12 最弱聖女、堅実剣士と悪を挫く
アリスとラルフは町に戻り、葡萄酒を扱っている商人を調べる。
すると、町はずれに拠点があるマリアンヌ商会の葡萄酒だけが被害に遭っていなかった。更に、町中の酒場がこぞってマリアンヌ商会の葡萄酒を買い求め、売り上げは跳ね上がっていたという。
被害に遭った商人たちが言っていた、前会長に溺愛されたワガママ娘が取り仕切っているという商会だ。
町はずれの拠点とやらに赴くと、そこには豪邸が建っていた。
広い敷地を高い塀が囲っている。だが、アリスは塀沿いに伸びている木を見つけ、するすると昇ってしまった。
「こんなに木登りが上手い女の子、初めて見た……」
「田舎暮らしだったからな」
慄くラルフに、アリスはさらりと返した。
「全体的にスペックが高いんだよ、アリスは。むしろ、出来ないことなんてあるの?」
「私はレベル1で君よりも弱いんだぞ?」
「それ、判定が間違ってると思うんだよなぁ」
さらりと返すアリスに、ラルフはぼやく。
塀の中は美しい庭園であった。ユニコーンやドラゴンを模したトピアリーがずらりと並び、色とりどりの花が植えられている。
「へぇ、綺麗だな」
「見ろ」
感心するラルフを小突き、アリスは庭の隅を指さした。
華やかな庭に、陰りがあった。忌むべきもののように置かれた、獣用の檻だ。薄汚れたその檻に、人型の生き物が詰め込まれている。
「子どものゴブリンだ……!」
「ああ。私の予想が当たっていたようだ。当たっていて欲しくなかったが」
「弱ってる……。ゴブリンとは言え、さすがに可哀想だ……」
ゴブリンの子どもたちの衛生状態は最悪だった。
食事用の皿はひどく汚れていて、檻の中は糞尿にまみれている。ゴブリンたちは痩せ衰え、ぐったりして動かないものもいた。
「ラルフ、あの檻は壊せるか?」
「檻は難しいかもしれないけど、錠前ならどついて壊せる」
「充分だ」
アリスとラルフは頷き合う。
目的は一緒だ。ゴブリンの子どもたちを助けなくては。
見張りがいないことを確認してから、二人は庭に降り立つ。姿勢を低くして、足音を忍ばせ、注意深くゴブリンの檻に歩み寄った。
「キィ……」
ゴブリンの子どもが弱々しげな瞳で二人を見つめる。見知らぬ武装した人間に対して、明らかに警戒し、怯えていた。
「大丈夫だ。今、群れのところへ帰してやる」
アリスがそう言って安心させ、ラルフが剣の柄で錠前を壊そうとしたその時だった。
「そこまでよ、盗人ども!」
甲高い女の声が二人を制する。
見ると、豪邸のバルコニーから天に昇らんばかりに髪を盛った派手な装いの女がこちらを見下ろしていた。
露骨な贅沢三昧。この人物は間違いなく――。
「貴様が、商会の会長――マリアンヌか」
「いかにも!」
マリアンヌは、アリスに向かってふんぞり返る。
「ゴブリンの巣を襲撃し、ゴブリンの子どもを攫い、彼らを脅迫してライバルの商人の荷物を襲わせた外道め!」
叫ぶアリスに、マリアンヌは少しも動じずにほくそ笑んだ。
「ふぅん、そこまでわかってるんだ」
「貴様……! 悪びれもせずに!」
「自分では直接手を下さないようにして、そんな……。ゴブリンが人間を襲うなんて日常茶飯事だし、ただのゴブリンの襲撃だと思わせていたのか」
人間のゴロツキを雇ったとしても、彼らが捕まって尋問されては終わりだ。その点、ゴブリンの言語を理解する者は少ないので、ゴブリンから秘密が漏れる心配は少ない。
アリスの隣で、ラルフは忌々しげにマリアンヌを見やる。だが、マリアンヌは煩わしそうに眉を寄せただけであった。
「そこのゴブリンども、もういらないから持って行ったら? 飼うのもだるくなって来たし」
「なん……だと?」
「冒険者ギルドに依頼が行った時点で、そろそろ潮時だと思ったのよね。まさか、ここまで来るとは思わなかったケド」
マリアンヌは肩を竦める。
「それよりも、稼いだお金でいい護衛を雇えたし、今度はその子を使ってひと稼ぎできないかと思って。あんたたちは、護衛の腕試しに使ってあげるわ」
マリアンヌはにたりと笑うと、パンパンと手を叩く。
「ポチ! 出番よ!」
「ポチ? 犬か……狼か!?」
ラルフは周囲を見回し、アリスはロッドを構える。
狼であれば身軽で牙も鋭く、知能も高い。相手としては厄介だが、驚異の度合いはゴブリンとそれほど変わらないはずだ。
アリスが訝しげに思った瞬間、屋敷の壁の一部が吹き飛んだ。
「なっ……!」
「グオオオオオオオッ!」
舞い上がる粉塵。咆哮とともに現れた巨体。
毛むくじゃらの身体にぼろ切れみたいな衣服をまとい、腕と足に鎖を巻いた野性味溢れる存在が、アリスたちの前に現れた。
「なんだこいつ! オーガか!?」
人を喰らう鬼と呼ぶにふさわしい容貌に、ラルフは息を呑む。しかし、マリアンヌは小馬鹿にしたように鼻で嗤った。
「残念だったわね。人間よ!」
「人間なんだ!?」
「一度暴れ出したら手がつけられない、千人殺しのバーサーカー! 敵も味方も殺し過ぎたせいで冒険者ギルドから追放されて牢に放り込まれていたところを、私が救ってあげたわけ。金の力でね!」
「ヌゥゥゥン!」
マリアンヌに呼応するように、ポチはトピアリーを引っこ抜き、ラルフとアリスに目掛けて降り下ろす。
「あぶなっ!」
「なんて力だ……!」
二人はとっさに飛び退くものの、トピアリーを棍棒代わりに振るうポチの勢いは止まらない。彼は目の前にある、ゴブリンの檻にトピアリーを叩きつけた。
「キ、キィ……!」
怯え切ったゴブリンの子どもたちは、身を寄せ合って震える。トピアリーはポチの猛攻に耐えられずに折れてしまうが、ポチは構わず拳で殴り続けた。
まさに狂戦士。理性はいずこへ行ったのか。オーガの方が知的ですらある。
「やめろ!」
アリスが叫び、飛び出そうとする。
それよりも早く、ラルフの剣がポチの拳を受け止めた。
痺れるような衝撃がラルフの両腕に走る。ラルフは歯を食いしばり、大地に足をめり込ませながらも、なんとかポチを押し戻した。
「こいつ、レベル30だ! 強いッ!」
ラルフはタリスマンでの計測結果をアリスに共有する。
「30……だと? 君ともレベル差があるじゃないか……!」
「ああ。だけど――」
ラルフは、可哀想なくらい縮こまっているゴブリンの子どもたちを見やる。それから、アリスに目を向けた。
「君はレベル差があったら逃げるのかい?」
「……いいや、逃げるわけにはいかない。魔物とは言え、このゴブリンの子どもたちは弱者だ。強者が弱者を踏みつけていい通りはない」
アリスの答えに迷いはない。
「だろうね! アリスならそう言うと思った。だから、俺も逃げないんだ。君にカッコ悪いところを見せたくない!」
ラルフもまた、迷いはなかった。
「グゥゥ……!」
一方、自分が押し戻されたことにポチは驚愕していた。しかし、見開かれた目は、すぐにニタリと粘ついた笑みに変わる。
「面白い……。少しは骨がありそうだッッ!」
「人語を喋った!?」
標的をラルフに絞るポチと、ポチに人間の知性が残っていたことに驚くラルフ。
ポチは圧倒的な力とスピードであるが、ラルフもそれに負けていない。彼はポチのハンマーのような拳から放たれる桁外れのパワーを受け流し、反撃の機会を窺っている。
「ポチィィ! そんなひょろっこい相手に手間取ってるんじゃないよ! 負けたら飯抜きよ!」
「ヌゥゥ! 飯、食いたい! 牛の肉、五頭分!」
マリアンヌのヒステリックな声に、ポチの勢いが増した。
「うわっ!」
頭から突進するポチを、ラルフは間髪容れずに避ける。ポチはそのまま屋敷の壁に突っ込み、壁は音を立てて崩れ落ちた。
「直撃したらやばいな。だが、このパワーを維持し続けるのは難しいはず……!」
ラルフの目に確信が宿る。
「ラルフ……」
「アリス、こっちは任せてくれ!」
ラルフはマリアンヌを顎で指す。アリスは彼に頷いた。
マリアンヌ自体が戦闘に参加することはないが、彼女がポチを上手く御していることは確かだ。
それに、今回の黒幕は彼女である。
「ポチ! そのボウヤはあんたのスタミナ切れを狙ってるわよ! 動きを封じなさい!」
「グゥゥゥ!」
マリアンヌに指示されたポチは、辺りのトピアリーを手当たり次第に抜いたかと思うと、ラルフに目掛けて投げ放つ。
「くっ……! 指示が的確過ぎる……!」
ラルフはひらりとトピアリーの雨をかいくぐり、ポチと距離を取ろうとする。だが、彼の足は地に叩きつけられた憐れなトピアリーに阻まれた。
「しまった! こいつ、最初から俺の足場を狭めるのが目的だったのか!」
ラルフの周りには、引っこ抜かれたトピアリーの山が築き上げられている。ラルフがトピアリーを飛び越える前にポチが動いた。
「小僧ゥゥ! 庭のシミになれぇぇえ!」
ポチは大砲のごとき勢いでラルフに掴みかかろうとする。その手に掴まれれば、筋肉が潰されて骨が砕かれるに違いない。
ラルフは敵を見据える。
攻撃をまともに受けてはいけない。押し潰されるだろう。
中途半端に逃げてはいけない。捕らえられて壊されるだろう。
ならば、踏み込むしかない。相手の勢いがあればあるほど、威力が増すはずだ。
「一か八か。やるしかない……!」
「小僧ォォォ!」
「来い!」
ラルフは腰を落とし、標的の動きを見極める。
レベル差がなんだ。
仮に大怪我をしたって、アリスがいる。中級の治癒魔法を習得した彼女であれば、砕かれた骨も元に戻せるだろう。
ラルフにとって、アリスの存在は頼もしかった。彼女がいれば、何だってできそうな気すらする。
ポチの勢いはすさまじい。だが、戦いと破壊に対してあまりにも前のめりで、隙は大きかった。
「そこだぁぁぁっ!」
ラルフは見つける。標的に到達する軌跡を。
刃はポチの両腕を縫い、ラルフの身体のすぐそばをポチの指が掠める。自らの手が空を切って顔をしかめたポチの額に、ラルフの剣が叩きつけられた。
「ぐおぉぉぉぉっ!」
パッと血飛沫が散り、ポチは額を押さえて悲鳴をあげる。普通の相手であれば致命傷だが、ポチの強靭な身体では命を取るには至らなかった。
「なっ、なにしてんのよ!」
マリアンヌは、バルコニーから身を乗り出さんばかりに驚嘆する。
「クソッ! 高い金出して雇ったのに……! たしか、即効性の治療薬が……」
マリアンヌが治療薬を探しに行こうとしたその瞬間、漆黒のひんやりとした刃が、彼女の首に添えられた。
「やめておけ」
「ヒッ」
マリアンヌの真後ろに、アリスがいた。彼女の低い声に込められたただならぬ殺気に、マリアンヌは小刻みに震える。
アリスが手にした大鎌が死を招くことを、マリアンヌは知らない。それでも、魂が危険を察知していた。
「み、見逃してよ。ゴブリンは無傷で解放するし、金は積むからさぁ……」
「貴様の汚れた金など要らない。そんなものを受け取るくらいなら、泥水を啜って路上で寝た方がマシだ」
「せ、正義感が強いのね。それじゃあ、今回のこと、正直に商人ギルドに話すから……っ」
「今更、貴様を信用すると思うか?」
アリスの声に凄みが増す。
「わたくしを、どうする気……?」
「私が冒険者ギルドに引き渡し、事情を説明する。そして、然るべき罰を受けてもらう」
マリアンヌは、「ヒィー」と小さく悲鳴をあげた。
もう、どんな小細工も通用しない。そう悟った彼女は覚悟を決め、懐に忍ばせていたナイフを抜いた。
「お、お、大人しくしてれば付け上がりやがって! テメェのような後衛の小娘、わたくしみたいな商人でも殺れ――」
「貴様の不相応な鼻っ柱、処さなければいけないようだな」
アリスのため息が零れる。
刹那、漆黒の一閃がマリアンヌの鼻を過ぎった。
「えっ?」
彼女のすらりとした鼻に、亀裂が入る。
次の瞬間、マリアンヌの鼻が弾けた。
「おっ、おぺっぺっ、わ、わたくしの鼻が……ひゃながぁぁっ!」
マリアンヌは噴き出す鼻血を押さえ、激痛のあまり地べたに這いつくばって悶絶する。盛られた髪は乱れ、豪奢な服は血で汚れ、哀れな姿になっていた。
バルコニーの下では、ラルフもまたポチと決着をつけていた。
横たわるポチの息はあるものの、動く気力はないように見えた。
そんなポチの巨体の前で、ラルフは驚愕の表情でアリスを見上げていた。彼は見たのだ。アリスが即死魔法を行使するところを。
「アリス……君は……」
ラルフの呟きが、風に運ばれてアリスの耳に届く。それに対して、アリスはただ、沈黙を返したのであった。
即死魔法のことがラルフに知られてしまったアリス!
正しき心を持つ青年は、その恐ろしい力を前に何を語るのか――!?
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