4.暴君な姉に捨てられました
エリーの魔力は減り続け、ポーションや薬でもどうにもならないほど悪化していた。
ジャクリーンは苛立ち、何度か手も上げられたが、できないものはどうしようもない。仕事のいくつかはジャクリーンがこなすはめになり、腹いせにエリーはまたぶたれた。
それでも魔力が戻ってくる気配はない。
そのころになると、ジャクリーンが家に帰ってくる頻度が減った。
(何してるんだろう……)
不思議には思ったが、仕事がないのはありがたい。今のエリーは、魔力をほとんど使えなくなっていた。
体のだるさも相変わらず続いている。
このままだと、倒れる日も近いかもしれない。
ジャクリーンが帰ってきたのは、そんなある日の事だった。
「この家、売ることにしたから」
「……え?」
「もっと広い家に住みたいと思ってたのよ。そうしたら、偶然いいお話をいただいて。本当に運が良かったわ」
ジャクリーンはうきうきした顔をしていた。いつもより上機嫌に見える。
「以前からあたしを気にかけてくださってたお得意様で、よかったらお屋敷においでって言ってくださったの。ゆくゆくは息子と結婚させるつもりだそうよ。ああ、なんてこと! とうとう運が回ってきたわ」
目を輝かせ、うっとりした顔で言い放つ。
よく見れば、ジャクリーンはまた知らない宝石を身につけていた。魔石ではないが、そこそこ値の張る品だ。ドレスも見た事のないものに変わっている。贅沢な刺繍と華やかな色合いが、彼女をさらに美しく見せていた。
もしかすると、相手は貴族かもしれない。だとすると、行き先は貴族の家なのか。
「よかったですね、お……ジャクリーン様」
「それでね、あんたももういいわ」
「……え?」
一瞬、反応が遅れた。
「今までご苦労さまだったわね。あんたも好きに生きなさい」
「お……お姉さま?」
「今日だけは姉と呼ぶことを許してあげてもいいわ。だって、最後のお別れだものね」
ジャクリーンは慈悲深い顔でエリーを見ていた。
「あんたの症状について、お医者さまに聞いたのよ。典型的な魔力枯渇。ポーションや薬でも、もうどうにもならないんですって。失った魔力が戻ることはないそうよ。可哀想にね、エリー」
「ど、どうして……そんな」
「さあ? あたしには分からないけど。でもそうね、もしかすると、働きすぎだったんじゃないかって言ってたわ。無茶な魔力の使い方をしたんじゃないかって」
申し訳なさそうに言いながらも、その表情は平然としている。自分のせいだとはかけらも思っていないらしい。
「もしくは、そうね。変な薬を飲んだせいかもしれないけど。でも仕方ないじゃない? そうしないと、仕事が終わらなかったんだから」
「薬……って……」
エリーの脳裏に、様々な薬の姿が浮かぶ。
無理やり飲まされて、嫌だと言ったら口をこじ開けて流し込まれた。その後体調が悪化しても、彼女は自分を放って夜会に出かけた。
飲まなければ殴られるため、最後には言いなりになっていた。
あれが――原因?
ジャクリーンの顔には笑みがあった。瞳の奥が意地悪そうに笑っている。
「魔力枯渇を起こすとね、全身の痛みに襲われながら、苦しみ抜いて死ぬんですって。髪や歯が抜け落ちて、顔中しわしわになって、みじめに朽ち果てていくそうよ。最期はとっても苦しいんですって。ああ、想像しただけでもぞっとする」
「そんな……」
「あんたはその魔力枯渇を起こしてるのよ、エリー」
魔力欠乏と魔力枯渇は違う。
欠乏の場合はしばらく経てば復活するが、枯渇の場合はそれがない。失われた魔力はそのまま、回復する事がない。
そんな恐ろしい症状に、自分が?
あまりの恐怖に、エリーの体が震え出した。
「召使いで雇ってあげようかとも思ったんだけど、死にかけのあんたじゃね? さすがに役には立たなそうだし、新しい家にはメイドがいるんですって。だから、あんたはもういらないの」
「わ、私……」
「みっともなくて地味な上、魔力付与も使えないんじゃ、養ってあげる意味がないじゃない? この家はもう住めないから、今すぐ荷物をまとめなさい。ああそうそう、パパとママもこのことは知ってるから。訴えても無駄よ」
さ、出て行きなさいと告げられる。
「残り少ない人生、自由に生きるといいわ。言っておくけど、あたしに頼ろうとしないでね。あたしはもうすぐ貴族の妻で、あんたとは赤の他人になるんだから」
「ま……待ってください。急に出て行けなんて、そんなっ……」
エリーは必死に縋りついた。
姉から解放される事を夢見ていたが、これはさすがに予想外だ。
八つのころから姉にこき使われる日々を過ごしてきた自分には、外の世界で生きて行けるだけの術がない。
そんな状況の上、魔力枯渇で死にかけなんて、どうしたらいいか分からない。
「せめてこの家から追い出さないでください。お金なら払います。今までのお給料で――」
「お給料? なあに、それ?」
だが、眉をひそめて言われた事に唖然とする。
「他に取り柄がないあんたのために、あたしが仕事を恵んであげたのよ。苦労したのはあたしでしょ? あたしが稼いだお金はあたしのものよ。お給料なんて図々しい」
「そんな……」
「それと、家を売ったお金はあたしのものよ。あんたには自由をあげるんだもの、十分すぎるくらいじゃない? これ以上何かもらおうとするなんて、浅ましいわ」
当然のように言われ、エリーはさすがに呆然とした。
思えば給金が支払われた事などなかったが、まさか姉は、身ひとつで自分を追い出そうというのか。
そんな事をしたら、ひと月だって生きていけない。いや、数日で飢え死にだ。
それを承知で追い出すと言うなら、それは。
「……ひどい……」
思わずこぼれた言葉に、ジャクリーンの眉がぴくりと動く。
はっとして口をふさいだが、遅かった。
鬼のような顔をしたジャクリーンに頬をぶたれ、倒れたところを蹴りつけられる。うずくまったエリーの頭を踏みつけ、ジャクリーンはさらに蹴った。抵抗もできず、エリーは必死に身を丸めた。
「魔力付与だけが取り柄の出来損ないが、生意気ね! こっちだってあんたのせいで、予定がずいぶん狂ったのよ。仕事なんかしたせいで、髪と肌の艶が落ちたわ。全部あんたのせいじゃない!」
「すみません、お姉さま、ごめんなさい……っ」
「さっさとどこにでも行きなさいよ、この役立たず。あたしの目の届かないところで、とっとと飢えて野垂れ死ね!」
そう言うと、渾身の魔力を流し込まれる。
悲鳴を上げる暇もなく、エリーは気を失った。