サイラスの独り言
うちの閣下は失言が多い。
サイラスはひそかに思っていた。
この人は言葉の選び方がどこかおかしい。
いや、ぶっちゃけ相当おかしい、と。
魔導具の研究と解析において、彼は超一流と言っていい。
その理論は緻密であり、大胆であり、時に驚くような仮説を用い、場合によっては検証して、次々に成果を生み出した。
その道において、彼は天才と言っていい。
なのに――それなのに、だ。
日常生活において、閣下は非常なポンコツである。
彼がエリーに言ったセリフを、サイラスは今でも覚えている。
――私は君の体に興味がある。ぜひ、隅々まで調べさせてほしい。
(いや、まずいだろ!? どう考えてもセクハラだろ?)
助けたはずの少女の顔がドン引きしているのを見て、サイラスは自分も(うわぁ…)と思った。
道理でベッドの端まで後ずさっているわけだ。その現場を見ていたら、即座に突っ込みを入れただろう。エリーには本当に申し訳なかった。
おまけに本人は無自覚だ。当時もなぜそんな顔をされているのか分からない様子だった。きょとんと首をかしげていたが、そうしたいのはこちらの方だ。
顔が良くても変人は困る。特に、その変人度合いが筋金入りの場合は余計にだ。
おまけに彼はその時々で、言葉選びを失敗する。そう、わざとかと言うくらい。
――ぜひ今度、真夜中にその色を見せてほしい。私だけに。
あのとんでもなく整った顔で、吸い込まれそうな瞳に見つめられ、手を取られ、キスをしそうなほど顔を近づけられ、色気のある笑みを口元に浮かべながら、うっとりするほど甘い声で囁くのだ。
(……あれが目の中の魔力見たいだけなんて誰が思うよ? いくらなんでも罪深い!)
エリーは硬直していたが、他の令嬢なら一発アウトだ。
その時も、本人はなぜ突っ込まれたか分からない様子だった。……いやあのね閣下? 一応貴族なんだから、微妙な言い回しの機微とか学んで。お願いだから。
(ちなみに、前述のセリフは貴族用語で「夜をご一緒しませんか」の意味となる。もちろん、大人的なやつである)
重ねて言うが、うちの閣下は顔がいい。それはもう、相当いい。どれくらいいいかと言うと、黙って立っていれば十人中十人が振り返るほど顔がいい。本当にもう、顔だけはいい。
だが、中身は少々ひどい。
その中身だが、エリーと出会ってから余計にひどい。
失言回数は格段に増え、エリーが「語弊!!」と叫ぶ日は数知れず、サイラスも突っ込みが追いつかない。というか半分放置している。あれはもうキリがない。
彼がエリーに対する失言は、いつも砂を吐くほど甘い。
――君は私にとって唯一無二の人だ。ぜひ末永くそばにいてほしい。
――君を一生手放したくない。私は真剣だ。
――エリーは私にとって好ましい、大切な人だ。
そのたびにエリーは顔を真っ赤にし、あわあわと可愛くうろたえて、たまに顔を覆っている。そんな様子は見ていて楽しいが、ふと気づくと、閣下もエリーを見つめている。
(……あれ?)
そういえば、エリーに関しての失言は、すべて同じ傾向がある。
大切。好き。守りたい。そばにいてほしい。愛している。
口に出す言葉すべてが、彼女に対する告白のようだ。
もちろん、本人は無自覚だろう。特に「守りたい」の場合、言葉ではなく行動だ。
エリーは行動弊だと言っていたが、よく考えると違う気がする。
(失言じゃなくて……素直な気持ちがダダ漏れ状態ってことか?)
少々漏れ過ぎな気もするが、そう考えるとしっくりくる。
エリーにだけ言葉がおかしいところも、ふと気づくと視線が追っているところも、エリーのそばにいるだけで、かすかに表情が和むところも。
この気持ちを恋と言わずして、なんと言おう。
(わぁ、主が恋に落ちる瞬間を知ってしまった)
おまけに相手はエリーである。
暴君のような姉に長年虐げられ、役立たずだとののしられたあげく、ぼろぼろにされて捨てられて。彼女の自尊心は地に落ちている。おまけに閣下は初対面でとんでもない失言をかました人物であり、割と前途多難っぽい。
――だが、まぁ、それはそれとして。
「うまくいくよう祈ってますよ、閣下」
小声で呟くと、サイラスはひっそりと笑みを浮かべた。
この先どうなるか、それは誰にも分からない。
けれど、もし、願うなら。
(どうか)
変人で大切な主の恋が、無事に叶いますように。
了
お読みいただきありがとうございます。無事(?)に叶いました。
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