表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
9/34

9.食べ物につられる

    ***



 ――と、いうわけで。


(おぉ……)


 エリーの目の前には、おいしそうな朝食が並んでいた。

 目玉焼きにハムとチーズ、新鮮なサラダ、焼き立てのパン。スープも熱々で、白い湯気を立てている。こんなにまともな朝食はいつぶりだろうか。思わず喉が鳴ってしまい、エリーは赤面した。


「構わない。好きなだけ食べてくれ」

「ほ、本当によろしいんですか?」

「大丈夫だと、サイラスが言っていた。今はきちんと食事を摂って、栄養をつけることだ」

「いただきます……」


 パンを手に取ると、まだほわっと温かかった。

 ジャムやバターも添えられていたが、あえて何もつけずに一口齧る。途端、口の中に香ばしい甘みが広がって、思わず頬がゆるんでしまった。


(お……)


 おいし――――いいぃ……っ。


「口に合ったか。お代わりもあるから、たくさん食べるといい」

「は、はいっ」


 思わずがっつきそうになったが、その言葉に我に返る。

 昨日のスープのおかげで、どうにかなりそうなほどの空腹感は収まっている。パンを一口、また一口と食べながら、エリーは必死に自分を抑えた。


(落ち着かなくちゃ)


 大丈夫、このパンは取られたりしない。

 お代わりも食べられる。他にも食べるものがたくさんある。

 彼も取ったりしないだろう。その証拠に、自分の食事にはほとんど口をつけていない。

 だから、大丈夫。


 パンを食べ終えると、目玉焼きにフォークを刺す。

 とろりとした黄身が流れ出て、思わず「ああっ」と声が出る。すると、彼はパンを差し出した。


「これにつけて食べるといい。とてもおいしい」

「な、なるほど……!」


 この人は天才か。

 言われるまま黄身をすくって食べると、確かにとてもおいしかった。尊敬のまなざしで彼を見る。相手は平然とした顔をしていたが、少しだけ楽しそうだった。


「そんな目で見られたことは何度もあるが、目玉焼きが理由だったのは初めてだ」

「指ですくうのはお行儀が悪いと思ったのですが、見ていないなら可能かと考えてしまいました。でも、パンの方がずっとおいしいです」

「目の輝きが昨日とは違うな。理由が理由だが、いいことだ」


 ひとつ頷き、「もっと食べるか」と自分の皿を差し出す。

 エリーは思った。この人はとてもいい人だと。


「ありがとうございます、閣下……!」

「アーヴィンだ。サイラスのが移ったな」

 呆れた顔になりながらも、アーヴィンはパンをひとつ取った。


「なら、この食べ方は知っているか」


 そう言うと器用にパンを割り、中に軽くバターを塗る。そこにハムとチーズを挟み、サラダの野菜をたっぷり入れると、エリーの方に差し出した。


「試してみるか。いい味だ」

「あ、ありがとうございます……!」


 かぶりつくように指示されて、少し迷ったが言う通りにする。

 次の瞬間、エリーは大きく目を見張った。


(こ……)

 これは。


(ものすごく、おいしい……!!)


 少し甘みのあるパンに、ハムとチーズが抜群に合う。バターの風味に加え、添えられたサラダのドレッシングがアクセントになって、とんでもない幸福感が口に広がる。

 今まで口にしたものの中で、間違いなく一番おいしい。


 これを発明した人は天才だ。つまり目の前の彼が天才だ。やっぱり彼はすごい人だ。こんなにおいしい食べ方を知っているなんて。

 エリーの顔つきに気づいたのか、彼は「別に私が考えたわけではない」と言い添えた。


「目玉焼きや肉料理を挟んでもいいし、魚を挟むのもおいしいらしい。行儀が悪いので、人前ではやらないが。気に入ったなら、色々試してみるといい」

「ありがとうございます……!」


 この人はいい人だ。

 出会って一日ですっかりエリーの心をつかんだ美貌の麗人は、マイペースに自分の食事を終えた。


「――さて、落ち着いたところで、君に話がある」

 食後の紅茶まで飲み終えてから、アーヴィンはおもむろに切り出した。


「君の体に興味があるといったが、別に裸というわけではない」

「はい、それは聞きました」

「君の体はいつ死んでもおかしくないほどぼろぼろで、なんなら昨日死んでも不思議はなかった。それほど君は重症だった」

「そ、そうだったんですか」


 中身はともかく、外側がぼろぼろだったのは姉の仕業だ。魔力以前に、姉の暴行も原因のひとつだったのでは…という気がする。


「だが、魔力欠乏の応急処置をすると、君の体はすぐに回復を始めた。それも尋常ではない早さで」

「ああ……多分、早く回復しないとまずいと思ったんじゃないでしょうか」

「普通はそう思っても回復できない。君の回復速度は異常だ」

「もともと丈夫なので。それと……いえ、なんでもないです」


 回復しなかった場合でも、ジャクリーンが仕事を免除してくれるはずはない。そのため、無茶でもそういう体質になった気がする。


 それとは別に、魔力欠乏の治療をしてくれたおかげもあるだろう。聞けば、あの状態の患者に回復魔法は使えないので、薬草や塗り薬を使ってくれたという事だった。

 身体の痛みが少なかったのも、丁寧な処置の結果らしい。


「とはいえ、一応は重病人だ。このまま放っておくことはできないし、今後の体調も心配だ。回復するまで、ぜひ君の体を隅々まで調べさせてもらいたい。上から下まで満遍なく」

「閣下、語弊があります」

「何がだ」


 本気で分かってなさそうだったので、「いえ別に」と目をそらす。


(天然だろうか……)


「君がよくなるまで、私は君の面倒を見るつもりだ。嫌なら今ここで言ってくれ。十秒待つ。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。よし分かった、了承だな」

「え……ええと……?」


「話がまとまったところで(※まとまってない)、治療の方針だが。君の体は違法な薬やポーションに冒されている。まずはそれを抜く必要がある。何を飲んだか覚えているか?」

「名前までは……。全部お姉さまが用意していたので」

「お姉さま?」

「あ」


 慌てて口を押さえたが、彼はなるほどと頷いた。


「では、やはり君の体を調べる必要があるな。血液と唾液、皮膚の一部を採取して照合しよう」

「は……」

「排泄物は必要ない。できれば髪も数本欲しい。汗もあった方が望ましいな。他に必要なものがある場合は、その都度協力を願うことになる。それは理解してもらいたい」


 何か質問はあるかと聞かれ、エリーはおずおずと問いかけた。


「閣下が私を治してくださるんですか?」

「アーヴィンだ。私は魔導具の研究をしているが、元は王宮魔術師だ。仕事には治癒関係もあったから、君を診ることに問題はない」

「そうではなくて……。私、平民なので」


 いくらなんでも、公爵家の人間が平民を治療するなんて考えられない。だがアーヴィンは平然と言ってのけた。


「私は公爵だが、治療に爵位は関係ない。ついでに言うと、魔力持ちに身分の差はない。さらに言うなら、君には一刻の猶予もない。進行を止めるための応急処置は施してあるが、長くは保たない。早急に治療を始める必要がある」

「でも……」

「ここで治療するなら、毎日あの食事が食べられるぞ」


 ぴくり、とエリーが反応する。

 あの食事を、毎日?


 ふわふわのパン、生み立ての卵、舌を焼くようなコンソメスープ。サラダのドレッシングは絶品で、パンに挟むと最高だった。ハムは柔らかく、チーズはとろけるようにおいしかった。

 あれを――毎日?


「体の回復には、休息と滋養のある食事が一番だ。君は甘いものが好きだろうか。食後のデザートにつけてもいい。毎食だ」

「ち……ちなみにそれは、どういったもので……?」


「イチゴのゼリー、桃のコンポート、たっぷりのフルーツを使ったタルトに、砂糖衣のかかったケーキ。焼き立てのパイにアイスクリームを添えて。君はチョコレートを口にしたことはあるか? なんとも芳しい味わいだ。一口含むと口の中で溶けて、濃厚な味わいが……」


「お世話になります」

 エリーは深々と頭を下げた。

お読みいただきありがとうございます。あれ、どっかで見たなこの光景……(※『根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢』)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ