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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
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21.嵐の到来


    ***



 ようやく指輪の解析が終わったのは、冠の調査がそろそろ終了するころだった。


「思ったよりも時間がかかったな。だが、収穫はあった」

「そうですね……。古い時代の魔導具、すごいです……」


 二人とも疲れた顔だが、その表情は充実している。

 最初は少しだけのつもりだったが、あと少し、あと少しと延長して、解析が佳境を迎えるころには二人して離れに泊まり込んでいた。うっかり毛布まで持参してしまった。

 今まで知らなかった事だが、自分は仕事中毒の気があったらしい。


「俺がちょっと忙しくしている間に、どういうことになってるの?」

 現れたサイラスが呆れた顔で呟く。 


「すみません、つい……」

「二人して重なって寝てるのを見た時は、いきなり段階飛ばし過ぎじゃない? とは思ったけどさ。まさか仮眠中だったとは」

「仮眠ではない。うっかり本気で寝てしまった」

「あ、私もです。解析が終わったのでほっとして」


 ほのぼのと頷き合う二人を見つつ、サイラスが遠い目になる。


「もうね俺……馬に蹴られるのはやめとこうと思うんだよ」

「何がですか?」

「うん、まあ、そうだよね。エリーの方はそうだよね……」

「何がだ、サイラス」

「こっちもそうですよね……って、えぇ……閣下は分かってないと困るんですけど……」


 どっちも分かってないのかと、なぜだかため息をつかれてしまう。


「まあいいです。冠の方は、明日王宮に届けるんですよね? 今日のご予定は?」

「保管に当たっての注意がある。一度出向いて確認する」


 やや乱れた髪をかき上げ、アーヴィンがけだるげに息を吐く。寝起きのせいか、前髪が普段よりも乱れている。その姿がやたらと色っぽい。


「そうだ、エリー。これを」

 ふと気づいたように彼は指輪を差し出した。


「長く借りていてすまなかった。君に返す」

「あ、ありがとうございます……」

 手を出したが載せられず、「?」とアーヴィンの顔を見る。


「私が嵌める」

 そう言うと、わざわざ逆の手を取って嵌められる。彼が選んだのは、今度も左手の薬指だった。


「えっこれで本当に分かってないのこの人……?」

「何がだ、サイラス」

「あ……ありがとうございます、閣下」


 二度目ともなれば耐性はついたが、それでも少し気恥ずかしい。もじもじするエリーを見て、サイラスがなぜか「これだよ、これ…!」と感激していた。


「二人とも情緒が死滅してるのかと思った。ああよかった」

「よく分からないが、何か失礼なことを言っているのは理解した」

「情緒が死滅……」

「まあいいや。それじゃ、俺も今日は出かけますんで」


 サイラスがひらりと片手を上げる。よく見れば、彼は外出着姿だった。


「え、サイラス様も今日はいらっしゃらないんですか?」

「そうなんですよ、残念ながら。ちょっと聞き逃せない情報が入ったもんでね」


 夕方までには帰るから、と宣言される。

 サイラスはこのところ忙しく、屋敷に戻らない日が続いている。エリーは心配していたが、大事な仕事があるらしい。アーヴィンは事情を知っているようで、「気をつけるように」と忠告した。


「分かってますって。ちゃんとお仕事してきますよ」

「たまには休んでくださいね、サイラス様」

「ありがとうエリー。俺、君のためだけに頑張るよ」


 アーヴィンの部下とは思えないようなセリフを吐き、サイラスは軽やかに行ってしまった。主も咎めないので、このくらいの軽口は許容範囲のようだ。割と心が広いと思う。

 最初ははらはらしていたが、彼らにとっては日常会話だと理解してからは、ほっと胸をなで下ろした。


 ちなみに、サイラスは非常に優秀で、敵に回すと怖いらしい。とてもそうは思えないのだけれど、本当だろうか。


 それはともかく、エリーは改めて指輪を見つめた。

 詳しく調べたところ、これは結婚指輪ではなく、恋人からの贈り物らしいという事だった。


 指輪に付与されていた魔法は合計八つ。このサイズからすると、信じられないほど高度な技術だ。

《守護》、《幸福》、《愛情》、《永遠》、《喜び》、《希望》、《誓い》、《純潔》。

 ひとつの魔法に対し、次々に魔力が連動する仕組みで、石の配列だけ見ていては分からなかった。

 既に効力は切れているらしいが、エリーが新たに魔力付与した事によってよみがえった。エリーの好みに合わせて、好きな付与をする事もできるそうだ。


 とはいえ、書き換えには膨大な魔力が必要なので、今のところは考えていない。

 また、他人のために贈られた品を再利用するのも気が引けて、なんとなく愛でるだけにしている。


「君が新たな主人だな。この指輪は生涯使える。大切にするといい」

「は、はい……」


 本当にいいのだろうかと思ったが、とりあえず頷く。

 その様子を見ていたアーヴィンは、なぜかエリーのおでこに顔を寄せ、軽くキスするといなくなった。あまりにも自然だったため、突っ込む暇もなかった。


 アーヴィンも出かけてしまうと、エリーは束の間ぼんやりした。

 こんなに何もしなくていい日は久々だ。


 ジャクリーンにこき使われていた時は、常に頭の隅がぼうっとしていた。そのくせ、怒られないかとびくびくして、いつも何かしら気を張っていた気がする。

 ジャクリーンの怒鳴り声は怖かったし、殴られるのも怖かった。仕事に失敗して魔力を流された日は、痛くて眠れないほどだった。


 今は魔力も元に戻り、以前の仕事も容易にこなせるくらい回復している。――けれど。

 あの日に戻れと言われても、とても無理だ。


 カタン、と物音がしたのはその時だった。


(誰……?)


 アーヴィンかサイラスが戻ってきたのだろうか。

 そう思ったのは束の間だった。



「――あぁら、いいところで暮らしてたみたいじゃない」



 その声に、エリーは弾かれたように振り向いた。


「小綺麗な恰好してたから、見間違えちゃったわよ。でも、やっぱり冴えないあんたが何を着たって、全然似合わないのねぇ。みっともなくて笑っちゃう」


 華やかな中に棘を隠した、高慢な声。

 嘲るような、毒のある響き。

 まさか、という声が喉から漏れる。


「しょうがないから、あたしが脱がせてあげましょうか?」


 ふふ、と笑う声に、エリーの背中を汗が流れた。

 まさか、まさか――まさか。


(なんで……ここに……?)


「見つけたわよ、エリー」


 姉のジャクリーンが、離れの入り口に立っていた。

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