好きの理由は
「そういえば、エリーはいつ閣下のことが好きになったの?」
ふとサイラスに問われ、エリーは目を瞬いた。
「いつ、と言われましても……」
いつだろう、と首をかしげる。
「閣下がエリーのこと好きになるのは分かるんだよ。可愛いし、素直だし、いい子だし。あとちょくちょく態度に出てたから、割と分かりやすかったというか」
「そ、そうですか?」
どこが?
喉まで出かかった言葉を呑み込み、ごほん、と咳払いする。
態度に出された気は一切ないが、サイラスには違うのだろうか。
そういえば、指輪をやたらと左の薬指に嵌めようとしていたが、もしかしてあれがそうなのか。いやまさか、そんなはずはない。
キスをしたのはつい先日の出来事だが、あれ以来、それらしい触れ合いは一切ない。エリーも特に求めないので、表面上は何も変わっていない。少なくとも、そのように見える。
サイラスにはそれが不満らしいが、どうすればいいか分からない。
「うちの閣下、顔はいいけど変人だし。外見ならともかく、中身のどこを好きになったのか、俺未だに分かんないんだよね」
「し、主人相手にその発言はまずいのでは……?」
「平気平気、いつものことだから」
(そうか、いつものことなのか……)
それならまぁ……と思いかけたが、それでも大概まずいと思う。
相変わらずこの主従関係はよく分からない。そして、こんな風でもアーヴィンに忠誠を誓っているらしいので、ますますよく分からない。
うーんと迷いつつ、エリーはあいまいに口を開いた。
「いつ好きになったというより、いつの間にか好きだったような気が……」
「え、そうなんだ?」
「閣下のことを思い出すと、とりあえずおいしいものが浮かんできて……」
「ふんふん」
「それを食べた時のおいしい記憶がよみがえって……」
「ふんふん」
「その時の幸福感とともに、ああ、閣下が好きだなぁ……と」
「ちょっと待ってエリー、それは違う」
そこでサイラスからストップがかかる。
「それは恋によるときめきじゃなくて、食べ物に対するときめきだと思う」
「そうでしょうか?」
「多分ね」
なるほど、これは違うのか。
内心で納得しつつ、小さく頷く。
「でもエリー、他にもあるよね?」
「そうですね、閣下を見ると嬉しくなって」
「うんうん」
「喜びと期待がいっぱいで、でも少し不安もあって」
「うんうん」
「今日の診察が終わったらどんなご飯が出るんだろうなと、胸が高鳴って……」
「それも食べ物に対してだね」
「そうでしょうか?」
「そうだと思うよ」
そうなのか……と思いつつ、エリーはふたたび考えた。
「……あ、魔導具を弄っている時の閣下も好きです」
「ほうほう」
「目が離せないというか、次にどうなるのか気になって、どきどきして、動き出した時には歓声を上げたくなるほどで……」
「それは魔導具に対してだね」
「え? 何か違いますか?」
「俺の思ってるような内容じゃない……」
しくしくとサイラスが顔を覆う。どうやら何か違ったらしい。
「もっと甘酸っぱい話が出てくると思ったのに……。これじゃ閣下と同レベルだ」
「も、もしかして悪口言われてます?」
「ただの愚痴……」
あと事実、とついでに告げる。
恥じらうエリーの様子を楽しみたかったようだが(それもどうかと思うが)、予想外に妙な方向に行ってしまったらしい。あからさまにがっかりされて、エリーもちょっぴり傷ついた。
(いつ、と言われても……)
気づいたらこうなっていたので、本当によく分からないのだ。
アーヴィンはエリーにとっての恩人であり、この屋敷での保護者であり、腕のいい主治医でもある。
ずっと一緒にいたせいか、これと言ったきっかけは覚えていない。
むしろ、彼が自分を好きになってくれた事の方が信じられない。
そういった意味では、よく両想いになれたものだと思ってしまう。
(でも、本当に好きなのに)
外見に目を奪われたのは確かだが、目覚めた日、ベッドの上で言われたセリフにドン引きした。あの瞬間、ときめきは一瞬で霧散した。瞬間冷凍されたと言ってもいい。
だからその後は普通に、「少し変わった人」という認識だったのだ。
綺麗な顔にどぎまぎしても、恋心に発展するには彼は少々特殊過ぎた。
(一緒にご飯を食べた時かな……。でも、違うって言われたし)
それなら、魔導具と向き合っていた時だろうか。けれど、これも違うという。
アーヴィンの事を考えると、胸がふわっと温かくなる。
度重なる問題発言はあれど、その言葉に嘘はなかった。行動にもだ。
パンを差し出してくれたやさしい手。
抱き上げてくれた時の力強い腕。
丁寧な診療と、きめ細かなアフターケア。
そして、自分を見る時の静かなまなざし。
その瞳に瞬く輝きを、綺麗だと思った。
「……あ、うん、分かった、もういいよ」
「え?」
「きっかけは分からないけど、エリーの気持ちは理解した。うん、ええと、ごちそうさま」
目を丸くするエリーをよそに、サイラスが目元を覆っている。
何が起こったのか分からないまま、彼は「じゃあまた」と背を向けた。
「そういう顔、閣下の前で見せてやりなよ」
「え?」
「きっとイチコロだと思うよ。それじゃあね」
「え、あの、サイラス様?」
止める間もなく行ってしまった青年を、エリーがぽかんと見送っている。
その後ろで「エリー?」と呼ぶ声がした。
「どうした、こんなところで」
「閣下……」
部屋にいたはずのアーヴィンが、魔導具を手に現れた。
「なんでもないです。今、サイラス様と話をしていて」
「何かされたのか。もしそうなら沈めよう」
「どこに!?」
反射的に答えてから、ふと口元に手を当てる。
「エリー?」
「……いえ。あの、ちょっと」
我に返ったら、急に今の会話が恥ずかしくなってしまった。
本人が同じ屋敷にいる状況で、堂々と「いつ好きになったのか」なんて内容を語り合っていたのだ。よく考えなくても恥ずかしすぎる。
なんでもないです、と告げたエリーに、彼は少々沈黙した。
「……君はサイラスと仲がいい」
「え? はい、そうですね」
「私とも仲良くしてほしい」
「え? いえ、それはですね……」
「私は君のものだ。そして君も私のものであってほしい」
「語弊!」
思わず叫んだエリーを無視し、空いている手がエリーに触れる。
「……『語弊』?」
「っ……」
では、ない。
エリーは彼の恋人であり、その発言は刺激的であっても、間違いではない。
(でも、でも、でも……っ)
真っ赤な顔のまま口をぱくぱくさせていると、彼はひっそりと囁いた。
「いつ好きになったのかは関係ない。大切なのは今、君が私を好きかどうかだ」
「き、聞こえて……?」
「少しだけ」
そう言うと、長いまつげをやや伏せる。
「ちなみに私は君のことがずっと好きだ。そしてこの先も好きだと思う」
「ごっ……」
「語弊ではないだろう?」
エリーの言いたい事を先回りし、そしてその言葉に間違いはない。ぐむっと黙り込み、エリーは真っ赤になった頬を押さえた。
(は、恥ずかしい……)
一体どうしてこうなった。
いや、サイラスの質問からか。
ぐるぐると考え込むエリーに、アーヴィンが逆の手を開いた。
「……これは?」
「君のために作った。魔力を吸収して囀る小鳥だ」
そこにあったのは手のひらほどの大きさの小鳥だった。口に花を咥えている。
属性を帯びない魔力なら花は白、火なら赤、水なら青、風なら緑、土なら黄色と、それぞれ色が変わるらしい。
(相変わらずすごい技術だなぁ……)
エリーも魔力付与は得意だが、その基となる魔導具作りに関しては、アーヴィンに遠く及ばない。
試しに火の魔力を加えてみると、花は見る間に赤く染まり、小鳥が愛らしく囀り出した。
「鳴き声も属性によって変えてある。魔力の強さによっても変わる」
アーヴィンはちょくちょく魔導具を作って贈ってくれる。そのどれもが愛らしくて、見ているだけで楽しくなる。
おかげでエリーの部屋の棚の三分の一は、彼の魔導具で埋まっている。
半年も経たないうちにこれなのだ。棚がいっぱいになったらどうしようと、今から少し心配だ。
けれど、その心配はちょっぴり甘くて、とても嬉しい。
「ありがとうございます、閣下」
「気に入ってくれたら幸いだ。また何か作る」
笑顔でお礼を言ったエリーに、アーヴィンも表情を和らげる。
――ああ、好きだな、と思う。
いつ好きになったのかは分からないけれど、なぜ好きになったのかは自信を持って言える。
やさしくて、少し不器用で、かなり変人。
嘘がつけなくて、問題発言を繰り返す困った人。
綺麗な目をしていて、魔導具を渡す手つきが慎重で、万が一にもエリーが怪我をしないように気を配ってくれる。
エリーは彼の事が好きだ。
多分、気づいた時には、とっくに恋に落ちていたのだろう。
「閣下、お話があります」
「なんだ?」
「あのですね――……」
――そしてエリーは二度目の告白を囁いた。
了
お読みいただきありがとうございます。触れ合いがないだけで、問題発言はちょくちょくかましている気がします。




