20.閣下の距離と心の関係
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「――できた」
その声は唐突に響いた。
「できた……できた、できました!」
「本当か?」
「すごいよ、エリー!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるエリーに、二人が目を輝かせる。飛び跳ねるのをやめると、エリーは握りしめていた手を開いた。
そこには淡く輝く石があった。
「指輪の魔力付与、成功しました!」
ここまで来るには長かった。
途中で何度かくじけそうになったが、きらめく石を見ると気力が湧いた。
毎日柔らかい布で拭き、そのたびに話しかけ、ついでに魔力を流していたら、ある日、唐突に反応があったのだ。
「日数に関係があるのか、それとも魔力の合計か。非常に興味深いな」
「どっちにしてもよかったね、エリー」
「はい!」
あまりにも嬉しくて、ぎゅうっと胸元に抱きしめる。
その時、そわそわしているアーヴィンに気がついた。
(あ、そうか)
「どうぞ、閣下」
指輪を差し出すと、アーヴィンが戸惑った顔になる。
「ご覧になってください。閣下がお好きなだけ、ご自由に調べてくださって構いません」
「だが、これは君にあげたもので――」
「では、解析をお願いします。私では分からないので」
どうぞ、と笑顔になる。
アーヴィンはまじまじとエリーを見た。
その顔が唐突に近づき、いきなり手を取られたかと思うと、頬に勢いよくキスされた。
「――感謝する!」
ぽかんとするエリーをよそに、いそいそと作業場へ直行する。扉が閉まる直前に聞こえたのは、聞き間違いでなければ鼻歌だった。
「あーあ、さすが研究バ……んんっ」
主がいないので、サイラスがちょっと失言している。
「大丈夫、エリー? ショック受けてない?」
「い、いえ、大丈夫です……」
頬を押さえたまま、エリーが呆然と返事をする。
(いい匂いがした)
触れた唇の感触よりも、その香りの方が記憶に残った。
指輪の解析は、冠よりも時間がかかった。
冠の詳細はすぐさま王家に伝えられ、引き続き調査するようにと命じられた。確かに、まだ不明な点も多いので、このまま国には戻せない。
逆に指輪はアーヴィンが個人的に買い求めた品なので、割と気楽なものだった。
所有権がエリーにあるせいか、覗き込んでも怒られない。今もアーヴィンの隣で、興味津々に見学している。
「閣下、何をしているんですか?」
「指輪の効果を調べている。《守護》と《幸福》は解析できたが、残りが難しいな」
「お守りでしたら、《防災》は?」
「それも考えたが、違った。《守護》にかぶるのでは?」
「それもそうですね。では、愛情関係はどうでしょう?」
「悪くない。結婚指輪と仮定して、《家内安全》も試してみよう」
二人で意見を出し合っていると、なんだか楽しい。
アーヴィンは特にこだわりなく、エリーの意見を取り入れてくれる。頭ごなしに否定したり、ののしったりはしない。仕事に慣れていないエリーが失敗しても、理不尽に怒られた事もない。
もちろん、手を上げられた事も一度もない。
アーヴィンのそばで仕事をするのが、エリーは楽しみになっていた。
(できるなら、ずっとここにいたいなぁ……)
「エリー、どうした?」
「あ」
いつの間にか、アーヴィンの顔を見つめてしまった。慌てて首を振り、謝罪する。
「なんでもないです。すみません」
「構わない。ただ、君に見られると、時々妙な気持ちになる」
「妙な気持ち?」
「うまく説明できない。サイラスには一度も感じたことのない感情だ」
「それは……なんでしょうね?」
「不明だ」
「不明ですか……」
彼に分からないものが、エリーに分かるはずはない。
それで話は終わりだったが、アーヴィンは続けて口にした。
「その妙な感じが、私は嫌いではないらしい」
「な、なるほど?」
「だからこれからも見てくれて構わない。私もよく君を見るが、その時も同じ気持ちになる」
「なるほど……え、閣下も見てるんですか? 私を? なんで?」
「不明だ」
「不明ですか……」
お手上げだ。
「だが、心地いい。むしろ見つめていてほしい。私も見つめようと思う」
彼は真顔でそう言った。……ものすごい至近距離で。
「近い近い近いです」
両手で押しのけると、しぶしぶ退く。
なぜこの人はこんなにも近づくのか。そして語弊。語弊に次ぐ語弊。ついでに行動弊。
「さあ、残りの解析をしよう」
「そ、そうですね」
赤くなった顔に気づかれないように、ぺちぺちと頬を叩く。
作業はその日、遅くまで続いた。




