7.そのころ二人は
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「寝ましたよ」
エリーが眠ったのを見計らい、サイラスは主の部屋を訪れた。
「様子はどうだった」
「そんな短時間で変わりませんって。症状も落ち着いてたし、受け答えもはっきりしてたし。ちょっと眠そうだったけど、それは問題ないでしょう。あの子はもう大丈夫ですよ」
「そうか……」
ほっと息をつき、アーヴィンは椅子に背を預けた。
「それより閣下、年頃の女の子にあれはまずいですって。裸見せろって迫ったって?」
「誰がだ。興味はあると言ったが、そういう意味じゃない」
渋い顔をした主に、サイラスが肩をすくめる。
「どう考えても誤解されますって。もっとも、妙に自己評価の低い子でしたからね。そんなはずないって断言されましたけど」
正確に言えば「理解できない」だが、意味は同じだ。
「彼女の顔は整っているだろう。何か問題が?」
「あれは外見って言うより、内面の問題かなぁ……。いい子そうではあるんですけど、妙にビクビクというか、おどおどしてて」
「人になつかない獣ということか?」
「そういうのでもないんですよねぇ……。ものすごく臆病な子ネズミって感じ?」
「……なるほど」
頷くアーヴィンは、何を考えているのか分からない。思えば人間を拾ってきたのは初めてだったが、何か理由があったのだろうか。
(一目惚れ、とか……? まさかなぁ)
そもそも一目惚れした人間を同意も得ずに拾ってきたら誘拐だ。いや、この場合は保護だろうか? 一応の了承は取った形だし、突っ込まれても問題はない。けれど、やはり珍しい。
(まあいいか)
サイラスは早々に浮かんだ疑問を放棄した。
とんでもなく美麗で変人な主の事を、この軽薄な部下は気に入っているのだ。
「それより閣下、あの子、やっぱり関係者かもしれませんよ」
「そうか」
「一目見ただけで魔導具に使われてる魔法を言い当てましたから。それに――やっぱりね。見つけた時の状況が」
ボロ布に埋まっていたエリーを見つけたのは偶然だった。
激しい暴行を受けたのか、体中傷だらけで、靴さえ履いていなかった。それ以上にひどかったのは、魔力欠乏の症状だった。
顔色は真っ青で、指先まで冷え切っていた。それだけでなく、爪が青黒く染まり始めていたのだ。
「あの症状は、魔力を大量に行使した人間にしか現れない」
「あの魔力欠乏のすさまじさ、異常でしたもんねぇ……。あのままだと、本当に魔力枯渇を起こしてたかもしれない。今日見つけられて、本当に運が良かった」
サイラスがそう言うのも無理はない。
エリーの身体は、尋常でない魔力欠乏に冒されていた。
通常の魔力欠乏は、軽い体調不良から始まる。
そこからどんどん症状が進み、魔力が減るに従って、激しい倦怠感と苦しさに襲われる。たとえるなら、素手で内臓をかき回されるような気持ち悪さだ。
だが、エリーの症状はそれだけではなかった。
「体の中も外もぼろぼろで、それが魔力欠乏を引き起こしてる。まるで薬物中毒ならぬ、魔力中毒だ。無理やり体内の魔力を高めて、それを根こそぎ奪われてる」
「原因に心当たりはあるか」
「……多分、違法な薬かポーション。場合によっては両方かと」
「すべて排出するにはしばらくかかるな。治療と並行してやっていこう」
「本人の意思だと思います?」
「違うだろう。少し話しただけだが、彼女には常識があるように見えた」
「じゃあ、あの店主?」
「そうだな……」
そこで少し言葉を切り、アーヴィンはコツコツと机を叩いた。
考え事をする時の主の癖だ。邪魔をしないよう、サイラスは黙ってその時を待つ。
「――まだ情報が少なすぎる。とりあえず、エリーはこのまま身柄を保護、健康になるまで屋敷で暮らす。その後は彼女の希望を聞こう」
「あーそれなら、住む場所だけは確保してあげる方向でお願いします。ここを出たとしても、暮らしに不安がないように」
「当然だろう」
何を今さら、といぶかしげな顔をする。
「連れてきた以上、最後まで責任を持つ。そうでなければ拾わない」
「だから俺はあなたが大好きなんですよ、閣下」
「急になんだ、気色の悪い」
「その俺にだけ冷たいところも嫌いじゃないです。……それはともかく」
そこでサイラスは苦笑した。
「くれぐれもやさしくしてあげてください。あの子には聞きたいことが山ほどある」




