならない! 歓楽街の変な店に連れて行かれて、毒でも盛られるぞ!」
「信用ねぇな。まあ、護衛としては上出来か」
警戒するラルフを楽しそうに眺めながら、ユーロンは続けた。
「安心しな。大通り沿いの料亭で個室を予約してる。店には二名って伝えてあるが、一人増えたところで変わんねぇだろ。部屋、広いし」
ついてきな、とユーロンは踵を返す。
「りょうていの?」
「こしつ?」
アリスとラルフはキョトンとした表情で顔を合わせると、揃って目を瞬かせながらユーロンの後を追った。
町の大通りの一角に、東方諸国の店が立ち並ぶ区域があった。
ユーロンが二人を案内したのは、その中で最も高級な東方風食堂である。
柴垣に囲まれた木造の建物は、周囲の石造りの建物とは一線を画している。店自体は大通りに面しているが、出入り口は通りを一本入ったところにあり、一歩踏み入れると心地よい静寂が包み込んでくれるという、不思議な空間であった。
迎えてくれた女将はユーロンの顔を見るなり、喜んで一行を案内してくれた。
アリスとラルフが戸惑いながらブーツを脱ぎ、恐る恐る木造の床を踏みしめて向かった先は、中庭の見える畳敷きの広々とした一室であった。
「な、なんだこれは。植物を編んだ床なのか?」
畳の目をなぞりながら、アリスは目を丸くする。
「そいつはイグサを編み込んで作ってる。この辺じゃ見ねぇ植物だな」
ユーロンは遠慮なく上座に座りながら答えた。
「なんてやわらかい……。包み込むように優しくて繊細な床だ……。絨毯とも違う……。ブーツを脱いだのはこれを傷つけないためなんだな」
ラルフに至っては、畳に感動するあまり這いつくばって頬を寄せている。
「東方の建築物なんて、書物でしか見たことがなかったな。まさか、こんなところにあるとは……」
「俺なんて、この町に出入りして長いのに、こんなところは初めて入ったよ。この辺のエリアは物価が高いし、東方の人間ばっかりだからさ」
アリスとラルフは木の柱から梁に至るまで、しげしげと眺めた。
「東方は遠い。転送魔法を使っても輸送費が嵩んじまうのさ。まあ、今日は俺の奢りだから楽しんでくれや」
「本当か!? 太っ腹だな!」
ラルフは目を輝かせる。
一方、アリスは目つきを鋭くし、周囲の観察をやめ、ユーロンに倣って座布団に腰を下ろした。
「そのもてなしに、相応の見返りを求めているんだろう? 私たちに何をさせたい」
「はっ、確かに!」
ラルフもまた、慌ててアリスの隣に座った。
「ははっ、鋭い洞察力だな。話が早くて助かるぜ」
ユーロンはひとしきり可笑しそうに笑ったかと思うと、身を乗り出して声を潜める。
「お前さんたちに、個人的に依頼をしたい」
「冒険者ギルドを介さずに――か?」
アリスとラルフは怪訝な顔をする。
「ああ。ギルドを介したら仲介料がかかるだろう? そしたら、お前さんたちに行く報酬も少なくなっちまう」
「違うな」
アリスはぴしゃりと否定した。
「あなたは、ギルドに知られたくない依頼をしたいんだろう?」
「ご名答。――と言いたいところだが、少し違う」
「何処がだ」
「依頼自体はギルドに知られても構わないものが大半だ。俺がギルドに知られたくないのは、俺自身だ。ちょいと複雑な立場でね」
「……複雑な立場、だと?」
アリスはユーロンをねめつける。だが、ユーロンはしれっとした顔で鋭い視線を受け流した。
「あんた、何者なんだ?」
ラルフもまた、警戒しながらユーロンに問う。しかし、ユーロンは肩を竦めただけだった。
「悪いな。人には言えねぇ事情ってのがあるわけよ。――なぁ、アリス」
ユーロンはアリスに水を向ける。
確かに、アリスが即死魔法を得た過程はおいそれと他人に話せない。アリスは苦々しげな表情で、肯定の沈黙を返した。
気まずい空気が流れる。
そんな中、タイミングを見計らったかのように個室に食事が運ばれた。
ずらりと並ぶ懐石料理。空腹を刺激する美味しそうな香りが漂っていた。
しかし、アリスもラルフも、飛びつきたいのを我慢して、箸を付けずにユーロンの出方を窺う。
「お前さんたちには、魔女狩りを頼みたいんだ」
「魔女狩りだと?」
アリスが眉をしかめ、ラルフがハッとする。
「もしかして、北の森の魔女……?」
「さすがは中級の冒険者。知ってるじゃねぇか」
ユーロンはにやりと笑った。
「北の森に魔女が潜んでいるというのか?」
アリスに問われ、ラルフは「ああ」と頷いた。
「北の街道をしばらく行くと、大きな森があるんだ。魔物も多く目撃されているし、山岳地帯も近いせいで盗賊が隠れ家を作ることも多くて、たまに護衛の依頼なんかが出ている場所でさ。ただ、少し前から依頼がぴたりと止まったんだ」
「それは妙な話だな」
「代わりに、北の森で悪逆非道な魔女が暴れているっていう噂を聞くようになった。ギルドに討伐依頼が入ると思って気にしてたんだけど、なかなか入らなくてさ」
近隣には小さな村があるという。ラルフは、村の人々の身を案じていた。
「冒険者ギルドの出る幕じゃねぇと思ってるのさ」
「誰がだ?」
アリスとラルフはユーロンを見やる。ユーロンは勿体ぶるような沈黙の後、声を潜めてこう言った。
「王都の聖騎士団。そいつらが介入しようとしている」
「王都の……聖騎士団!?」
アリスとラルフの声が重なる。
ゴブリンの住処に行く前に見た、オーウェンたちが頭を過ぎる。彼らは鉱山のワイバーン狩りの後だったようだし、分隊が動いているのだろうか。
「聖騎士団が動くほどの相手なのか、その魔女っていうのは……」
ラルフは固唾を呑む。
しかし、アリスは眉間に皺を寄せたままだった。
「それほどまでに恐ろしい相手――つまり、聖騎士団が動くほどの災厄クラスであれば、もっと知名度があってもいいはずだ」
「た、確かに。魔女一人なら、ワイバーンより恐ろしいとも思えないよな」
アリスの見解にラルフは納得する。
「その魔女の存在は王都にとって、何か重要な意味があるんじゃないか?」
「アリスは話が早くて助かるぜ。俺もそう思ってるから調査をしてぇんだ」
「では、討伐というよりも調査がメインということか……」
「そういうことだ。引き受けてくれるか?」
アリスは沈黙する。
果たして、ユーロンの話に乗っていいのだろうか。
「アリス……」
ラルフも迷うような視線をアリスに向ける。彼も決めかねているだろう。
悪逆非道な魔女が本当に暴れていて、近隣の村にも被害が及んでいるとしたら見過ごせない。
だが、もし聖騎士団が動いているのだとしたら、自分たちが出る幕なのだろうか。
それに加え、ユーロンはあまりにも胡散臭すぎる。もし、聖騎士団と敵対している立場だとしたら――。
「引き受けよう」
アリスは決断する。
ラルフは息を呑み、ユーロンはほくそ笑んだ。
「ただし、私の信条に反することがあれば、途中で放棄する可能性もある。それを念頭に置いて欲しい」
「構わないぜ」
アリスが提示した条件に、ユーロンはあっさりと頷いた。
「ラルフ、君はどうする? ギルドの依頼でもないし、私一人で引き受けることも可能だが――」
「行くとも!」
アリスの言葉が終わらないうちに、ラルフは了承した。
「君を一人にするなんてとんでもない。それに、もし、本当に困っている人たちがいたら助けたい」
「そうか。愚問だったな」
真っ直ぐなラルフの瞳に、アリスはふと表情を緩めた。彼の実直な正義感は心地がいい。
「それじゃ、飯でも食いながら報酬の話でもするか。依頼の詳細は道すがらで構わねぇかい?」
ユーロンは懐石料理に手を合わせると、さっさと箸を手にする。
「道すがらということは、ユーロンも来るのか?」
「勿論。お手並み拝見と行かせてもらうぜ」
アリスの問いに、ユーロンはにやりと笑う。
「……あなたの方が、我々よりもはるかに強いはずだがな」
「俺は迂闊に手を出せねぇんだ。さっきも言ったが、立場が複雑でね」
ユーロンは立場の部分を、再度強調する。
そんな二人の様子を見て、ラルフは遠慮がちにタリスマンを掲げる。ユーロンのレベルを計測しようとしたのだろう。
だが、その表情はすぐにしかめっ面に変わった。
「どうだった?」
アリスの耳打ちに、ラルフは首を横に振った。
「計測不可能だ。でも、タリスマンの測定なんてなくても、ただ者じゃないことは気配で分かる」
一方、ユーロンは余裕の表情だ。
「アンチアナライズの特性を持ってるから、その玩具じゃ俺のレベルは計測できないぜ。まあ、そんなもんで測れるレベルなんて、つまらねぇ基準を物差しにしているに過ぎないしな」
「ううん、確かに……」
ラルフはアリスの方を見やる。アリスは最弱レベルだが、蘇生魔法と即死魔法を駆使する反則的なスペックだ。
そんな中、アリスのお腹から大地を揺るがさんばかりの轟音が響く。
アリスははっと顔を赤らめ、お腹を押さえた。
「す、すまない……!」
「いやいや。俺もめちゃくちゃお腹空いてるから、腹の虫が鳴る気持ちは超わかるよ!」
恥じらうアリスに、ラルフが慌ててフォローする。
「ほら、さっさと喰いな。冷めちまうと勿体ないぜ」
ユーロンはお吸い物を啜りながら、二人を促す。
アリスとラルフは顔を見合わせたかと思うと、初めて使う箸を不器用に握りながら、懐石料理に手を付けたのであった。
不可解な魔女の噂と、ユーロンの目的とは!?
次回から魔女編!
火・金曜日更新になる予定です。
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