8.目覚めた後で
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次に目を覚ますと、体が軽くなっていた。
手を握り、そして開く。ぐー、ぱー、ぐー。
何度か繰り返し、エリーは目を瞬いた。
「……手が痛くない」
腕に触れ、肩に触れ、痛みが驚くほど軽くなっている事に気づく。そっと足を下ろすと、やはり痛みは消えていた。
エリーがいるのは客室のようだった。
大きなベッドが中心で、一通りの家具がそろっている。近くにはお茶の支度まで調えられていて、そばに着替えが置いてあった。
手に取ると、軽い素材のワンピースだった。
柔らかな手触りが心地よく、可愛らしいデザインだ。丈は膝より少し長めで、裾の辺りがふんわりしている。
彼らが着るとは思えないから、エリーに用意されたものだろう。
少し迷ったが、エリーは思い切って服を脱いだ。
今着ているのは、合わせ目が心もとない寝間着なのだ。かがんだだけで色々見えてしまいそうな恰好のまま、あちこちうろつくわけにはいかない。
裸の体を見ると、思った以上にズタボロだった。
(最後だと思って、心置きなく暴行したのね……。あ、でも、そっちもあんまり痛くない)
さんざん痛めつけられたはずなのに、骨折などはしていない。
もしかして、彼らが何かしてくれたのだろうか。
着替えを終えると、エリーはそっと扉を開けた。
廊下には人の気配がなかった。
「閣下……アーヴィン様? サイラス様?」
おずおずと名前を呼んだが、返事はない。どうやら近くにはいないようだ。
部屋で待っていようかと思ったが、エリーはすぐに首を振った。
(ひとりで待ってるのは怖い……。お姉さまがやってきたら、私、殺される)
ジャクリーンが気を変えて、妹をもっと痛めつけようとする可能性は十分にある。
もしそうなったら、今度こそ命がない。
想像するだけでぞっとして、エリーは急ぎ足で歩き出した。
「アーヴィン様、サイラス様? どこにいらっしゃるんですか?」
公爵家の割に、屋敷はそんなに広くない。下級貴族の別荘といったところか。そういえば、サイラスが別邸だと言っていた。閣下の仕事場だとも。
あちこち迷いながら、エリーはようやく彼を見つけた。
「アーヴィン様……!」
呆れるほど整った容姿を持つ青年が、エリーを見て振り向いた。
「どうした、何かあったのか」
「い、いえ……そうではなく」
姉に見つかるのが怖くて、助けを求めてしまいました。
……などと言えるはずがなく、ふるふると首を振る。
「どなたもいらっしゃらなかったので、探しに来てしまいました。申し訳ありません、勝手に」
「構わない。昨日は言い忘れたが、この屋敷は好きに使ってくれて構わない。仕事場以外、どの部屋も出入り自由だ」
「仕事場……」
「魔導具の研究だ。今は魔力付与について調べている」
そういえば、サイラスがそんな事を言っていたか。
その関係で、ジャクリーンの店に仕事を頼みに行くところだったという。残念ながら店主には会えなかったがと言われ、改めてぞわっと鳥肌が立った。
(こ、この人……お姉さまに会うのか……)
その時までには出て行こうと、内心で固く決意する。
彼のいる部屋は自室のようだった。
いつもは仕事場にいる事が多いそうで、どこにあるのかと聞けば「あそこだ」と教えられる。
窓の外には、小ぢんまりとした離れがあった。
「魔導具の研究は危険が多い。君も立ち入らないように」
「分かりました」
「ところで、君に聞きたいことがあるのだが」
じっと見つめられ、エリーはびくっと反応した。
「体調に問題がないなら、少々付き合ってもらいたい。――君の、好物は?」




