11 最弱聖女、ゴブリンの秘密を暴く
アリスはラルフとともに、件の街道へと向かう。
パクスに繋がる街道とは違い、往来が多くて道も整備されている。
だが、見晴らしが悪い岩場がいくつかあり、森の中を突っ切らなくてはいけない場所もある。すれ違った行商人の荷馬車には、どれも護衛と思しき冒険者が数人乗り込んでいた。ゴブリン騒ぎのせいで、皆、神経を尖らせているのだろう。
「普通のゴブリン相手だったら、初級の冒険者数人で何とかなる場合が多いけど、この地形だと荷物を守って追い返すのが精いっぱいかもしれないな」
「地形がかなり入り組んでいる場所がある。ゴブリンの巣を突き止めるのにも骨が折れそうだ」
街道の脇に逸れ、森の中に足を踏み入れながらアリスは言った。
近隣の町との間に大きな森が横たわっているため、街道は森を通る形になったのだろう。
よく見れば、あちらこちらにベリーが成る低木があり、土も柔らかく、肥沃な森だということがわかった。
「草食動物が多そうだな。食糧も豊富だし、熊が出るのも納得だ」
地面に落ちた食べかけのベリーや散らばった種を見て、アリスは言った。
「だろ? 因みに、熊の巣はこっち」
ラルフは辺りを警戒しながら、アリスを先導するように森の中を進んだ。
「足元に気を付けて。ゴブリンは罠を仕掛ける時があるから」
「ああ。前は君に任せたから、私は後ろを警戒しよう」
「オッケー。……って、本当にレベル1? 冒険慣れしてない?」
「……本当にレベル1だ」
「そうは思えないよ。元々、用心深い性格なのかな。めちゃくちゃ頼もしい!」
「それは何よりだ」
後方をアリスに任せ、ラルフは前方への注意に専念する。アリスもまた、後ろから何者かがついて来ないか気を配りつつ、足元にも目を光らせた。
「ん?」
アリスは、伸びっ放しの雑草に紛れて、細いロープのようなものが落ちているのに気づいた。
「罠か?」
「ああ。元罠だな」
アリスが手にしたのは、鳴子であった。手編みの細いロープに、削った木がぶら下げられているという簡単なもので、足に引っ掛けると音が鳴り、侵入者の存在が知れ渡るというものだ。
しかし鳴子は、張ったロープに侵入者が足を引っかけることで音が鳴るものだ。アリスが持っているのは、ちぎれた鳴子だった。
「ってことは、この近くだ。やっぱり熊の穴を使ってるな」
「だが、おかしくないか? 鳴子はこの状態では機能しない。そのままにしておくか?」
「それは使えなくなったから捨てたんじゃないか?」
「ならば、新しい鳴子があるはずだろう」
「あっ、そうか。名推理」
ラルフは納得したように手を叩く。
たしかに、新しい鳴子は見当たらない。壊れた鳴子だけであった。
「ロープが腐りかけているし、最近のものではないな」
何故だ、とアリスは首を傾げる。鳴子を仕掛けるほど周到なゴブリンが、そのままにするとは思えない。
「あった」
ラルフは小声で叫び、アリスを手招く。
彼の前には、しゃがんだ成人男性の頭すれすれくらいの高さの、大きな穴があった。
木々と岩陰に隠れているので、その存在を知っている者しかたどり着けないだろう。草も生い茂っているので、足跡も残りにくい。
奥を覗いてみると、立ち上がれるほどの広い空間になっており、うっすらと松明の光が揺らいでいた。
「……いるな」
熊の住処に、松明は不自然だ。
「俺が先に行くよ」
「ああ、頼む」
入り口は熊の巣穴の流用であったが、奥は違っていた。
手掘りであろう土壁と、いくつもの部屋が見て取れる。
「やっぱり、獣のにおいがきついな。あとは、貯蔵している食糧か?」
備蓄庫と思しき部屋には、ベリーや干し肉や干し魚が備えられていた。アリスは樽やズタ袋に入ったそれらを眺め、違和感を覚える。
「……どういうことだ?」
「アリス!」
殺気を感じて振り返ると、棍棒を持ったゴブリンが飛びかかるところであった。
だが、ラルフが飛び出す方が早い。
彼は両手剣でゴブリンの棍棒をいなし、怯んだゴブリンに斬りつけた。
「ギィッ!」
ゴブリンの悲鳴が響くとともに、あちらこちらの部屋から他のゴブリンが顔を出す。
醜い姿をした人型の魔物だ。彼らは道具を器用に使いこなし、社会を形成し、時に人を襲う邪悪な妖精の一種であった。
その中に、帽子を被ったゴブリンがいた。ゴブリンの中でもひと際大きく、目に知性の光を感じる。
「ギギィ!」
帽子を被ったゴブリンが叫ぶと、他のゴブリンが一斉に二人に襲いかかる。
アリスは殺気を右手に集中させようとするが、ラルフの大きな背中が立ちふさがった。
「治癒は任せる。その代わりに、こいつらは君に決して触れさせやしない!」
「……了解した」
狭い洞窟の中だ。即死魔法の大鎌を振るえば、ラルフに当たってしまうかもしれない。
アリスは殺気を押さえ、ロッドを構える。ラルフがいつ怪我をしても大丈夫なように治癒魔法の準備をしていたが、ラルフはあっという間にゴブリンたちを斬り伏せた。
「ラルフ、弓だ!」
「おう!」
ラルフが大立ち回りをしている最中、帽子を被ったゴブリンが弓で彼を狙っていた。だが、アリスが目ざとく見つけたおかげで、ラルフの両手剣は帽子のゴブリンもろとも弓を打ち砕く。
「ギ……ギィィ……」
負傷したゴブリンたちは横たわり、天井を仰ぎ、呻いている。実に鮮やかな剣さばきであった。
「これで最後、かな。意外と呆気なかったな」
「巣穴に覚えがあったのが良かったのだろう。そもそも、ここまでたどり着ける冒険者がいなかったのかもしれない」
「でも、鳴子は壊されてたよな」
「……それなんだが」
アリスは、斬られても尚、折れた矢の矢じりを握りしめ、闖入者であるアリスたちに殺気を放つ帽子のゴブリンに歩み寄る。
「おい、アリス! 危ないぞ!」
ラルフが止めようとするが、アリスがゴブリンの腕をひねり上げ、矢じりをむしり取る方が早かった。
「この事件の黒幕が他にいる。こいつらは利用されただけだ」
「なんだって?」
アリスはそう言うや否や、ゴブリンに治癒魔法をかける。帽子のゴブリンの傷は、見る見るうちに癒えていった。
「ど、どういうことなんだ?」
「狙われた行商人たちが取り扱っている品の中に、共通しているものがあった。ゴブリンたちがその品を好んで狙っているのかと思ったが、備蓄庫には見当たらない」
「気が付かなかった……。どんな品なんだ?」
「葡萄酒だ」
「こ、高級品じゃないか! もしかして、各地から入ってきた葡萄酒が、軒並み襲われてたってことか?」
「だから、商人ギルドが直々に依頼をくれたんだろう」
もっとも、襲われた行商人の荷馬車には葡萄酒以外も積んでいたため、商人ギルドは葡萄酒が共通して狙われていたとは気づけなかったようだ。単純に被害総額が大きかったので、冒険者ギルドに依頼をしてきたのだろう。
「でも、どうして。ゴブリンたちは葡萄酒を自分のものにしてたわけじゃないんだろ?」
「ああ。備蓄庫にもなかったし、特別飢えているわけでもなさそうだ」
アリスは首を傾げながら、呻いているゴブリンたちを見やった。
「ギ、ギギッ!」
帽子のゴブリンが、戸惑いがちにアリスに声をかける。アリスは、二、三度咳払いをすると、声を潰しながら答えた。
「ギィ、ギギッ、ギッ」
「アリスぅ!?」
いきなりゴブリン語を話し始めたアリスに、ラルフは目を剥く。
「ああ、驚かせてすまない。『すまない、怪我、治す』くらいのニュアンスを伝えた。発音に自信がないから、恥ずかしいのだが……」
「いやいや、恥じらうところ!? どうして知ってるんだ。ゴブリン語なんて!」
「村の教会に、ゴブリン語を研究しているという学者が立ち寄ったことがあってな。その時に教わったんだ」
「世界は広いな……。そんな研究をしている学者がいるんだ……。っていうか、ゴブリン語を習得するアリスは多芸すぎじゃないか?」
「勉強をするのが好きなもので……」
「真面目か……」
ラルフはアリスのストイックさに震える。
一方、ゴブリンには意図が通じたようで、帽子のゴブリンは一歩退いた。
アリスはそんな彼に頷き返すと、怪我がひどいゴブリンから順に、治療に当たった。
ラルフもまた、「な、なんかごめん」と謝りながら、歩けないゴブリンを支えながらアリスの元へと導く。
「ゴブリンに治癒魔法を使う人なんて初めて見た……。ゴブリンは人間の生活を脅かす魔物なのに……」
「魔物とは言え、意志の疎通ができるのならば慈悲をかけるべきだと思った」
「さすがは元聖女。優しいんだね」
「……そうでもないさ」
優しい者であれば、盗賊団を皆殺しにしたりしない。
アリスは心の中で、ラルフの賛辞を否定する。
その一方で、アリスの手際は良く、ゴブリンの治療はあっという間に終わった。
「ギギギィ……」
帽子のゴブリンは、イマイチ状況が呑み込めない表情のまま、アリスに頭を下げる。
他のゴブリンも、ラルフすらも同じ顔だった。何せ、事件の真相を探り当てたのは、アリスしかいないのだから。
「そいつは、ホフゴブリンだ」
アリスは、帽子のゴブリンを顎で指す。
「名前は聞いたことがあるが、あまり出くわさないな。確か、一般的なゴブリンよりも高度な知性を持っていて、手先も更に器用なんだっけ」
「ああ。ホフゴブリンは、その高い知能ゆえに人間と共存することが稀ではない。悪戯好きではあるが、衣服や食べ物をくれてやると働いてくれることもある。ラルフがあまり知らないなら、この辺りではホフゴブリンがあまり生息していないんだろう。恐らく、そいつは群れからはぐれてここに辿り着き、普通のゴブリンたちのリーダーになったんだ」
人間を襲うけだもののようなゴブリンたちに、罠を作って住処を防衛しつつ、ベリーを摘んだり動物の肉を加工して保存したりする方法を教えたのだろう。それで、他のゴブリンに慕われてリーダーになったということか。
「人間を襲えば、ゴブリンよりも強い冒険者が駆除しに来る。だから、知能が高いホフゴブリンは、仲間に人間を襲わないように教えていたんだ」
「でも、行商人たちは襲われてたよな……?」
「正確には、荷物がな。被害届を見る限りでは、被害は荷物に集中している。人間にも多少の被害があるが、荷物襲撃の際に巻き込まれたのだろう」
アリスは鼻を鳴らし、耳を澄ませる。
「どうしたんだい?」
「いや、他にゴブリンはいないかと思ってな」
「いないんじゃないかな。気配もないし、いたとしたら飛び出してくるんじゃないか?」
「ふむ。ならば、不自然だと思わないか?」
アリスは怪我を治療したゴブリンたちを、ぐるりと見回す。ホフゴブリンだけが少し大柄であったが、他のゴブリンは同じくらいの大きさだ。
「ここには、成人したゴブリンしかいない。これだけの人数で食糧も豊富なコミュニティで、子どもがいないのは不思議じゃないか?」
「た、たしかに!」
ラルフは目を丸くする。
アリスはしゃがみ込み、ホフゴブリンと同じ目線になってこう尋ねた。
拙いゴブリン語で、「子ども、さらわれた?」と。
「ギィィ! ギィ、ギィ!」
「ギギギィ!」
ゴブリンたちは一斉に叫ぶ。
怒り、悲嘆。そして、懇願がアリスに集まった。
「ど、どうしたっていうんだ?」
「やはりな……」
戸惑うラルフの横で、アリスは胸に暗い炎を宿す。
「こいつらの子どもは攫われている。この巣は一度、襲撃に遭っているんだ。鳴子はその時に壊されて、そのまま放置されていたんだろう」
修復していないのは、守るべき子どもがいないから。
「ラルフ。一度町に戻るぞ」
「えっ、でも、依頼は――」
立ち上がったアリスに尋ねようとするラルフであったが、アリスの顔を見て、ギョッとした。
「葡萄酒を扱っていて、襲撃に遭っていない商人を探す。そこに、粛清すべき悪があるはずだ……!」
正義に燃える赤い瞳。溢れる怒りと滲む殺意。
ラルフは息を呑み、無言で頷くことしかできなかった。
敵対しているはずの魔物を助けるアリス。
しかし、悪しき心を持つ相手は、種族が何であろうと容赦しない!
次回、アリスが黒幕を粛正!?
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