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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
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2.姉妹の格差


   ***

   ***



 エリーとジャクリーンの姉妹は、幼いころから正反対だった。


 美しく聡明なジャクリーンは人気者で、おとなしく凡庸なエリーは目立たない。

 実の両親でさえそうなのだ。近所でもジャクリーンは評判の美少女で、エリーとは扱いが違っていた。


 彼女は外面を取り繕う事も上手で、彼女がした失敗はいつの間にかエリーのせいになり、エリーの手柄はジャクリーンのものとなった。

 エリーがしている魔力付与も、外ではジャクリーンが行った事になっている。エリーはただの下働きで、お荷物扱いだ。


 違うとでも言おうものなら、即座に引っぱたかれて蹴り飛ばされ、容赦なく魔力を流し込まれる。ジャクリーンの魔力操作は高く、魔力付与しかできないエリーに太刀打ちできるはずがなかった。


 今では外出まで制限され、こうやって毎日こき使われる日々。

 十六になる今も、エリーはジャクリーンの言いなりだ。

 この生活がいつまで続くのかは、考えたくもなかった。


 翌日、朝帰りしたジャクリーンは機嫌がよさそうだった。


「あんた、またこんなところで寝てたの? ほんとに愚図な子ね。みっともない」

「ご、ごめんなさい……」

「まあいいわ。言いつけた仕事は終わったの?」


 尋ねられ、びくびくと頷く。


 起きたのは二時間ほど前だが、完全に寝入ってしまった事に青くなり、すさまじい速さで仕事をこなした。魔力付与は少し大変だったが、あの痛みを思い出せば無理がきいた。なんとか間に合った時は、心の底からほっとした。


 出来栄えを確かめると、ジャクリーンは満足そうに頷いた。


「まあまあよくできてるじゃない。あんたにしては上出来よ」

「ありがとうございます」

「今日もたくさん注文が入ってるから、しっかりやりなさい」


 エリーに任されている仕事は、通常なら複数で行う量だ。けれど、ジャクリーンは手伝う気もなければ、新しく人を雇う様子もない。必然的に、それらはすべてエリーの仕事になった。

 仕事を始めたばかりのころはうまくできず、しょっちゅうジャクリーンにぶたれていた。失敗がひどい時には魔力を流し込まれ、泣き叫んで許しを請うた。


 あんな目には遭いたくないと、エリーは必死に勉強した。今ではかなりの量がこなせるようになったが、ジャクリーンの取ってくる仕事の量が尋常ではない。結局、エリーの立場は「役立たずの妹」のままだった。


(今日も、がんばらないと……)


 決意を固めるエリーの横で、ジャクリーンはドレスの具合を確かめている。


 この店が繁盛しているせいか、最近では貴族の夜会にも招かれているようだ。それに伴い、ジャクリーンの金遣いはますます荒くなっている。宝石やドレスも知らないものが増え、ジャクリーンの髪や肌は艶を増した。


 見かけだけなら極上の姉なのだ。貴族に人気があるのも頷ける。


「あんたがこうして暮らしていられるのは、あたしが社交を頑張ってるからよ。あんたは魔力付与ができるだけの、ただの落ちこぼれ。あんたひとりじゃ仕事を取ってくることもできない無能よ。あたしに感謝して、これからもあたしのために頑張りなさい」


「…………」

「何よ、その目。文句でもあるの?」

「ち、違います」


 何も考えていなかったのだが、ジャクリーンの不興を買ってしまったらしい。慌てて何度も頭を下げる。すみませんすみませんと、必死で謝った甲斐があったのか、幸運にも手は出なかった。


「まあいいわ。あんた、いつでもぼーっとしてるもんね」

 馬鹿にしたようにジャクリーンが(わら)う。


「ただ……あんた、最近魔力の回復が遅いわね」

「!!」


 エリーがびくりと身をすくませる。


「もっとポーションの量を増やした方がいいのかしら。それとも濃度? まあいいわ、そっちはあたしがなんとかする」

「は、はい……」

「失敗することだけは許さないわ。もしそうなら……分かってるわね」


 上からねめつけられ、こくこくと頷く。

 従順な妹に満足したのか、ジャクリーンは手早く身を清め、アイロンをかけたばかりのドレスに着替えた。念入りに化粧して、香水を振る。


「じゃああたし、また出かけてくるから。夜には戻るわ」


(……助かった……)


 短時間で出て行った姉を見送ると、エリーはその場にへたり込んだ。

 近くの机には新しい仕事が山積みされていたが、今は殴られなかった事にほっとした。

 それにしても、と息を吐く。


(やっぱりお姉さまはすごいわ。どうして分かったんだろう)


 近ごろ、魔力の回復が遅くなっている気がする。

 それどころか、以前よりも魔力が弱まっている気がするのだ。


 わずかな変化だが、確かに感じる。

 そしてそれは例えるなら、坂道を転がり出す直前のような、ひどく不穏な気配がした。


 どうか気のせいであってほしい。

 そう願いながら、エリーは魔力付与の準備を始めた。

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