公爵閣下と朝のお話
「君と一緒に寝ようと思う」
その日の朝。
いつも通りの無表情で、アーヴィンが事もなげにそう言った。
「……は?」
「正気ですか?」
前者はエリー、後者はサイラスだ。
発言の内容から言って、セリフが逆でもまったく構わなかったが、アーヴィンはやはり真顔だった。そして言う。
「この間渡した魔導具に、安眠効果をつけておいた。ちゃんと効くか分からないので、君のそばで確かめたい。ぜひ協力してほしい」
(あ、そっちか……)
「なんだ、そっちですか」
ほぼ同時に二人の声が重なり――と言っても片方は内心だったが――エリーが胸をなで下ろす。
朝からするような話題じゃないと思ったが、勘違いでよかった。ほっとしつつも、相変わらず言葉選びに問題がある人だと思う。その上、妙なところで行動力があるので侮りがたい。サイラスも同感らしく、即座に関心の失せた顔をしていた。
「びっくりしましたよ。とうとう欲求不満をこじらせたのかと思った。ああよかった」
「失礼なことを言うな、サイラス」
「閣下、私は安眠できているので、わざわざ確かめるほどのことはないかと思うのですが……」
「それは違う、エリー」
そこでエリーに向き直ると、アーヴィンがそっと手を伸ばす。
「睡眠はとても大切だ。そして私は君に心地よく眠ってほしい」
「それはありがたいですが……」
「君な優秀な助手であり、私の大切な人でもある。どうかこの気持ちを分かってほしい」
アーヴィンの顔は真剣だ。愛されてるねとサイラスにからかわれ、エリーの顔が赤くなる。無下に申し出を断るのもどうかと思ったが、一緒に寝るのは問題がある(作業時除く)。
やはり辞退しようと口を開きかけた時、アーヴィンが言った。
「昨日の夜も無理をさせた」
「……え」
二人の声がぴたりと重なる。
「君をあんな目に遭わせるつもりはなかった。恥ずかしがらせてすまなかった。体の方はもうなんともないだろうか?」
「え……あの……閣下?」
エリ―に手を触れたまま、本心の読めない声が言う。
「だが、恥じらう君も愛らしかった。私の腕の中で震える君は、まるで小鳥のようだった。何度でも言おう。昨日は無理をさせて申し訳なかった」
「待って待って待ってください、語弊がひどい、風評被害……!」
「え、なに、やっぱり二人ってそこまで進んだ関係なの?」
「違います!!」
これ以上妙な誤解をされてはたまらない。半分涙目になりながら、エリーがぶんぶんと首を振る。
「昨日、実験の最中に魔石が暴発して、水をかぶってしまっただけです。それが恥ずかしかったのと、そのついでに頭をぶつけたので、心配してくださっただけですから!」
「なんだ、そうなのか……」
「露骨にがっかりした顔をしないでください!」
たとえそんな関係になったとしても、サイラスの前で言い出したら家出する。
二人にとってはなんでもない事かもしれないが、エリーにとっては大問題だ。よりにもよって――絶対ないけれど想像するだけで恥ずかしい――そんな誤解をされたとしたら、当分サイラスの顔が見られない。
その元凶は、どうしてエリーが慌てているのか分からない様子だ。きょとんとした顔は、やはりとんでもなく整っている。濃い藍色の瞳が美しい。まったく動じていない事が悔しくて、エリーは指を突きつけた。
「閣下も閣下です。なんでそんなに問題のある言い方ばっかりするんですか。もっと普通に言ってください!」
「私は普通に言っているつもりだが」
「普通の定義!」
「まあまあ、エリー、俺は誤解してないよ。ただちょっとそういうこともあるのかと思っただけで」
「何のフォローにもなってません!」
片方はともかく、もう片方は天然なのが恨めしい。今もよく分かっていない顔のまま、彼はふむ、と頷いた。
「それはともかく、やはり今夜は一緒に寝よう。君も疲れているようだ」
「閣下!?」
「お、ここでさらに追撃しますか。いいですねえ、肉食系」
サイラスは完全に面白がっている。軽薄な口調のまま、エリーに向かって片目を閉じる。
「肉? 肉が食べたいなら言っておこう」
「そういう意味じゃないんですけど」
「では魚?」
「そういうことでもなくてですね……。あれ、これどこに着地すればいいのかな」
ねえエリー、と話を振られ、こっちに振らないでくれと内心で思う。
「エリーも肉が食べたいのか。それとも魚?」
「お肉は食べたいですが、そういう意味じゃありません」
「ではどんな意味か教えてほしい。今日の夜、ベッドの上で」
「もはや悪意しか感じません……!」
「わぁ閣下ってば大胆だなぁ。俺にはとても真似できない」
わざとらしく煽るサイラスに、アーヴィンが真面目くさった顔で言う。
「真似されても困る。エリーと寝るのは私だけだ」
「閣下!」
エリーの顔が真っ赤になる。
「本当にもう限界です……! 乙女心が決壊します……!」
あと一緒に寝るのはご遠慮しますと、半分悲鳴のように言う。やはり何も分かっていない様子のアーヴィンが、「乙女心…」と不思議そうに呟いた。
「よく分からないが、君が大切にするものは、私も大切にしようと思う。私は一体どうすれば?」
「……もう普通にしていてください……」
「私は常に普通のつもりだが」
君を困らせたなら謝ろうと、綺麗な顔が近づいてくる。
その瞳に小さな輝きが宿るのは、ごく一部の人間しか知らない事だ。エリーの瞳にも表れるそれは、魔力反応というらしい。この距離でないと分からないくらいかすかで、幻想的で――そして、とても美しい。
「君のしてほしいことをするし、してほしくないならしない。もう一度聞く。私は何をすればいい?」
「そ、それはっ……」
「教えてほしい。一晩中、じっくりと、二人きりで」
アーヴィンの顔は真剣だ。サイラスは肩を震わせて笑っている。もうどうしようもなくなって、エリーは顔を覆ってしまった。
こんな時に言える言葉はひとつしかない。それは、つまり。
「語弊!!」
渾身の叫び声に、サイラスの爆笑が重なった。
了
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*コミカライズしていただきました。10月発売のTL誌『mini Berry』にて、連載開始しております(発行:大都社・秋水社様/漫画:樋口あや先生)。
エリーとっても可愛いので、よろしければぜひご覧になってくださいね!
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