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閣下は色々分かってない


 最近、エリーの髪が少し伸びた。


「おはようございます、閣下。今日もいいお天気ですね」

「……ああ、おはよう」


 陽の光が差し込む食卓で、金色の髪がさらりと揺れる。何気なくそれを耳にかけ、エリーはふと目を上げた。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。あまりにも綺麗なので見とれていた」


 いつも通り、正直に口にすると、エリーの顔が赤くなる。


「あっ、朝からそういうのはいけません! 語弊があります!」

「なぜだ。実際にいつ見ても美しい」

「語弊!!」


 たまに思うが、彼女は語弊の使い方が間違っている気がする。

 正直な思いを正直に口にしているのだから、語弊ではなく事実である。

 だがそれを口にする時の彼女は特別可愛らしいので、しばらく指摘しないでおこうと思う。


(……ああ、そうか)


 もしかすると、勘違いさせてしまったかもしれない。

 その誤解を解くべく、アーヴィンはエリーの手を取った。


「言葉が足りなくて申し訳ない。髪だけではなく、君のすべてが美しい。その愛らしい顔立ちも、きらめく瞳も、爪の先にいたるまで、何もかも私の心を奪う」

「…………っ!」

「君のすべてを愛している。好きだ、エリー。今日も思う存分愛し合いたい」


 自分はエリーを愛していて、エリーも自分を好きだと言ってくれた。だからこの表現で間違いない。そう思って真顔で告げると、エリーは完全に固まっていた。


「……知りませんもう閣下の馬鹿!」


 真っ赤な顔のまま、手を引き抜いて駆け去っていく。今度は語弊とさえ言われなかった。

 取り残されたアーヴィンは、そばで見ていたサイラスを見る。


「……私は何かまずいことを言っただろうか」

「あー、そうですね……」


 犬も食わないという顔をした青年は、なんとも言えない笑顔になった。


「とりあえず、最後のは間違いなく語弊です」



    ***



 言葉というのは難しい。


 本心を口にするだけでは、相手にちゃんと伝わらない。

 だからといって、長々とそれにいたる理由を述べると、今度は全力で逃げられる。


 自分はエリーの事が好きだ。

 できるならもっとそばにいたいし、色々話をしてみたいし、彼女の笑顔を間近で見たい。さらさらの髪に触れたいし、手をつないで歩きたいし、たまにはぎゅうっと抱きしめたい。


 すべて自分の本心だ。


 ――だが、それを伝えるのがいいとは限らない。


「恋人は愛し合うものだと聞いたのだが、私は間違っていたのだろうか……」


 エリーの去った食卓で、アーヴィンは寂しげに(そう見えないが)口にした。


「愛し合うの意味が違うんじゃないでしょうかね。いや、ニュアンスというか、文脈と言いますかね? あれは違う意味に捉えますよ。少なくとも、俺はね」

「違う意味?」


「だからもっといちゃいちゃしたいというか、ベッドでその、そういう……あーもう、なんで俺自分の主にそんな説明してるんだろうな?」

「それは私が聞いたからだ」


「分かってますよ。分かってますけどね! 自分の主の夜の事情とか聞きたくない!」

「夜? 夜は寝ているか、魔導具の試作をしているが、それが何か?」

「でしょうね! 分かってますよ、通じてないって」


 はあああぁ……と深いため息をついた後、サイラスはちらりと目を上げた。


「閣下にひとつ言っておきますが、その顔であの発言は問題があります」

「というと?」


「愛するとか愛し合いたいとか、そういうやつ。俺くらいなのが軽ーく言うから笑い話になるんであって、その顔で真剣に言われたら気絶します。というか、その前に相手が逃げ出します」


 まさに先ほどのエリーである。


「……なぜだ」

「逆になんで分からないのか不思議ですよ。今までにも星の数ほどアプローチ受けてたでしょう? 全部通じてなくて魔導具の話に持ち込んだ黒塗りの過去がありますけども」

「魔導具の話をしたことはあるが、それ以外の記憶は一切ない」

「でしょうね!」


 期待はしてませんでしたけどねと言いながら、サイラスが額を押さえている。

 心なしか、彼からの尊敬度が下がった気がする。まぁ元々私生活の面で尊敬された事は一度もないから構わない。


「魔導具とエリーの話は別だ。どちらも楽しく魅力的だが、魔導具と手はつなぎたくない」

「俺も嫌です」

「ちなみに、抱きしめたくもない」

「俺も嫌ですね」

「ついでに言うと、キスもそれ以上もしたくない」

「俺もそんな主は嫌ですね、心から」


 というか、魔導具にそれ以上って何する気ですかと突っ込まれる。


 言いながら、とても馬鹿馬鹿しくなったらしい。サイラスはもう一度、はああああぁ……と、それはそれは深いため息をついた。


「少し頻度を減らしましょう、閣下」

「……というと?」

「エリーが可愛いのは分かりましたけど、思ってること全部口にしたら、エリーは恥ずかしがって逃げ出します。それは今のでよく分かったでしょう?」

「……確かに」

「だから、数を減らすんですよ」


 サイラスはぴっと指を立てた。


「可愛くて大切で守りたくても、全部言わない。十個あるうちから、一番大事なひとつだけ。それだけエリーに言ってください」

「だがそれではとても足りないのでは……」


「閣下の場合に限っては、足りないくらいがいいんです。むしろ今は過剰! 魔導具だってそうでしょう。必要以上の魔力負荷は、逆に魔導具の質を損なう。今の状態を確認しつつ、常に適切な量を心がけないと、あっという間に壊れます」

「……なるほど」


 その例えは、すとんとアーヴィンの腑に落ちた。


「……だが、十個にひとつか……」

「それでも多いくらいですよ。むしろその半分でも十分です」

「それだと一日二十回くらいしか言えない」

「あなた四百回も言ってんですか!?」

「自覚はないが、エリーに怒られる回数がそれくらいだ」

「むしろ会話じゃないですよ。怒られてるだけじゃないですか」

「仕方ない。エリーは可愛い」

「ああああ会話が成立しない……」


 可哀想に……と呟いた声は、果たして誰に向けたものか。

 真顔のまま、アーヴィンはふむ、と考えた。


「では、これからは気をつけよう」

「そうしてあげてください。俺は無理……」


 エリーごめんと言いながら、片手で額を押さえている。挙動不審な部下には動じず、アーヴィンは淡々と口にした。


「手始めに、『今夜も君と愛し合いたい』か、『この先も激しく愛し続けたい』にしようと思うのだが、どうだろう?」

「………………」

「サイラス?」


 たっぷり数秒の沈黙の後、サイラスはにっこりと笑顔になった。

 そして言う。


「明日の朝、どうなったのか楽しみにしてますね」


 ――翌日、エリーは口を利いてくれなかった。


お読みいただきありがとうございます。「魔導具にそれ以上」の内容は、膝に乗せていちゃいちゃしたり、甘い言葉を囁いたり、表面をやさしくなでたりするという……あれ、この人やりそうだな……。


***


2026年2月25日、コミックス第3巻が発売予定です。


今回の見どころは、なんと言ってもジャクリーンの初ピンチ! 今までエリーにやらせていた、とんでもない数の魔力付与を任されるというシーンです。

ご興味のある方は、よろしければコミカライズ3巻の第10話(※電子版だと第17~18話?)をどうぞ!

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