9 最弱聖女、堅実剣士と出会う
「ラルフさん」
スタッフは、青年をそう呼んだ。
「引き受けていた狼退治が終わったんですけど……、この惨状は……」
ラルフは受付の周りを訝しげに眺める。何せ、ウォーリアの血が大量に落ちているのだ。それに加え、血腥いマントをまとったアリスもいる。
「す、すまない、それは私が……」
アリスが惨状を説明しようとしたものの、スタッフは勢いよく立ち上がり、アリスの口を塞いだ。
「むぐっ!?」
「狩猟した生き物を持ち込んでしまった冒険者さんがいたんですよ。ごめんなさい、すぐに片づけますからね」
スタッフはそう言って、そそくさとモップを手にし、床をごしごしと磨き始める。
「な、なるほど。それは大変でしたね」
ラルフも納得したようだ。その上、「手伝いましょうか」と自分も用具入れからモップを取り出した。
「いいのか……?」
アリスは戸惑う。スタッフはそんな彼女に耳打ちをした。
「場を収めてくださったお礼です。それに、あのパーティーの方々には、私も煮え湯を飲まされていたので」
スタッフはぱちんとウインクをする。手持ち無沙汰になってしまったアリスは、二人を手伝うべく自らもモップを手に取った。
「煮え湯を飲まされたということは、あなたも迷惑を?」
モップ掛けをしながら、アリスは問う。
「そう……ですね。割のいい仕事を秘密裏に斡旋しろと半ば脅迫気味に言われたり、強引に食事に誘われたり、あまつさえ、宿屋に連れ込まれそうになったり……」
「それは……大変だったな。冒険者はそういう連中もいるんだな……」
「レベル制度があって、ヒエラルキー構造が可視化されてますからね……。レベルが低い方は、レベルが高い方にはなかなか逆らえません。ましてや、私たちのような冒険者ではない最弱職は……」
「そうか……」
はたから見れば、冒険者は華やかな仕事だ。
しかし、そうとも限らないらしい。
アリスは、善良でありながらも搾取される立場になっているギルドのスタッフに、心の底から同情した。
「あっ、でも、そういう人ばかりじゃないので。ラルフさんは、とても良い人ですから!」
「確かに、そのようだな」
アリスは、必死に床を掃除するラルフを見やる。その姿は、実直を絵に描いたようだった。
「よし、終わった」
三人がかりで床掃除をしたので、床は来た時よりも美しくなっていた。
手伝いをしていたラルフは満足そうに床を眺めると、律義に三人分のモップを片付けてから依頼完了の報告をした。
「君は、一人で討伐をしたのか?」
アリスの素朴な疑問に、ラルフは「ああ」と頷く。
「狼退治くらいなら、ソロでも大丈夫だからね。前はパーティーを組んでたんだけど、相棒のヒーラーが最近冒険者を辞めちゃったからさ」
相棒のヒーラーとやらは、いきなり商売に目覚めて冒険者を辞めて行商人になってしまったらしい。
「あっ、そうでしたね。それならば、アリスさんはどうですか?」
「えっ?」
目を輝かせるスタッフに、アリスとラルフはキョトンとしてしまった。
「アリスさんも、最初にパーティーを組むのでしたら、ラルフさんはいいパートナーになると思いますよ。この前も、初心者の冒険者さんの手伝いをしてくれたような方ですし」
スタッフはテキパキと、ラルフにアリスを、アリスにラルフを紹介する。
「アリス・ロザリオさんか。いい名前だね」
「アリスでいい。君のことは、ラルフで構わないか」
「もちろん」
ラルフ・スミスと名乗った彼は爽やかな好青年であった。彼の陽光のような笑みに、アリスは好感を抱いた。
「アリスはレベル1で依頼は初めて。だけど、討伐をやりたいからパーティーを探している――と」
「ええ。ラルフさんでしたらレベル23ですし、簡単な依頼ならフォローできると思いまして」
スタッフは、二人のレベルに見合った依頼をいくつか見繕ってくれる。
「んー。クラスはなんでしたっけ」
「プリーストだ」
スタッフの代わりに、アリスが答える。すると、ラルフの表情が明るくなった。
「助かる! ヒーラーかプリースト――とにかく、治癒魔法が使えるメンバーを探してたんだ。因みに、治癒魔法は使えるよな? 簡単なやつでいいんだけど」
「問題ない。治癒魔法なら解毒魔法も含めて中級クラスまで会得している。蘇生魔法の儀式も可能だから、君のフォローはできるはずだ」
「蘇生魔法ぅぅぅ!?」
ラルフは目を飛び出さんばかりに仰天する。
「し、しかも、中級治癒魔法も!? えっ、レベル1なのに?」
「アリスさんは元聖女様なんですよ」
スタッフが耳打ちすると、ラルフはのけぞった。
「聖女!? そんな人が、どうしてここに!?」
「その……私では力不足だろうか……」
申し訳なさそうにするアリスに、「とんでもない!」とラルフは全力で首を横に振った。
「むしろ、俺にはオーバースペックだよ! 蘇生魔法が使えるなんて、王都の大聖堂クラスじゃないか! そんな人材、冒険になんて連れて行けないよ!」
ラルフは、「思い直せ」とか「この町の教会を案内しよう」とか言いながら、アリスを何とか説得しようとする。だが、アリスの意思は揺らがなかった。
「死は冒険中にやってくるものだ。蘇生魔法の使い手がその場にいれば、助かる命もある」
「そ、それは……確かに……そうかもしれないけど……」
「私は手遅れになる人間を増やしたくない。危険なのは元より承知だ」
「腹括り過ぎじゃない? 人生二回目みたいな顔してるし……。君の覚悟ができてても、俺の覚悟ができないよ……」
アリスの揺るがない双眸が、戸惑うラルフを見つめる。ラルフは「でも」とか「いやしかし」とか唸っていたが、やがて、首を縦に振った。
「わかった。まずは実戦経験を積もう」
「すまない。恩に着る」
「狼は乱戦になることがあるから避けるとして、定番はゴブリン退治かな。丁度、気になる依頼があったんだ」
ラルフはスタッフが用意した依頼の中から、街道のゴブリン騒動を解決して欲しいという依頼を選ぶ。
どうやら、街道をゆく行商人の荷馬車が、ゴブリンの集団に襲われているらしい。
複数の行商人が被害に遭っており、商人ギルド経由で依頼が来ているのだが、冒険者が退治に行くと決まって姿を現さないという。
「ふむ、妙だな……」
「だよね。変な感じがするのもあるし、行商人が被害に遭ってるっていうのも放っておけなくて」
「君の元パーティーメンバーも行商人になったと言ったな」
「ああ。今のところ、被害者リストには入ってないようだけど」
ラルフは、商人ギルドから寄せられた情報に、つぶさに目を通していた。
「友人想いだな」
「友だちの成功を祈るのは、当たり前だろ」
ラルフは白い歯を見せて笑うと、アリスの確認を取った上でゴブリン騒動解決の依頼を受注した。
「お二人とも、お気をつけてくださいね。アリスさんは、わからないことがあったり困ったことがあったりしたら、遠慮なく冒険者ギルドに来てください」
受付のスタッフは、テキパキと手続きをする。
「ああ。有り難う」
「まあ、その前に俺が教えるけどさ」
「頼もしいな」
アリスが微笑むと、ラルフは照れくさそうに笑い返した。
「君の方が頼もしいけどね。どう見ても、俺よりもレベルが高い面構えだし」
「生憎と、レベル1の最弱らしいがな」
アリスは苦笑しつつ、ラルフとともに冒険者ギルドを後にする。受付スタッフは笑顔で、二人を見送ってくれた。
正統派主人公っぽい青年、ラルフとの出会い。
初パーティーを組んだアリスは、無事に依頼をこなせるのか!?
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