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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
24/34

24.その身に返る(Ostrich club)


    ***

    ***



 目の前で起こっている事が、エリーは理解できなかった。


 え。

 何。

 これは、一体。


「きゃあああぁっ!! うああぁぁあっ、ぎゃあああああっ!!」


 叫び声を上げているのはジャクリーンだった。

 胸をかきむしり、ドレスを振り乱して、のたうち回って暴れている。

 その目は血走り、ほとんど錯乱状態だ。


 エリーを拘束していた魔力が解け、床の上に落とされた。なんとか転ばずに着地すると、吊られていた手をさする。

 何が起こっているか分からず、エリーは呆然とそれを見つめた。


「――当たり前だろう」


 その時、背後で声がした。

 振り向くより早く、長身の人影が現れた。


「古代魔導具を使用するには、相応の魔力が必要だ。子供でも知っていることだろう」

「閣下……」


 立っていたのはアーヴィンだった。

 よそ行きのコートを身にまとい、いつもより上等な服を着ている。エリーの全身をざっと見回し、彼はわずかに眉を寄せた。


「……足りなかったか」

「え?」

「いや、なんでもない」


 ふいと目をそらし、ジャクリーンに視線を向ける。その目は冷ややかで、エリーが一度も見た事のないものだった。


「そんなことも分からず、古代魔導具に手を出すとは。無謀にもほどがある」


 通常の魔導具と違い、古代魔導具は使用者の魔力を吸って動く。

 魔力付与が切れれば、通常の魔導具は動かなくなる。だが、古代魔導具は違う。付与した魔力が切れた場合、使用者の魔力を奪って動かすのだ。本人の意思に関わらず。

 そして古代魔導具の力が強ければ強いほど、奪う魔力量も多くなる。


「助けて、助けてよっ! なんとかしてっ!」

「無理だ。君は魔力欠乏を起こしている。やがて魔力枯渇となるだろう。そうなれば手遅れだ。助からない」

「そんなの嫌よ、助けてよっ!!」


 ジャクリーンは髪を振り乱し、必死の形相を浮かべていた。白い指先をエリーに伸ばし、哀れっぽく訴える。


「エリー、もう二度とこんなことしないわ。約束する。だからどうか、お願いよ!」

「お姉さま……」

「今までのことも悪かったわ。本当よ。許してちょうだい!」

「お姉さま……本当に?」

「もちろんよ。助けてくれたら、二度とあんたには関わらない。お願いよ、エリー。あたしたち、血のつながった姉妹じゃない!」


 ジャクリーンの目には涙があった。ぐらりとエリーの気持ちが揺れる。


「か、閣下……あの」

「賛成できない。君の姉は邪悪だ。ここで魔力を吸い尽くされた方がいいと思う」

「ですが……」

「君に何をしたかは調べがついている。一度同じ目に遭ってみるといい」


 アーヴィンの声は揺るがなかった。ちらりと視線が向けられて、「自業自得だ」と告げる。


「ですが……ですが……苦しそうで」


 ジャクリーンは重度の魔力欠乏を起こしていた。

 このままだと、本当に魔力枯渇になる。

 魔力欠乏の苦しさは知っている。それ以上の苦しみを与えられたあげくに死ぬなんて、いくらなんでも残酷すぎる。


「お願いします、閣下。せめて、症状を軽くするだけでも……」

「……ひとつだけ、方法はあるが」


 エリーの懇願に負けたのか、アーヴィンが気乗りしない様子で言う。


「彼女が吸われている魔力を引き受けて、負担を軽くすればいい。だが、お勧めできない。一歩間違えば、君が身代わりとなってしまう」

「身代わり……」

「君に魔力の負担を押しつけて、冠の魔力だけを手に入れる。この方法なら可能だ。そして、それを止める術はない」

「そんなことしないわ!」


 ジャクリーンがわめきたてる。


「あたしはエリーを裏切らない。だって、たったひとりの妹だもの!」

「お姉さま……」

「約束するわ! だから助けて、お願いよ!」


 ジャクリーンは必死に手を伸ばした。アーヴィンが深々と息を吐く。


「……まず、指輪を外せ」

 ジャクリーンが外した指輪を受け取り、アーヴィンが改めてエリーに嵌める。


「君が裏切れば、エリーは死ぬ。それだけは言っておく」

「分かってるわ、そんなの」

「そうならないためにも、君は余計な真似をしないように。少しでも間違えば、エリーがすべてをその身に受ける。その代わり、君は莫大な魔力を手にするが……」

「そんなことしないわ、絶対に!」


 きっぱりと言い切ったジャクリーンに、アーヴィンはもう一度息を吐いた。


「エリー、こちらへ」

「は、はい」

「くれぐれも無理はしないように」


 方法は単純で、ジャクリーンの手を握り、吸い上げられる魔力を肩代わりすればいいだけだった。

 魔導具や魔石がない分、ダイレクトに自分に跳ね返る。一歩間違えれば命がない、危険な行為だ。

 簡単に説明すると、アーヴィンは少し離れた場所に立った。


「エリー……」

 ジャクリーンが弱々しげにエリーを見つめる。


「大丈夫ですよ、お姉さま」

 元気づけるように笑いかけ、エリーはそっと手を伸ばした。


「……っ!」


 ジャクリーンに触れた瞬間、すさまじい勢いで魔力が吸い上げられるのが分かった。

 魔力付与していた時とは明らかに違う。古代魔導具を「動かす」のが、これほどすさまじい負担になるとは思わなかった。


(一度手を離す? だけど、そうしたらお姉さまが……)


 駄目だ、それはできない。

 必死に歯を食いしばり、なんとか耐える。ジャクリーンはぐったりしたように動かない。


「そろそろだ、エリー。手を離せ」

「は、はい」


 その時だった。

 力なくくずおれていたジャクリーンが、しっかりとエリーの手を握りしめた。


「お姉さま?」

「……これで、あたしは助かるのよね」

 ひどく弱々しい声だった。


「はい、そうみたいです。でもあの、ちょっと、手が痛い……?」

「このまま手を握っていたらどうなるの? 離さないといけないの?」

 しおらしく聞かれ、アーヴィンが淡々と返答する。


「エリーの魔力が限界まで吸い上げられ、命を落とす。逆に冠は必要なだけの魔力を蓄えて、次に触れる人間が主人となる。先ほども言ったが、このままだと危険だ。手を離せ」

「分かったわ。つまり――」


 そこでジャクリーンはにんまりと笑った。


「このまま手を握っていれば、この愚図に全部押しつけられるってわけね」

「え……!?」


 言い終える間もなく、がっちりとエリーの手をつかむ。反射的に手を引っ込めようとしたが、ものすごい力でつかまれていて動けない。


「何をしている。気でも狂ったか」

「あたしは正気よ。この上なくね」

 ジャクリーンがせせら笑う。


「やめておけ。その状態で魔力を使えば、エリーに逃れる術はない。すべての力を奪い取られ、死んでしまう」

「あらそう。それは都合がいいわ、処理の手間が省けるもの」

「お、お姉さま……!?」

「いいこと教えてくれて助かったわ、間抜けなお二人さん! ほんっと、あんたってやっぱり愚図なのねえ!」


 高らかに笑いながら、ジャクリーンがますます強く手を握った。

「全部押しつける方法まで教えてくれるなんて、なんて愚かなの。間抜けの知り合いは間抜けなのね、本当に!」

「お姉さま、何を……っ」

「決まってるでしょ。あんたの魔力を根こそぎ奪って、冠の力をいただくのよ」


 ジャクリーンの目は欲望にぎらついていた。

「これだけの魔力があれば、なんだってできるわ。あんたなんかもういらない。騙される方が悪いのよ、エリー」

「やめて……嫌っ」

「もう遅いわ。さよなら、馬鹿な妹!」


 ジャクリーンがエリーの手を握りしめ、一気に魔力を流し込む。

 そして――。



 ――バチッと、指輪が白く発光した。



「え……?」

「念には念を入れておいた」

 アーヴィンが事もなげに言い放つ。


「八つの付与のうち、ひとつだけ書き換えた。《純潔》の代わりに《反射》。悪しきものから身を守る。一応と思っていたが、役に立って良かった」

「閣下……」


「あれだけ懇切丁寧に説明したのを、おかしいと思わない方がどうかしている。うすうす思っていたが、君の姉はずる賢いわりに愚かだな」

「…………」

「だが、おかげで助かった。見事に引っかかってくれた」


 上出来だ、とアーヴィンが頷く。


「君に何もしなければ、何の効果もない付与だった。だが、《反射》は鏡だ。された分を跳ね返す」


 ジャクリーンがエリーに押しつけようとしたものが、そのまま彼女に跳ね返ったのだ。

 見ると、ジャクリーンはその場に倒れ、完全に気を失っていた。


(た……)


 助かった。

 ほっとしたところで、今さら体が震えてくる。

 へたり込みそうになったところを、アーヴィンが軽々と抱き留めた。


「大丈夫か、エリー」

「は、はい、すみませ……」

「これを教訓に、君はもっと人を疑うことを覚えた方がいい」

「そう、ですね……」

「だが、私は君のそういうところが嫌いではない」

「え……」

「君が悪いのではなく、君を騙す方が悪い。つまり君の姉が悪い。それだけだ」


 目をやると、彼は静かな顔をしていた。

 笑ってはいないが、怒ってもいない。その目の色が綺麗だなと、ぼんやり思った。

 そっと手が伸びて、頬の傷に触れられる。


「痛むか」

「だ……大丈夫です」

「もっと気をつければよかった。すまなかった」

「閣下が悪いんじゃありません。あの……近い」

「君の体に傷をつけるとは。痛恨の極みだ」


 そっと傷をなでると、痛みがすうっと消えていく。跡形もなく傷を治すと、アーヴィンはふたたび頬に触れた。その距離が近い。とても近い。


「あとは君の姉の処遇だが、すでに話は通してある。君は何も心配しなくていい」

「え、でも――」

「心配しなくとも、殺しはしない。それなら文句はないだろう?」

 命は助けると言われ、エリーはほっとして頷いた。


「ありがとうございます、閣下」

「君の姉なのだから、仕方ない。多少の融通は利かせるつもりだ」


 その言葉を告げる顔が近い。とにかく近い。


「閣下、距離感がおかしいです」

「問題ない。これは君に対してだけだ」

「え? どうしてですか?」

「私にも分からない」


 コツン、と額をぶつけられる。


「だが、悪い気分ではない。むしろ心が弾む感じだ」

「語弊……って、私も嫌ではないですが……」


 でもこの距離で話されるとどきどきして、妙に落ち着かない気持ちになる。

 間近で見たアーヴィンの顔は、いつもと変わらず整っている。

 むしろ近いせいで余計にすごい。どこにも隙の無い美貌だ。

 その目が宿すのはエリーの顔と、瞬きにも似た魔力反応。


(綺麗……)


 瞳の中に星が輝き、うっとりするほど美しい。

 そういえば、エリーの目にも魔力反応があると言っていた。彼の目にも同じものが映っているのだろうか。


 アーヴィンは相変わらず何も言わない。

 じっと見つめ合い、どちらからともなく唇が近づく。

 そして――。


「いやー、遅くなりました。あれ? もう終わっちゃったんですか?」


 唇が触れ合う直前で、のんきなサイラスの声がした。

お読みいただきありがとうございます。やるなって言ったのに……。

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