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サイラスの反省(懺悔)


「さあ、どうぞ」

 目の前に出されたものを見て、エリーは目を見開いた。


「サイラス様、これは一体……?」

「エリーはイチゴ好きだったよね。イチゴパフェ、食べたくない?」

「イチゴ……パフェ……」


 初めて聞いた単語だが、目の前の物体の名前だろう。


 ガラスの器に生クリームとアイスクリームが交互に盛られ、ツヤツヤのイチゴが所狭しと載っている。間に挟まっているのはチョコレートクリームとキャラメルで、その上にはまたイチゴ。とどめに、粉砂糖が薄化粧のように振りかけられている。

 宝石のような美しさに陶然としていると、「溶けないうちに食べて」と促された。


「で、ですが、なぜこんなものを私に……?」

「うん、それはまあ、食べてから言うから」

「でも、こんなものをご馳走していただく理由が……」

「食べてから話すから」


 さあどうぞ、と勧められ、断り切れずにエリーは食べた。

 一口含むだけで、甘酸っぱさと幸福が口の中に広がる。


「……!」

「おいしい? よかったらもっと食べて。お代わりもあるよ」

「ですがこれは、ものすごく高価な品なのでは……?」

「高くてもいいんだよ。むしろ高ければ高い方がいいんだ」

「え?」

「いいからほら、どうぞ」


 あーん、と促され、別添えのスプーンを口に突っ込まれる。先ほどはイチゴだったが、今度は生クリームメインの甘い部分だ。とろけるような舌触りに、エリーの目が輝いた。


「おいしいです、サイラス様……!」

「それはよかった。パンケーキとプリンもあるよ。どっちもたっぷりイチゴを載せて、シロップもたっぷり。バニラクッキーもおいしいよ」

「聞いているだけでおいしそうです……!」


 せっせと食べ進めるエリーの様子を、サイラスはにこにこ笑って眺めている。やがてパフェの容器が空になると、彼はすかさず頭を下げた。


「――ごめんなさい!」

「……へ?」


「これくらいじゃ償いにならないのは分かってる。閣下にも相当絞られたし、俺自身も後悔してるし。でも俺、他に何をしてあげたらいいか本気で分からなくて……とりあえずエリーの好きなものを食べてもらおうと思いました!」


 ごめんなさい、とさらに深く頭を下げる。サイラスの頭の形は割と綺麗だ。

 何が起こっているのか分からず、エリーはおろおろと手をさまよわせた。


「さ、サイラス様? 何の話ですか?」

「……君の怪我、俺のせいなんだ」

 押し殺したような声に、エリーはぴたりと動きを止めた。


「……え?」

「ジャクリーン・ブランシールが屋敷に忍び込むように罠を張った。多分、伯爵家にある魔導具を使うだろうと思っていたから、あらかじめ防御を弱めておいたんだ」


 それは見事に当たり、ジャクリーンはまんまと公爵家の別邸に忍び込んだ。

 認識阻害の魔導具はかなり高価なものだったが、それだけではない。最初から入り込みやすくしていただけだ。


「君の持ち物にかかってる追跡魔法もそのままにしておいた。ずいぶん古いものだったし、普通なら親が子供を心配してつけるようなものだったから」


 最初は身内を見つける手がかりになるだろうという思いだった。

 違うと分かっても、あえてそのままにしておいた。

 ()ちがよかったのはエリーの魔力のおかげだろうね、と付け加える。


「な、なぜそんなことを……?」

「ジャクリーン・ブランシールにつながる情報だったから」

 サイラスは申し訳なさそうに眉を下げた。


「正直、君を拾った時点では思ってなかったんだ。まあ、何かトラブルがあったんだろうとは思ってたけど、逆に言えばそれだけで」


 エリーが彼女の身内だと分かった時も、さして驚きはなかった。ただ、彼女を見つける手がかりになると思った。最初は本当にそれだけだった。……エリーが、その魔力を明らかにするまでは。


 ジャクリーンは「不世出の天才付与師」から、「身内から魔力を奪う暴力的な詐欺師」となった。


 それが分かってからの二人の動きは早かった。

 秘密裏に証拠を集め、着々と必要なものを積み重ねていく。


 彼女がした事を突き止めるのは簡単だが、断罪は難しいだろう。ロドス伯爵家が背後にいる以上、ジャクリーンをかばうはずだ。伯爵とは言え、ロドス家はかなりの力がある。正面から事を構えるのは得策ではない。彼女を見捨てるにしても、自らの瑕疵(かし)を認めるはずがない。


 かといって、野放しにすればエリーが危険だ。いつ狙われるか分からない以上、四六時中気が抜けない。


 エリーの魔力を使い尽くして捨てたのはジャクリーンだ。ぼろぼろになったエリーを、彼女は用済みと思っていただろう。


 その時点ではまだ、可能性は低かった。アーヴィンも同じ考えだった。


 だがそこに、別の要因が加わったら?


 たとえば、予想外の高い魔力消費。たとえば魔力付与の失敗。たとえば以前の仕事を怪しまれる事。

 積み重なるいくつもの出来事に、ジャクリーンが気まぐれを起こしたら。ふとした時に、「まだ生きているかもしれない妹」の存在を思い出したら。


 そうなれば話は変わってくる。ジャクリーンがエリーを狙うかは五分だったが、サイラスは来るだろうと思っていた。ああいう手合いは相手の苦しみや痛みを理解せず、最後の一滴まで搾り取ろうと思うものだ。


 だとすれば、ジャクリーンは必ずやってくる。

 それならば――。


「君を囮にして、彼女を捕まえようと計画しました。怪我させるつもりはなかったんだけど、本当にごめん。閣下にも久々に叱られたよ」

「それはいいですけど……」

「え、いいの?」


 本当に不思議だったのか、サイラスが目を丸くする。


「おかげで姉に怯えなくてよくなりましたし、両親にも謝られたし、その後の便宜も図っていただいて……。正直、お釣りがくるくらいです」

 怒る理由がありません、と告げる。


「……真面目に言ってる?」

「はい」

 それが何か? という顔をすると、サイラスはぽかんと口を開けた。

 しばらくうつむいた後、ゴン、と机に頭をぶつける。


「……ごめん。俺ほんとに反省した。本当に本気で反省した」

「あの、サイラス様?」


「エリーを囮にするなんて間違ってた……。ただでさえひどい目に遭ってたのに、さらにトラウマ植え付けるような真似をして……エリーはこんなにいい子なのに、手っ取り早く片をつけようとして、あげくに怪我を……」


「さ、サイラス様? しっかりしてください」

「エリーは俺に怒っていい。ふざけるなって引っぱたいていいんだよ」

「サイラス様を殴るなんてできませんよ。サイラス様は恩人です」

「ああぁその無垢な目と信頼の言葉が胸に痛い……!」


 頭を抱えるサイラスに、エリーが困惑した顔になる。

 本当に怒っていないのだが、彼の中の何かを刺激したらしい。ジャクリーンが捕らえられた直後でさえ平然としていた彼は、珍しく罪悪感のにじむ顔をしていた。


「俺のせいで、エリーは大怪我するところだったんだよ」

「そんなことありません。指輪のおかげでほぼ無傷でした」

「下手をすると死ぬところだった」

「そんなはずないです。閣下の守護がありました」

「それは運が良かったからで、ひとつ間違ったら――」

「違います、サイラス様」


 エリーはきっぱりと首を振った。


「指輪も守護も、十分役に立ってくれました。確かに怖かったけど、あれは必要なことだったんでしょう? なら、サイラス様は悪くないです。完全に無傷だけど失敗するより、今の方がずっといい。計画を立ててくださったのがサイラス様なら、私はお礼を言いたいです」


「エリー……」

「ありがとうございます。心から、そう思います」


 サイラスが自分のために動いてくれた事は知っている。

 あの日も悪事の証拠をつかむため、あれこれ駆け回っていたそうだ。

 そのせいでエリーを危険に晒したと言うが、そんな事はない。


 ジャクリーンが死んでしまう可能性もあったし、エリーが奴隷にされてしまう危険もあった。もしかすると、アーヴィンにまで被害が出たかもしれない。そういった可能性を潰そうとして、ああいう手段になっただけだろう。


 もっといい方法なんて、エリーには思いつかない。

 少なくとも、この短期間で決着をつけるのは無理だっただろう。その間にジャクリーンが新たな企みを思いつき、さらにひどい事になっていたかもしれないのだ。サイラスの策は十分に成功と言えた。


 気にしないでくださいと言うと、サイラスはしばらく沈黙した。


「……あのね、俺割と嫌な人間なんだよ」

「そうなんですか?」

「そうですよ。だから普通に一般人を囮にしちゃったり、古代魔導具をエサにしたりできちゃうんです」

「あれエサだったんですか……」


「人体実け……んんっ、データが取れたらいいなとは思ったけど、そのくらい。エリーの身の安全は確保できてたし、閣下が何かするのは分かってたから、ちょっと注意がゆるんでた。申し訳ない」

「いいんです。お二人のおかげで、誰も死なずに済みました」


 本当にありがとうございます、と。

 深々と頭を下げると、サイラスはその場に固まっていた。


「…………」

「サイラス様?」

 サイラスはまじまじとエリーを見た。


「そっか、なるほど。こういうことか……」

「あの、サイラス様?」

「あの閣下が過保護になったのも分かる……。俺は閣下の守護ですら茶化したっていうのに……そうか……そうなのか……」

「サイラス様? どうかしたんですか?」


 いい子過ぎる……と呻いた声は空耳か。サイラスが顔を覆っている。


「俺閣下にしか忠誠誓ってないんだけど、この先もそのつもりなんだけど……エリーは例外だから」

「はい? 何がですか?」

「エリーの面倒は別枠で見る。もうほんとに大事にするから」

「今でも十分大事にされてます……あの、サイラス様? どうしたんですか?」


 頭をなでられて、エリーが目を丸くする。


「注文追加で。イチゴパフェもうひとつと、イチゴのケーキとイチゴのパイ。プリンとチョコレートケーキもひとつずつ、パンケーキは三枚重ねで。バニラクッキーと、イチゴのミルクセーキも持ってきて。全部この子が食べるから」


「そんなに食べられませんよ……!」

「いいからいいから。俺の気持ちだから」

「気持ちが重い!」


 運ばれてくる色鮮やかな固まりに、エリーが思わず悲鳴を上げる。


 ――その日から、サイラスが過保護になってしまった。


お読みいただきありがとうございます。内幕のあれこれ。


*他のお話も読んでくださった方、どうもありがとうございます。ファンタジーに加え、河童も北斗七星も山田くんもお待ちしております! ヤンデレもいるよ!

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