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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
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19.ジャクリーンの窮地

    ***

    ***



 こんなはずでは、とジャクリーンは青ざめていた。


「なんということをしてくれたんだ。侯爵夫人直々の依頼である宝石に、あんな真似をするなんて!」

「も……申し訳ありません、ついうっかり」

「ついだと!? 『つい』で済む問題ではない。君は分かっているのか、自分のしでかした失敗の大きさを!」


 宝石を見たロドス伯爵は顔色を変えた。

 あれこれ言い訳を述べるジャクリーンを一顧だにせず、すぐに人を手配する。魔力の除去には時間がかかったようだが、無事に元通りになったらしい。元に戻ったならいいではないか。大げさね、と内心でむっとする。


 多少の失敗くらい、誰にでもある事だろう。

 そもそも宝石の魔力付与は難しい。それくらい、彼も知っているはずなのに。


 自分はエリーの失敗を認めなかったくせに、そういう事は都合よく忘れている。それよりも、怒鳴られた事が腹立たしくて、歯噛みしたくなる。


「君は本当に魔力付与の仕事をしていたのか?」


 ぎくり、とジャクリーンが身を固くする。


「魔石といい、君の話にはどうもおかしなことがある。すまないが、本当に以前のような魔力付与ができるのか、今の君に?」

「もちろんですわ。今はたまたま調子が悪いだけです、本当ですわ!」

「たまたま、か」


 伯爵がその言葉を繰り返す。あまり信じていないのは、その顔つきからもよく分かる。


「ひとつ聞きたいのだが、ブランシール嬢」

 ついこの間、親しみを込めて「ジャクリーン嬢」と呼んでいた彼は、視線に冷ややかなものをにじませた。


「君は本当にあの魔力付与を行った人間なのか?」

「っ……それは」

「君が魔力付与した魔石は、以前と魔力が異なっているように見える。それとも私の勘違いかね?」

「きっ、気のせいですわ! どちらもわたくしの仕事です!」


 まずい、とジャクリーンは舌打ちしそうになった。

 すべてをエリーに押しつけていたので、ばれるはずはないと高をくくっていた。検出される魔力はいつもひとり分。それはすなわち自分の手柄だ。

 まさか、魔力を見比べられるとは思っていなかった。


「――君の工房には、確かもうひとりいたはずだね。君の妹さんだったか。彼女と何か関係があるのでは?」

「違いますわ! エリーは無能の役立たずで、わたくしのお荷物だったのです!」

「だが、今の君は魔力付与すらまともにできないではないか」

「ですから、それはっ……」

 言いかけて、ジャクリーンはアランを振り返った。


「アラン! あなたなら信じてくれるわよね。わたくしが有能な付与師だと。全部わたくしの実力だと、お父さまに説明してちょうだい」

「ああ、うん、そうだね」


 分かっているよと言いながら、アランもどこか気のない様子だ。ジャクリーンに急かされても反応が薄い。伯爵もそれを当然のように眺めている。


(何よ……!!)


 かっと頭に血が上ると、「ねえ、ジャッキー」と名前を呼ばれた。


「僕は言ったよね? 君の才能に惚れ込んでいるって。君の魔力付与は本当にすごかった。素晴らしい才能だと思ったよ」

「え……ええ」


 ジャクリーンが頷く。それは出会った時からずっと聞かされているセリフだ。


「初めて見た時から、僕は君に夢中だった。どれだけ使っても減らない魔力、見たこともない高レベルの魔力付与。そして、大量の注文にも文句を言わず、期日を守る仕事への姿勢。どれをとっても素晴らしかった。君しかいないと思ったよ」

「そうよ。だからあた……わたくしは――」

「だから、僕は君が欲しかった。君という存在を手放したくなかったから。それもこれもすべて、君が天才だったからだ」


 そのころを思い出したのか、貴公子めいた顔に微笑みが浮かぶ。

 ジャクリーンが一目で気に入った、王子様のような美貌。


 彼に崇拝され、お姫様のように扱われる事が嬉しくてたまらなかった。

 浮かべていた笑みを、アランはふと消した。

 真顔になると、彼が思ったより冷たい顔立ちだという事に気がついた。


(なんなの……?)


 よく分からない不安が込み上げてきて、ジャクリーンはドレスの脇を握った。手のひらがじっとりと汗で濡れている。


 このままではまずい。

 それは分かっているのに、どうしたらいいか分からない。

 ジャクリーンの動揺をよそに、彼は無表情のまま彼女を見据えた。


「このままだと、君をここに置いておくことはできない。宝石の失態を挽回して、なお余るほどの価値を見せなければ。それができないなら、君との関係は終わりだよ、ジャッキー」

「なっ……!?」


 なんでよ、とわめきたいのを抑えて、ジャクリーンは「どうしてなの?」と聞いた。表面上はあくまでもしおらしく、儚げに。

 淑女の作法にのっとった問いは、けれど、わずらわしげな視線ひとつで崩れ去った。


「どうしてって、当然だろう。僕らは慈善事業をしているわけじゃない。君という才能に惚れ込んだ以上、その才能がなくなれば、それで終わりだ。事業(ビジネス)とはそういうものだろう?」

「あなたはわたくしが好きだと言ったわ! 結婚してほしいと! そもそも、先に話を持ちかけたのはそっちでしょう。伯爵がそう言ったのよ! 息子の妻になってほしいと!」


 美しさだって磨きをかけたし、ドレスや宝石にも金をつぎ込んだ。途中からは彼らがプレゼントしてくれるようになったけれど、散財も相変わらず続けていた。

 ジャクリーンは華やかで美しい。それだけでも十分に価値があるはずだ。

 なのに、どうして、そんな事を言うのか。


「何か勘違いしているみたいだけど、ジャクリーン・ブランシール」

 そこで彼はうんざりした顔を見せた。


「僕は最初から言っていたはずだ。君ではなく、君の才能に惚れ込んでいると。君が金髪だろうと、青い目だろうと、そんなことは関係ない。正直言って、二目と見られない醜い顔立ちでも構わない。そこに才能があればね。僕は才能のある妻が欲しいんだ」

「才能……ですって……?」


 彼らに依頼された仕事をこなしていたのはエリーだ。

 ジャクリーンはそれを取り上げて、手柄をひとり占めしていただけ。

 無能の妹を痛めつけ、恐怖で支配し、無理やり働かせていただけだ。


「もう一度聞くよ、ジャクリーン。君は、本当にあの付与を行った人間なのか?」


 アランの目がじっと見ている。ロドス伯爵の視線も感じた。

 ガラス玉のような目で、青ざめたジャクリーンの様子を観察している。


「わ……わた、わたくしは……」


 震えているのが自分なのか、それとも地面が揺れているのか、ジャクリーンには分からなくなっていた。

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