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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
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26.報いを受ける(Ostrich club2)


    ***

    ***



 目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。

 身体のあちこちが痛く、ぎしぎしときしんでいる。

 身を起こそうとして、両腕が縛られている事に気づく。それと同時に、気を失う直前の出来事を思い出した。


「あの、無能……」


 ぎりっと歯を噛みしめて、ジャクリーンは忌々しげに吐き捨てた。

 魔力で拘束を解こうと思ったが、うまくいかない。どうやら魔力封じの術を組み込んであるらしい。ちっと舌打ちし、まあいいわと考える。


 どうやら自分の命を奪う気はないらしい。

 おそらく、エリーが懇願したのだろう。あの愚図にしては上出来だ。それとも別の理由があるのか。

 自分ほど美しく才能豊かな人間なら、殺すのはもったいない。普通の男ならそう思うはずだ。もしかすると、あの美貌の青年の判断かもしれない。


(どっちにしても、ラッキーだったわ)


 殺されないのであれば、やりようはいくらでもある。

 それにしても、どれだけきつく縛ったのか。無理に魔力を使ったせいか、妙に体がだるい。


「おや、目を覚ましたんですか」

 扉が開いたのはその時だった。


「思ったよりも長かったですね。今日は目覚めないんじゃないかと思ってましたよ」

「あんた……誰よ?」


 立っていたのは、明るい茶色の髪をした青年だった。やや軽薄そうだが、人のよさそうな笑みを浮かべている。彼はサイラスと名乗り、恭しく礼をした。

 先ほど見た美形の男には遠く及ばないが、この程度なら手玉にとれる。

 一瞬でそう判断すると、ジャクリーンは急に弱々しい表情になった。


「ねえ、これ、外してくれない? 痛いのよ」

「申し訳ありませんが、それはできないんですよ。閣下のご命令です」

「もう逆らわないわよ。どうせ逃げられないんだろうし」

「そう言われましてもね……。お気の毒だとは思うんですが」


「じゃあ、せめて少しだけゆるめてくれない? 外れない程度で構わないから」

「ですが……」

「お願いよ、どうか」

 うるうるした目で見つめると、彼は仕方ないという顔になる。


「……ほんとに逃げませんか?」

「約束するわ」

「ちょっとだけですよ」

 しおらしく頷きながら、ジャクリーンは内心で舌を出した。


(やったわ)


 彼は知らないのかもしれないが、魔力封じの術は、拘束がゆるんだ時点で綻びが生じる。その隙をついて解除すれば一発だ。そうなればもう、ジャクリーンを縛るものはない。


 まずはこの男を叩きのめし、人質として使おう。そしてエリーを連れ戻し、今度こそ死ぬまでこき使ってやる。

 そうだ、奴隷にすればいい。確か隷属の術があったはずだ。二度と自分に逆らわないよう、魂に刻み込んでやる。


(そうだわ)


 いっその事、この男も奴隷にしてしまおうか。

 よく見れば悪くない顔をしているし、逃げ出す際にも人手がいる。手に入れておいて損はない。

 その後で、ゆっくりエリーを奴隷にしてやる。


「そういえば、ご存じですか?」

 そんな内心など知らず、青年がのんびりと話しかける。


「今のあなたは、エリーとつながっている状態だそうですよ。ですから、無茶はしない方がいい。エリーの体に負担がかかるとまずいですから」

「エリーとつながってる? どういうこと?」


「一時的とはいえ、古代魔導具を共有した弊害だそうです。魔力の使えない今のあなたなら問題ないでしょうが、エリーも今、魔力が使えない状態なんですよ」

「なんですって?」

「ですから、本当に無理しないでください。閣下もあなたの命までは取らないと言っていましたし」


 青年の言葉を、ジャクリーンは半分も聞いていなかった。


(チャンスだわ)


 片方が魔力を使えないなら、相手はジャクリーンの言いなりだ。魔力を吸い尽くされたエリーと違い、ジャクリーンの魔力は回復している。これを使わない手はない。


 それこそ、魂に呪文を刻む事もできる。そうなればこちらのものだ。一生奴隷にして、使い潰してやる。

 手首の拘束がわずかにゆるむと、ジャクリーンは勢いよく立ち上がった。


「あっ、何を――!?」

「助かったわ、間抜けな部下さん!」


 指先に魔力が宿るのが分かる。それをつながった先のエリーに叩きつけようとして――……。


「ふぎゃああああっ!!」

 ジャクリーンの全身に激痛が走った。


「痛い、痛いっ! 何よこれ!?」

「――あーあ、だから言ったのに」


 弾かれたように目を向けると、青年がやれやれといった顔をしていた。

 その口元には笑みがある。相変わらず、人のよさそうな顔立ちだ。

 だが今、なぜかその表情にゾクリとした。


「あなたがエリーに手を出すか、最後の賭けだったんですよ。エリーに何もしなければ、無事でいられたんですけどね。まあ、想定の範囲内ですよねぇ」

「あたしに何したのよ、あんた!?」

「俺は何もしてませんよ」


 したのはあなたです、と指を向ける。正確に言えば、ジャクリーンの心臓の部分に。


「うちの閣下、見かけによらず魔導具の扱いに長けてましてね。色々細工したんです。エリーの指輪に《反射》を仕込んだ時、ちょっとしたおまけも組み込んだようで」

「だから、一体なんなの!?」


「ですから、おまけです。あくまでも副産物だったんですけどね。大いに役立ってくれたようで」

「何をしたか言いなさいよ、この無能!」

「おお怖い。――ですからね、『俺は』何もしてないんですよ」


 もちろん、閣下(アーヴィン)本人もだ。

 そこで言葉を切り、彼は明るい声で告げた。


「したのは《反射》です。それだけですよ」

「反射……って……」

「あなたがエリーを攻撃した時、跳ね返されたでしょう? あの時に、同じ術をあなたの体に刻むよう仕込んだんですよ」


 エリーが魔力を使えないと知った時、ジャクリーンがどう出るか。

 反省して何もしなければよし、後悔して改心すれば術が解ける。


 エリーを心配し、治癒魔法をかけたいと言うのであれば、最初から拘束をゆるめるつもりだった。どのみち、エリーを傷つける事はできない。

 だが、反省したふりで油断させ、他者を傷つけようとするのであれば――相手に仕掛けた魔法が、自分の身に返ってくる。


「あなたはどんな魔法をかけたんです? 攻撃ですか、それとも呪い? まさかとは思いますが、隷属なんて最悪ですよ。魂に刻まれた魔法は、死ぬまで消すことができない」

「なっ……!?」

「対象者には絶対服従、害意を抱いただけで発動する。普通の人間なら気が狂うんじゃないですか? まあ、そんな物騒な魔法を身内にかけるはずがありませんから、大丈夫だとは思いますけど」


「あ、あたし……そんな……」

「それにね、あなたの魂に刻まれた魔法は、もうひとつの効果もあるんです」

「え……?」


「あなたを拘束していた縄、何の仕掛けもないんですよ。あなたは魔力封じだと思っていたみたいですけど」

「何の仕掛けもない……ですって?」


 そんなはずはない。

 だって、魔力は確かに発動しなかった。ちゃんと確かめたから間違いない。

 自分の体には魔力がある。それなら魔法は使えるはずだ。

 体内に揺らめく魔力を確認し、大丈夫だと安心する。


「お疑いなら試してみます? とは言っても、攻撃魔法は勘弁ですけど」

「このっ……!」


 余裕たっぷりに言われ、ジャクリーンはブチ切れた。

 ひそかに魔力を高め、指先に集中する。


 こうなったら、泣きわめいても許してやるものか。全身ぼろぼろになるまで痛めつけてやる。這いつくばって許しを請うまで許さない。こんな――馬鹿にして!

 彼の手をつかみ、一気に魔力を流し込む。だが――。


「うぎゃああああああっ!?」

 今度も悲鳴を上げたのはジャクリーンだった。


「痛い、痛い痛い痛いっ! なんなのこれ、なんなのよっ!?」

「あなた、学習能力がないって言われません?」

 呆れたような声とともに、ふう、とわざとらしい嘆息があった。


「攻撃魔法をやめろと言われて、攻撃魔法を選択する人がいますか? どう考えても(ブラフ)でしょう」

「痛いっ、痛いいぃっ!」

「それ、今まであなたがエリーにしていたことですから。自分の魔力を自分で味わうのって、新鮮でしょう? いやぁ、うらやましいなぁ」


 絶対にそう思っていない口調で、のほほんと告げる。


「なんで……こんな……っ」

「あなたの体に刻まれた《反射》の効果です。誰かに攻撃魔法をかけようとすると、自分に反射しちゃうみたいですね。いやぁ、よくできてますねぇ」

「なっ、そんな……っ」

「もう二度と、あなたは誰かを傷つけることはできません。魂に刻まれた魔法が消えない限りね。でも、その触媒は古代魔導具だ。この意味、お分かりですよね?」


 それはつまり、解除はほぼ不可能という事だ。

 たとえ同じレベルの古代魔導具を用意できても、魂に刻まれた魔法はどうにもできない。つまり、ジャクリーンは今後一切、攻撃魔法が使えない。

 それだけでなく、普通の魔法も同様だろう。魔力が外に出せないならば、どれだけ魔力量があっても意味はない。


「ああ、それと――」


 ピシリ、という音がしたのはその時だった。


「何……?」

 ピシピシ、ピシピシと、かすかな音が響いている。

 何気なく自分の手を見つめ、ジャクリーンは愕然とした。


「なによ、これ……?」


 ――白魚のような手は、老婆のようにひび割れていた。


 見ると、手だけでなく、腕にも変化が表れていた。

 シュウシュウと音を立て、肌から水分が奪われていく。いや、それは錯覚かもしれない。ジャクリーンの体が急速に老い始めたのだ。


「何よこれ、一体何よっ!?」

「古代魔導具を使用した副作用です。あなたは魔力枯渇を起こしかけているんですよ」

「なっ……!?」

「魔力枯渇は知ってますよね? あなたがエリーに教えたことだ」


 全身の激痛に苛まれながら、髪や歯が抜け落ちて、顔はしわくちゃになり、ぼろぼろになって死んでいく。


「よかったですね、自分の体で体験できますよ」

「なんで……こんな……っ」

「それもあなたがしたことでしょう?」


 エリーの魔力を古代魔導具に吸い尽くさせようとしたのだから、今度は自分の魔力が喰われる番だ。


「あなたが魔力を使うたびにこうなります。一応言っておきますが、使用しない方が身のためですよ」


 攻撃魔法を使えば自分に跳ね返され、同時に体内の魔力が欠乏して、魔力枯渇に陥る。その苦しさは想像を絶する。痛みに耐性のないジャクリーンには、到底耐えられそうにない。


(……それに)


 魔力を使うたびにこうなるなら、自分自身にも使えない。

 あの美しい肌も髪も、魔力をたっぷりと使っていたおかげなのだ。それがなくなれば、あれだけの美貌を保つ事ができない。

 美しさに絶対の自信を誇っていたジャクリーンにとって、それは何よりも耐え難い事だった。


「そんなの嫌よ、どうにかして!」

「できませんよ、そんなこと」


 だって、と青年が無邪気な顔で告げる。


「あなたはエリーを助けなかったんでしょう?」

「…………!」

「それが返ってきただけです。あなたにはお気の毒ですけど」


 まったくそう思っていないだろう口調で言い、朗らかに笑う。その表情は相変わらず軽薄だ。まるで今日の天気を告げるような気軽さで、サイラスはジャクリーンの懇願を一蹴した。


「俺ね、閣下の命令を受けて、色々調べてたんですよ」

「何……」

「あなたがエリーに何をしたか。エリーを捨てた時の状況も、ほぼ正確なところを把握していると思います」


「……それが、何よ」

「思ったんですよね。あなたはエリーを無能とののしって虐げていたけど、本当は違うんじゃないですか?」

「何が……」

「あなたはエリーの才能に気づいてた。そんなはずはないと思いながら、どこかでそれを分かって、嫉妬してたんじゃないですか?」

「違うわよ!!」


 ジャクリーンはわめいた。

 あの愚図は無能の役立たずで、ジャクリーンのお荷物だった。

 多少魔力量が多いのは認めるが、自分とは比ぶべくもない。


 だから使ってやったのだ。限界ぎりぎりまで魔力を奪い、他の事ができないようにした。エリーの成果はジャクリーンのものとなり、周囲もみんなそれを信じた。

 それもこれも全部、自分が天才だったからだ。


「小さいころから、あたしの方がよくできたの。あたしの方がすごかったのよ。あんな愚図、あたしの足元にも及ばない」

「その愚図にすべて押しつけて、仕事はうまく回っていたんでしょう? だとしたら、すごいのはエリーだ。あなたじゃない」


 それに、とサイラスは指を向けた。


「あなたがこき使っていたから、エリーはあなたに勝てなかったのでは?」

「何をっ……!」

「小さいころはともかく、ある程度の年齢になってからは、エリーの方が優秀だった。あなたは意識的にか無意識にか、それを察して、エリーを必要以上に虐げていた。自分の立場を脅かされたくなかったから。違いますか?」


「違うわ!!」

「そうこうしているうちに、綺麗さっぱりそれを忘れて、都合のいいことしか覚えていなかったんじゃないですか?」

「そんなはずないわ! あたしは天才なのよ!」


 ジャクリーンがわめいたが、サイラスの視線は揺るがなかった。

 御しやすそうな男だと思ったのに、飄々とこちらを手玉に取り、余裕をもって話している。その事に燃えるような羞恥と屈辱を覚えた。


「天才はエリーの方ですよ。あなたは多少魔力が扱えるだけの、頭の悪い凡人だ」

「違う!!」


 叫んだ瞬間、はらりと髪が抜け落ちた。床に落ちた髪の色を見て、ジャクリーンは「ひっ」と息を呑む。

 鮮やかだったはずの赤毛は、真っ白な色に変わっていた。


「あ、ああ……っ」


 反射的に顔に触れ、ジャクリーンは悲鳴を上げた。

 乾き切った指でも感じ取れるくらい、その顔は細かくひび割れていた。

 これではまるで老婆だ。しわだらけの手と同じように、全身がからからに乾いている。


 全身が痛い。痛くてたまらない。干乾しになったように苦しくて、息をするだけで精いっぱいだ。呼吸のたびに激痛が走る。


 これが魔力枯渇? だったら魔力を補えば――いや、それはできない。魔力を使うたびに吸い尽くされてこうなるのだ。今は魔力を使っていない。いや、二度と使う事ができない。だとしたら、これは何の痛みだろう。


 そうだ、これはエリーにしていた事だと言っていた。

 だとすればこれは、自分がしょっちゅう行っていた、エリーへの――……。


「これがあなたへの罰になります。魔力を奪われ、美貌を失い、エリーに死ぬまで逆らえない。彼女との約束通り、命は取りませんよ。その必要もないでしょうから」

「そんな……そんな……あたし……っ」

「俺に一任されたことを感謝してください。あなたは本来、もっとひどい目に遭ってもおかしくなかったんですから」


 そう言うと、サイラスは来た時と同じく、恭しく頭を下げた。


「自分の立場を理解できるようになるまで、ゆっくりと考えてください。大丈夫、時間はたっぷりありますから」

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