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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
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18.魔力除去と四属性付与

    ***

    ***



(どうしよう……)


 オルゴールに続き、指輪までもらってしまった。

 指輪を見つめ、エリーは小さく息を吐いた。


 確かに素敵だとは言ったが、もらうつもりなんてなかった。むしろ、今からでも返したい。何かに紛れてそっと返してしまいたい。


 だが、結論から言うと無理だった。

 詳しい経緯は省くが、どうあっても無理だった。それはもう、何をしても無理だった。本当に本気で無理だった。一応書くと、泣き落とししても無理だった。


 やり取りを聞いたサイラスが腹を抱えて笑っていた。ちょっとひどいんじゃないかと思う。

 仕方なく受け取ると、アーヴィンは非常に満足そうな顔をしていた。


(値段だけは聞かないでおこう……)

 せめてもの心の平穏だ。


「お給料だと思っておけばいいのに。エリーは真面目だなぁ」

「一生働いても返し切れないほどですよ。うう、一本だけ指がきらきらしてる……」

「そんなエリーにいいものを持ってきたんだけど」


 そう言うと、彼は小箱を取り出した。中身を見たエリーが目を瞬く。

「……これは?」


 そこにあったのは首飾りだった。

 元は色鮮やかな宝石だったはずだが、四つの石はすべて濁り、完全に輝きを失っている。中のひとつは消し炭と化して、べったりと魔力がこびりついていた。


「俺の知り合いの奥様が、腕のいい工房に依頼したんだけど。何の手違いか、こんなことになったらしい。奥様にとっては大切な品でね。どうにかしてくれないかって泣きつかれて」

「魔力付与が失敗したんですね。ここまでひどいのは珍しいです」

「どこの工房でもお手上げで、一応持っては来てみたけど……。やっぱり無理だよなぁ、ごめん」


 持って帰るよと言ったサイラスを、エリーは袖を引いて引き留めた。


「大丈夫です、できます」

「できるの?」

「前に、お姉さまに命じられた仕事に似たようなものがあって……。これはこびりついた魔力を取り除くところからしないといけませんけど、元に戻ると思います」


 手早く準備をし、エリーは金属部分に触れた。

 思った通り、魔力は完全に固まっているが、このくらいなら取り除ける。


「《魔力除去》」


 呪文と同時に、首飾りが光に包まれた。


「え、いきなり? 下準備とかなくていいの?」

「これくらいなら平気です」


 通常は聖水に浸したり、特殊なインクで魔法陣を描き、魔力を増幅させてから行う。だが、あの場所でそんな事ができるはずもなかった。

 指先で触れると、見る間に濁りが薄れていく。


 エリーは意識していなかったが、魔力付与と同じく、付与された魔力を取り去るのも非常に難しい技だった。その力が上級ならば「聖女」とあがめられるほど。

 そんな事など知らないエリーは、汚れを落とす感覚だ。


 実際、こびりついた魔力の除去は洗浄に似ている。二、三度繰り返すだけで、宝石が元の輝きを取り戻す。まばゆいほどに光り輝くのを見て、サイラスが感嘆のため息をついた。

 仕上げに金属部分の魔力を除去し、完全に綺麗にする。


「ふわぁ……。すごいとは思ってたけど、ほんとにすごいんだなぁ、エリーは」

「そんなことないですよ。普通です」

「いや、これもう普通じゃないって」


 そう言われたが、どうもピンとこない。

 これはあくまでも魔力付与の下準備で、日常的な仕事のひとつだった。実際、ジャクリーンもよく「これくらいならあたしにだってできるわよ」と言っていた。


(だけど)


 彼らの役に立てたのなら、とても嬉しい。

 喜びを噛みしめていると、「あのさ」と、おそるおそる聞かれた。


「……まさかとは思うけど、エリーならこの宝石に属性の違う魔力付与ってできたりする?」

「できますよ」

「マジで!?」

「四属性でいいんですよね? この首飾りの宝石なら、すぐにできます」

 やりましょうかと言うと、サイラスは飛び上がって喜んだ。


「うわーありがとう、すごく助かる! 実はちょっといいところのご婦人で、できれば恩を売っておきたかったんだ。やってもらえたらありがたい。お礼もするよ!」

「いいですよ、これくらい」

「ちなみに、それって俺が見てもいいやつ?」

「もちろんです。あ、でも、最近は新しい付与を試すなら、閣下がそばにいる時にって――」

「私がなんだ?」


 突然現れたアーヴィンに、サイラスが「うわっ」と叫んだ。


「閣下! 脅かさないでくださいよ」

「私の仕事場に私がいて何が悪い?」

 そして閣下と呼ぶなと告げる。すっかり閣下呼びが定着していたエリーも首をすくめた。


「エリーの閣下呼び可愛いじゃないですか。それとも嫌?」

「エリーはしょうがない。お前は嫌だ」

「差別!!」


(あ、私はいいんだ)


 その事に少しほっとする(ちなみに、サイラス様ごめんなさいと内心で思った)。

 胸をなで下ろしたのも束の間、「だが名前で呼んでくれても構わない。とても好ましい」と言われて固まった。


「どうか気楽に呼んでほしい、アーヴィンと」

「ご、誤解を招きます、その発言は」

「誤解ではない。君に名前を呼んでもらえたら嬉しい」


 正確に言えば、「閣下呼びじゃない方が嬉しい」だろうか。語弊。明らかに語弊。


(いやもう語弊とかいうレベルじゃない……)

 ぐったりと疲れたが、そんな事をしている場合ではない。


 気を取り直し、首飾りを手に取る。

 別に秘匿技術ではないので、見られても一向に構わない。元々、ジャクリーンの注文に対応できるように工夫した手法だ。やり方は少々特殊だが、難しい事でもない。


 金属部分に触れて、まずは弱い魔力を流す。

 全体に魔力が行き渡ったら、次は宝石に。属性が偏らないよう注意しつつ、慎重に手を触れる。すべての石に指を置くと、エリーは一気に魔力を込めた。


「――《魔力付与》」


 四色の光に加え、白い光が立ち上る。それは反発する事なく、宝石の中に吸い込まれた。


「四属性の魔力を一気に? しかも反発なしで!?」

「基礎となる魔力で中和して、同時に行えば大丈夫です。魔石と違って、弱い付与で済みますし」

「それにしても……驚いたな。閣下もそう思うでしょう?」

「ああ、そうだな」


 アーヴィンも驚いた顔をしていた。しげしげと、エリーの手の中の首飾りを観察している。「見てもいいだろうか」と聞かれ、エリーは頷いた。


「サイラス様、構いませんか?」

「ああ、うん、もちろんいいけど……すごいな、まったく」


 サイラスは驚きを取り越して、ぽかんとした顔をしている。「どうぞ」とアーヴィンに首飾りを渡すと、彼は真剣な顔でそれを眺めた。


「金属部分の魔力は完全に消えているな。ごく弱く、付与と同時に消えるほど薄く。逆に宝石の周囲は少し強めに。この意図は?」

「宝石に魔力を付与する時、周囲の魔力を吸い取ってしまうので……。金属部分は、ええと、目くらまし、みたいな感じです」


「目くらまし?」

「同じ魔力で薄く覆うと、反発が起きにくくなるんです。逆に少しでも厚いと駄目で、力任せにやると失敗します。それで、一気に四つ付与するのが一番うまくいったので……」

「なるほど」


 首飾りをあちこち引っくり返し、アーヴィンが得心のいった顔になる。


「できれば私にもひとつ欲しい。頼めるか」

「材料さえあれば、もちろん」

「あっエリー、俺も欲しい。小さいのでいいからお願い。もちろんお礼はたっぷりするから」

「いいですよ、そんなの」

 エリーは笑って首を振った。


 同時に別の属性に魔力付与する方法は、面倒だが単純だ。宝石によって容量の上限が変わるので、様子を見ながら加減する。これは同じくらいのグレードなので、比較的簡単に行えた。

 聞かれれば教えても構わない技術だ。だから何度でも行える。

 エリ―にとっては、少し手のかかる工作のようなものだ。


 けれど、実際のところ、それは非常に高度な技術だった。

 ひとつのアクセサリーに付与する魔力は原則ひとつ。それが魔力付与の常識だ。

 そもそも、一度に二属性以上の魔力を展開する事がほぼ不可能だ。しかも加減を加えながらなど、まさに神業と言っていい。


 説明を聞いたとしても、できる人間は皆無だろう。それが分かっている他の二人は、なんとも言えない顔をしている。

 もはやエリーが魔力付与を行っていた事は疑いようもなかったが、だとすれば実家での扱いはひどすぎた。

 今までの生活を察した二人は、(よくもまあ…)といった顔をしている。


「それよりも、首飾りに残っていた魔力、かなり変質していましたが……大丈夫ですか?」

「ああ、それなら問題ないよ」

 サイラスが事もなげに言う。


「最初の工房で致命的なミスがあって、あちこちたらい回しにされた結果だから。名前は出てないけど、初心者でもやらないようなひどいミスだよ。失敗をごまかそうとして、強引に魔力の重ね掛けをしたんだ」

「ああ……道理で」

「あれをやった当人、真っ青だろうな。同情はしないけどね」


 自らの魔力を過信したあげく、力任せに付与したのだ。失敗した後の処置もひどく、それを隠そうとして墓穴を掘った。被害がひどかったのはそのためだ。最初の段階で中止していれば、もう少しはマシだったろうに。


「責任取らされないといいですね。きっと慣れていなくて、緊張したんですよ」

「お人好しだなぁ、エリーは」

 そうではないと首を振り、エリーはふと肩をさすった。


「どうした?」

「いえ……何か今、少し悪寒が」

「風邪かな。今日は何かあったかいもの食べようか、エリー」


「ありがとうございます」と答えながら、エリーはまだ肩をさすっていた。

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